小巻亜矢氏に聞く
「改革を叫ばず、試行錯誤を重ねた『私らしい』リーダーシップの発揮」
目次
お話を聞いた方
小巻 亜矢 氏(こまき あや)
株式会社サンリオエンターテイメント代表取締役社長
サンリオピューロランド館長
東京都出身。東京大学大学院教育学研究科修士課程修了。1983年に株式会社サンリオ入社。結婚を機に退社し、出産、育児などを経てサンリオ関連会社に復帰。2014年サンリオエンターテイメント顧問としてサンリオピューロランドに赴任。2015年、サンリオエンターテイメント取締役。2016年サンリオピューロランド館長に就任。2019年より現職。子宮頸がん予防啓発活動「ハロースマイル(Hellosmile )」委員長、NPO法人ハロードリーム実行委員会代表理事など社外活動にも取り組む。著書に『サンリオピューロランドの人づくり』(ダイヤモンド社)、『Kawaii経営戦略』(髙木健一氏との共著・日本経済新聞出版)。
施設の老朽化や社員のサービスの低下など、課題だらけだったサンリオピューロランドの立て直し役に「青天の霹靂」で着任した小巻亜矢氏。自己探究のため大学院で学んだ心理学を実践に移し、現場と社員のムードを少しずつ上向きに変化させ、サービスやコンテンツの改善を促し、奇跡的な回復を果たしていきました。そのポイントは、現場社員がじっくりと変わっていった相互理解の仕掛けづくりと、パーパスの再確認、そして世界的な共通語でもある「Kawaii(カワイイ)」のソフトなパワーだといいます。しなやかなリーダー像を体現する小巻社長の経営について伺いました。
新しいことを始めるには
まず「お試し」でやってみる
苦境にあえいでいたピューロランドがV字回復を果たせたのはなぜなのか――。長く続いていた低迷期から脱したことで、近年はそのような取材を受けることも多い私ですが、実は、2014年にサンリオエンターテイメントの顧問としてピューロランドに赴任するまでは、テーマパーク事業に携わったことがなく、エンタメ業界に関してもまったくの素人でした。
当社で働く人の中でも、私の経歴は少し変わっているといえるでしょう。大学を卒業後、企業理念である「みんななかよく」にひかれてサンリオに入社。直営店などのショップの店員として働き、25歳の時に結婚を機に退職。その後、化粧品販売の仕事を始めて社会復帰し、サンリオの元同僚から「キャラクターの化粧品を作れないか」という相談を受けたことから、サンリオの関連会社へ……という道のりを歩んできました。ですから、こんなに大きなテーマパークの館長になることも、ましてやサンリオエンターテイメントを率いる存在になることも、まったく想定しておらず、ピューロランドの再建を任された時は青天の霹靂でした。
一方で、その役目を引き受けるきっかけとなったできごとはありました。関連会社の社員だった2014年の春、ピューロランドの経営が危ぶまれ、気になった私はひそかに一般客としてピューロランドを訪れたことがありました。実際に見てみると、サービスの低下や施設の老朽化など、課題がいくつも見つかりました。
気づいたことを手紙にしたため、サンリオ創業者の辻信太郎会長(当時社長)に送りました。改善すべき課題が明確だから、方策を考えればよくなる余地が多い。「ピューロランドは可能性に満ちています」と添えました。手紙が着いて間もなく辻会長から「説明してほしい」と呼ばれ、私なりの意見を述べた後、改めて覆面調査もして、レポートを提出。その結果、「ではあなたがやってみる?」と問われたのです。
ピューロランドは「みんななかよく」の理念を伝える絶好の場所であり、多くの可能性を秘めたテーマパーク。大切なこの場所をなんとかして立て直したい。その一心で、赴任後は、パーパス(存在意義)を意識し、社員が自分自身のパーパスに目を向けるためのミーティングをはじめ、新たな施策を提案してきました。
ただ、新しいことを始めようとしても、社内にすんなりと受け入れられないケースはたくさんあります。「それは実現できないのでは?」とストレートにいってくる社員もいました。そんなときは、「まずお試しでやってみましょう。やってみて難しければまた考えます」というぐらいの姿勢で始めます。
心掛けていたのは「改革」という大上段な言葉を使わないこと。「改革する」というと現状を否定する印象を与えてしまい、これまで頑張ってきた人たちの反発を招きがち。それに、「改革」という言葉には具体性がないので、何をどう変えていいのか伝わりづらいのです。
