金融政策と不動産市場
8-3. 金融政策は不動産価格に影響をあたえるのか?

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目次

金融政策は、不動産価格に影響を与えるのでしょうか。

金融政策を変更して操作目標を変えても中間目標を達成することは難しいですし、それによって最終目標である物価に影響を与えることも非常に難しいです。

一方で、金融政策を変更したときに「もし不動産価格に影響を与える」のならば、どのようなチャネル(経路)を通じて影響が出てくるのでしょうか。

日本ではこれまで慢性的なデフレを解消するために、金融政策によって物価を誘導するという大実験を行ってきました。それによって物価を誘導できかと言えば、答えは「No」と言ってよいでしょう。

それは、なぜだったのでしょうか。以前は「伝統的な金融政策」が行われてきましたが、今は非伝統的な金融政策が実施されています。日本銀行は1999年以降「ゼロ金利政策」を行っています。このような状況のもとで「流動性のワナ」によって、伝統的な金融政策である公定歩合政策などの有効性が失われることが指摘されてきました。その理由は、マネータリーベース(中央銀行券と準備預金)を増加させたとしても、貨幣乗数そのものは低下してしまいます。

貨幣乗数が低下すると、名目利子率がゼロの場合、金利収入が得られないのでわざわざ預金する必要がないため、現金や準備預金で保有されることになります。中央銀行がマネタリーベースを増やしても、貨幣乗数を通じてマネーストック(現金通貨と預金通貨)に影響を起こさない限り、物価へ影響を起こすことはできません。

「非伝統的な金融政策」とは何か?

ゼロ金利政策のもとでは、「伝統的な金融政策」は限定的にしか物価に影響を与えられないため、「非伝統的な金融政策」が採られるようになりました。その方法のひとつに「フォワードガイダンス」があります。将来の金融政策について何らかのコミットメント(公約)をすることで、将来のインフレ率や短期金利の予想値を誘導し、足元のインフレ率や長期金利を誘導する政策です。

量的緩和政策とは、中央銀行のバランスシートの規模を拡大し、市場に大量の資金を注入していくことです。リスクがあってもリターンが得られる可能性のある運用先に、金融機関が資金を供給することを期待する政策です。

マイナス金利政策は、金融機関が中央銀行に預けている当座預金の金利をマイナスにすることによって、金融機関が資金を積極的に貸し出すことを期待する政策です。

さらに、信用緩和政策もあります。中央銀行が国債以外の資産を購入することで、それらの資産の価格を引き上げて金融システムの安定化を図るのが目的です。長期国債やリスク資産、この中にはJ-REIT(上場不動産投資信託)も含まれますが、それらを購入して利子率や収益率の低下をもたらすことで、資産価格の下支えになります。

金融政策が実体経済に影響を及ぼす「チャネル」

このような政策が採られたとき、実体経済にどういう影響を及ぼすのでしょうか。チャネルは数多くありますが、最も代表的なチャネルは、金利チャネル、為替レートチャネル、リスクテイキング・チャネル、バランスシート・チャネルです。

まず、金利チャネルです。金利が低下することによって、仮に事業者が保有するプロジェクトの予想収益率が低かったとしても利益を確保できるようになります。そのため、事業者は設備投資を行い生産量が増えるので、景気の拡大に繋がります。金利の変化は、家計の消費にも影響を及ぼします。金利の低下は預金への動機を低くしますので、消費拡大が期待できます。

しかし、将来に対して不安が大きい社会では、預金が減るのはなかなか考えづらいところです。いま私の学生に「仮に100万円を与えたらどうするか」と聞くと、およそ9割が「預金する」と言います。若者の消費に刺激を与えることさえ難しいのは、それだけ将来の不安が消費の減退を促進させているのです。

為替レートチャネルの影響はどうでしょうか。金融政策によって通貨量や金利が変化した場合、国内外で運用する金利の差が生じます。そのために通貨の需要が変化して為替レートも変化します。こういう為替レートの変化によって景気変動が起こります。円安が進んだり、または円高が進んだり、というようなことになります。

リスクテイキング・チャネルはどうでしょうか。景気の拡大によって金融機関の自己資本が改善すると、自己資本比率規制を満たしながらリスク資産による運用ができるようになります。

金利が低下すると、国債などの運用利回りが低下していきます。運用益を上げるために、金融機関は資産のポートフォリオを変更していくでしょう。または、金利の低下が長期的に継続すると予想される場合、金利変動の不確実性が低下するために、リスクの高い資産で運用する可能性が出てきます。

バランスシート・チャネルを通じた影響は、景気の拡大によって自己資本比率が上昇してバランスシートが改善されると、資金調達リスクが低下していきます。そのため、低い借入コストで外部から資金調達が可能となります。金利チャネルと同様に、設備投資が増加し、景気が拡大していくことになります。

金融政策によって資産価格や自己資本の上昇が起こり、担保価値が増大すると、バランスシート・チャネルを通じて借入れコストが低下します。これによって、設備投資の拡大を通じて景気が拡大し、それが資産価格などの更なるフィードバックをもたらします。つまり、資産価格と景気拡大のサイクルが生じることになり、このような理論を「ファイナンシャル・アクセラレーター」と呼びます。

金融政策の変更が、チャネルを通じて不動産価格に影響を及ぼす

このような数々のチャネルを通じて金融政策が変更されると、不動産市場に影響が及び、その結果として不動産価格が変化することもあると考えられます。

需要と供給によって決定される不動産の将来収益は、1年で2倍にも3倍にもなる、または2分の1や3分の1になるとは非常に考えづらい一方で、資産価格は、1年で2倍にも3倍にもなる、または2分の1や3分の1になることはあり得ます。

このような現象が何によって起こるのかといえば、その原因の1つが割引率の変化です。金融政策がやはり何らかの形で、何らかのチャネルを通じて、不動産価格に影響を与えると考えるのがよいでしょう。金融政策の変更が、不動産の「需要」に影響を与えるのか、「割引率」に影響を与えるのか。そこに注目していただきたいと思います。

スピーカー

清水 千弘

一橋大学教授・麗澤大学国際総合研究機構副機構長

1967年岐阜県大垣市生まれ。東京工業大学大学院理工学研究科博士後期課程中退、東京大学大学院新領域創成科学研究科博士(環境学)。麗澤大学教授、日本大学教授、東京大学特任教授を経て現職。また、財団法人日本不動産研究所研究員、株式会社リクルート住宅総合研究所主任研究員、キャノングローバル戦略研究所主席研究員、金融庁金融研究センター特別研究官などの研究機関にも従事。専門は指数理論、ビッグデータ解析、不動産経済学。主な著書に『不動産市場分析』(単著)、『市場分析のための統計学入門』(単著)、『不動産市場の計量経済分析』(共著)、『不動産テック』(編著)、『Property Price Index』(共著)など。 マサチューセッツ工科大学不動産研究センター研究員、総務省統計委員会臨時委員を務める。米国不動産カウンセラー協会メンバー。

【コラム制作協力】有限会社エフプランニング 取締役 千葉利宏

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