不動産バブルと金融危機
15-3. 経済の縮退と都市の盛衰

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目次

不動産バブル崩壊と長期経済停滞

2008年のリーマンショックのときに注目された本の中で『This Time is Different(邦題:国家は破綻する:金融危機の800年)』と題する本がありました。米国の経済学者であるカーメン・ラインハート氏とケネス・ロゴフ氏の共著で、2011年8月に出版されました。その直後に米プリンストン大学を訪問する機会があり、プリンストン大学教授の清滝信宏先生から「この本をぜひ読むべきだ。『This Time is Different』を読みなさい」と強く勧められたことを覚えています。

この本は、非常に長い期間のマクロデータを多くの国から集めて、共通する要因というものを抽出する仕事を行っています。金融危機がもたらす世界的な共通事象をまとめていて、不動産価格の高騰、つまり不動産の収益を超えて価格が大きく上昇する事象をあげています。その結果として、①負債が所得や純資産との比較の中で相対的に上昇してレバレッジが高まる、②資本の流入が持続する、③生産性の上昇が資産価値や負債の増加と比較して遅れる、との3点を指摘しています。

また、国際通貨基金(IMF)が2011年に公表したレポートでも、「不動産バブルの破裂をともなった不況は、通常の不況よりも期間が長く落ち込み幅が大きい」と述べています。

日本経済が、不動産バブル崩壊後に長期的な経済停滞を経験したことを考えると、『This Time is Different』で指摘した「生産性」の問題を理解しなければ、長期的な経済停滞の原因も解明できないでしょう。現在の日本の「生産性」はどうなっているのか、不動産バブルが崩壊した中国の「生産性」はどうなのかを見ていく必要があります。

不動産市場においては、人口との関係も重要になってきます。日本の総人口は2008年にピークを迎えましたが、生産年齢人口(15-64歳)は1990年代にはピークを迎えて、下がり始めていました。不動産バブルが崩壊したのと、ほぼ同じ時期に生産年齢人口もピークを迎えて、それ以降は下がり続けています。それと歩調を合わせるように、不動産価格も下落し、ロストディケードと呼ばれるような生産性の低下と長期的な経済停滞が発生したのです。

この不動産価格の暴落と経済停滞との間には、どのような関係があるのでしょうか。米国の経済学者であるハーバード大学のグレゴリー・マンキュー教授は、1989年に『Baby boom, Baby burst and Housing Market』という論文を書いています。

米国でも第2次世界大戦後に、ベビーブームが発生し、日本の「団塊の世代」に相当する人口増加が起こりました。彼らが住宅取得の適齢期を迎える1980年代には住宅需要がピークを迎え、その後は住宅価格が2007年にかけて47%下落すると予測。高齢化や人口減少が起こると、私たちにとって最も重要な資産である住宅の価格が半分に下がってしまうという研究内容でした。ただ、米国では、その後も移民の流入などによって人口が増え続けたため、人口減少による住宅価格の下落は起きませんでしたが、日本や中国では、人口減少の問題について考えることが重要ではないかと思います。

経済の縮退と都市の盛衰

経済の縮退と都市の盛衰について考えてみましょう。日本の生産年齢人口は1990年代半ばから持続的に下がり始めています。日本の人口は2008年をピークに減少しており、単身世帯の増加によって増え続けてきた世帯数も世帯もピークアウトするところまで追い込まれてきています。

ここに来て、様々な業界で人手不足問題が深刻化してきました。生産年齢人口が減少に転じた後も、女性の社会進出や高齢労働者の増加によって労働力人口は6,500万人前後で推移してきましたが、担い手を増やすのも限界に来ているからでしょう。今後は、日本でも移民を増やさざるを得ない状況になりつつあります。

人口減少が進めば、人口が集積して形成された都市にも変化が起こります。私たちの研究チームのメンバーである京都大学経済学研究所教授の森知也先生との共同研究では、日本の都市がどう変わってきたのかをビッグデータを使って解析しようという取り組みを行っています。

「都市」というと、大阪市、京都市、私の郷里である大垣市のように行政区画で分けられた「市区町村」をイメージするかもしれません。さらに、その上位に位置する東京都、大阪府、岐阜県などの「都道府県」という行政区画もあります。

私たちの研究で注目している「都市」とは、行政区画で分けられた「市」や「町」ではありません。人が高密度で集まって居住している「塊」を「都市」と考えることにしました。高密度で集まった状態とは、1平方キロメートルの中に1,000人の人が住んでいる「塊」があって、その「塊」が連続して繋がって、総人口が1万人以上の地域を「都市」と定義しました。

1920年からほぼ5年ごとに実施されている国勢調査では、緯度経度で分割したメッシュ(網の目)単位での人口分布を調査したメッシュ統計を作成しています。東京ディズニーリゾートや大阪城公園とほぼ同じ面積の1平方キロメートルメッシュで、人口分布の推移を分析することができます。

人口集積の塊としての「都市」の数は減り続けている

人口が集積した塊を「都市」と定義すると、行政区画に関係なく連続して繋がった塊が1つの「都市」になるので、「東京」は東京23区だけを指しているのではなく、連続して繋がった神奈川、埼玉、千葉の塊を含む「東京圏」に近いイメージになります。行政区画での人口ランキングは、東京23区を除くと、横浜、大阪、名古屋、札幌、福岡、川崎、神戸、京都の順番になりますが、この「都市」の定義では、「東京」には横浜、川崎など、「大阪」には神戸、京都などが含まれるので、順位は東京、大阪、名古屋、福岡、札幌となります。

このような塊の「都市」は、総人口が1億372万人だった1970年には504都市ありました。50年後の2020年には、総人口は1億2,622万人と2割以上増えましたが、「都市」は431都市にまで減少しました。

なぜ、人口が増えていたのに「都市」の数が減ったのか。新幹線や高速道路網の発達とともに、「都市」に人口が集積し続けてきたからだと考えられます。「都市」に住んでいる人口の割合を示す都市化率は、2020年には80%に達し、今後は人口減少が進む中で都市化率は85-90%に上昇すると予想されています。その結果、今後も「都市」の数は、激減していくことになるのです。

将来人口推計に基づいて「都市」の集積を予測すると、100年先の2120年の姿はどうなっているのでしょうか。日本の人口は1億2,000万人台から、現在の「東京」の人口を下回る3,000万人台まで減少すると予想されています。当然、「東京」の人口も減少していくのは避けられませんが、そうした中で「都市」の盛衰が大きく分かれ、人口シェアが高まって密度が増していく「都市」は、東京と福岡だけになると予想されているのです。

スピーカー

清水 千弘

一橋大学教授・麗澤大学国際総合研究機構副機構長

1967年岐阜県大垣市生まれ。東京工業大学大学院理工学研究科博士後期課程中退、東京大学大学院新領域創成科学研究科博士(環境学)。麗澤大学教授、日本大学教授、東京大学特任教授を経て現職。また、財団法人日本不動産研究所研究員、株式会社リクルート住宅総合研究所主任研究員、キャノングローバル戦略研究所主席研究員、金融庁金融研究センター特別研究官などの研究機関にも従事。専門は指数理論、ビッグデータ解析、不動産経済学。主な著書に『不動産市場分析』(単著)、『市場分析のための統計学入門』(単著)、『不動産市場の計量経済分析』(共著)、『不動産テック』(編著)、『Property Price Index』(共著)など。 マサチューセッツ工科大学不動産研究センター研究員、総務省統計委員会臨時委員を務める。米国不動産カウンセラー協会メンバー。

【コラム制作協力】有限会社エフプランニング 取締役 千葉利宏

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