私の場合は、テーマパーク運営に詳しかったわけではないこともあり、社員やアルバイトまで多様な人の意見に耳を傾け、現場の情報を教わりながら試行錯誤してきました。リーダーシップのあり方は十人十色。真っ先に山の頂上に登り「みんな、こっちに来て!」と呼びかけるリーダーもいれば、最後までふもとに残って「忘れ物はないかな」とチェックするようなタイプのリーダーもいることでしょう。私は後者ですが、それが私らしいリーダーシップなのだと思っています。
自己理解が他者理解につながり
ダイバーシティの基盤になっていく
社員とのコミュニケーションにおいては、つねに「伝え方」を意識しています。伝えるにあたって重要なのは、自分が何を伝えたいのか、そして伝えた後にどんな変化が起きたら成功だといえるのかを明確にイメージしておくことです。
注意を促すときであっても、目的は“怒ること”ではないはず。ですから「なんでこんなこともできないんだ!」ではなく、「この事案についてどう思いますか? それが今、実行できていると思いますか」というように相手に尋ねることで、気づきを得てもらい、行動変容が起こることが理想的なコミュニケーションのあり方。自分自身が核心部分をつかんでいないのに注意しても、相手は混乱して「なんだかよくわからないけれど、怒られた」という印象が残るだけではないでしょうか。
私は、ピューロランドに赴任する前、51歳で東京大学大学院教育学研究科に進学し、対話的自己論を学びました。対話的自己論とは、自分という一人の人間の中には、さまざまな価値観や役割、理想像があるという考えを前提に、その多様な自分に対する理解を深めるための方法論です。もともとは自分への向き合い方を学びたくて進学を決意したのですが、ここでの経験が、期せずして今、大いに役立っています。さまざまな自分と深く向き合い、自分の内にある感情に気づくことは、パーパスを見つける端緒にもなるからです。
また、対話的自己論の考え方は、私にとって社内でのコミュニケーションにおいても支えになっているといえるでしょう。人は誰しも、さまざまな側面を持っています。たとえば、仕事中は難しい顔をして部下に厳しい言葉をかける人であっても、家に帰ればやさしいお父さんだったりする。「私が見ているのは、この人の一部にすぎない」と考えることで、必要以上に悩んで相手や自分自身を追い詰めずに済みます。そして、自分の内面を見つめ理解することが他者への理解につながり、自分を肯定することが他者を肯定することにもつながる。理解と肯定の輪は、ダイバーシティ&インクルージョンの基盤を形成する上でも欠かせないことだと思うのです。
「Kawaii」の持つパワーで
世の中を幸せにしたい
2020年にサンリオは創立60周年、ピューロランドは30周年を迎えました。この先、やりたいことはたくさんありますが、その一つが「Kawaii」の持つパワーについて研究、発信すること。
ピューロランドの館内では、1日に何度も「かわいい!」という声を耳にします。この「Kawaii」というハッピーな感情は、誰にでもある身近なもの。ピューロランドではキャラクターに向けられることが多いですが、キャラクターだけでなく、パートナー、赤ちゃん、ペットなど「Kawaii」を感じる対象は実に多様。近年ブームの推し活もその一つといえるでしょう。「Kawaii」は、老若男女問わず元気の源のような存在といえるのです。
私自身、仕事以外でも「Kawaii」のパワーを何度も感じてきました。たとえば、まだピューロランドに関わることになるなど夢にも思っていなかった頃のこと。アメリカで野球を見にスタジアムに行き、トイレに行こうと通路を歩いていたら、不機嫌な表情でブツブツとつぶやきながら掃除をしている男性と目があったんです。とっさに距離を取ろうとしたとき、彼が私のTシャツを見て“Oh! Hello Kitty!”と満面の笑みを浮かべたんですよ。私も一気に緊張感が解けて、「Do you like it?」と英語で話しかけていました。その後も、「日本から来たの?」などと雑談が弾み、忘れられない思い出になりました。ハローキティが持つ「Kawaii」のパワーが一気に距離を縮めてくれたのです。
ピューロランドに来てからは、「Kawaii」が起こす化学変化を毎日のように肌で感じています。その莫大なエネルギーは、あらゆる事業においてビジネスチャンスにつながる可能性を秘めているのではないでしょうか。「Kawaii」によって世の中の幸福度を上げ、ぎすぎすした世界をやさしさで満たしていく。それこそが、私のパーパスだと信じています。