不動産バブルと金融危機
15-4. 不動産市場と都市の行方
目次
人口減少がもたらす不動産市場の消滅と空き家の増加
人口減少が進む中で、「都市」がどのように変化していくのでしょうか。マクロ的なトレンドとして、京都大学経済研究所の森知也教授との共同研究について紹介しましたが、人口減少と同時に「都市」への人口集積が進むため、人口シェアが高まるのは東京と福岡だけで、2020年には431だった「都市」の数は一段と減少していくと予想されます。こうしたトレンドを踏まえながら、日本の国土や不動産市場にどういうようなことが起こるのかを考えてみたいと思います。
人が住むことができるエリアを「可住地」といいます。人が住むことができないエリアとは、川や湖など水の上、道路の上、鉄道の上などです。また、斜度が15度を超えると人は住みづらくなるので、こうしたエリアを除いて可住地を算出します。水部と道路と鉄道を除き、15%以下の傾斜地割合を乗じて、0.8-1.0平方キロメートルの可住地のメッシュを日本地図にプロットすると、やはり関東エリアに可住地が存在していることがよく分かります。人口が集積する「都市」には、広い可住地が必要ですから、北から札幌、仙台、東京、名古屋、大阪・神戸、福岡に大都市が形成されてきたのは理解できると思います。
私たちの研究では、1平方キロメートルのメッシュ単位で移転登記(不動産取引の件数)を数えてデータ化しています。これを可住地の地図に重ね合わせてみると、やはり人が多く集積しているエリアで不動産取引が多いことが一目瞭然であることが分かるでしょう。
この不動産移転登記のデータを2010年と2020年で比較すると、2010年には不動産の取引があったにも関わらず、2020年には不動産の取引がなくなってしまっているエリアを日本地図に黒い点でプロットすると、日本全体に広がっています。東京の周辺でも、そういうエリアが散見されます。以前には不動産市場の流動性があったのに、それが失われると何が起こるか。そのエリアでは、不動産市場が消滅し、空き家が発生していると考えられるのです。
「都市」が縮退していくなかで、空き家が増え続けている。同時に、日本の経済成長率も鈍化してきている。この2つを独立に考えるべきものではないことを理解していただけるだろうと思います。このような視点から、不動産市場と都市の今後の行方を考えていく必要があるのです。
日本経済のグローバル化:失われる日本?
最後の視点として、日本経済のグローバル化と「失われる日本」という問題を考えてみたいと思います。高齢化の進展によって空き家が増加していく過程において、住宅価格がどれくらい下落するのかというシミュレーションを行い、日本経済新聞の経済教室に原稿を書いたことがあります。
このときは、シンガポール国立大学の教授を務めていたので、アジアの国々を比較しながら、原稿をまとめました。フィリピンは非常に若い国なので、まだ成長余力がありますが、日本は経済停滞が続いており、不動産価格が暴落する可能性があると予測しました。中国は日本よりも大きく下落し、韓国はどの国よりも大きく下落し、香港は中国よりは少なめの下落に留まると予測しました。この研究は、現在も続けており、2024年に新しい論文を発表したところです。
日経新聞の経済教室に原稿を掲載したのは、2015年9月1日でしたが、その1週間後、シンガポールの有力経済紙である『The Business Times』に「Can Singapore survive?(シンガポールは生き残れるのか)」という記事が掲載されました。「シンガポール国立大学のChihiro Shimizu(清水千弘)がいうには、シンガポールの住宅価格は、2040年に30%ぐらい下落してしまうのではないか」ということが報道されたのです。シンガポールにとって不動産は非常に貴重な産業ですから、この記事は多くの論争を生みました。
私の主張の根拠になっているのは、ハーバード大学教授のグレゴリー・マンキュー(N. Gregory Mankiw)氏らが1989年に発表した論文『Baby boom, Baby burst and Housing Market』で、住宅価格が半分になるといった研究もありますが、もう1つは私たちが研究していた高齢化問題の影響がありました。新聞の見出しも「Singapore property may face ageing threat(シンガポールの不動産は高齢化の脅威に直面する可能性がある)」となっていました。
三浦展氏と私の研究室で『日本の地価が3分の1になる!』という本を2014年に書いたことがありますが、「3分の1になる」可能性があるのは、どのような不動産であるのかを考えることが重要なのです。
不動産需要が減退しても日本に国際資金は流入してくるのか?
シンガポールの『The Business Times』で報道されたときに、私の研究に対して多くの批判が寄せられました。もし仮にシンガポールや東京のような大都市のど真ん中の不動産需要が減ったとしても、「International Investment flow(国際投資の流れ)」または「International Money flow(国際資金の流れ)」といわれる国際的な資金が流入してくるはずだ、という主張です。それによって「シンガポールの不動産価格の暴落は起こらないはずだ」といった批判も多くありました。そうすると、私たちは、国際的な資金の流れであるとか、移民の流入ということを含めて考えていく必要があります。
日本では、不動産バブルの崩壊、金融危機、そして人口、都市が縮退していくなかで、今後どのように生き延びていくのか、生き残っていけばいいのかを考えるときに、不動産投資における国際的な資金の流れと移民の流入ということが非常に重要になっていることは同意いただけるでしょう。
「日本は選ばれるのか?」という観点から、2023年7月7日付の日経新聞経済教室で「近隣国から投資資金が流入―過熱する不動産市場」という原稿を書きました。この中では、国際資金がどのくらいの距離の国から流れてきているのかについて触れています。
国際間の資金の移動を見たときに、投資対象の国からの物理的な距離によって資金量は減衰してしまうということが分かってきています。日本は極東の小さな島国ですし、近隣の国と言えば、中国、ロシア、北朝鮮と、国家安全保障上は対立関係にあり、友好的な国からは距離が遠いところにあります。
シンガポールで批判されたように、シンガポールの住宅需要が高齢化などによって減ったとしても、国際的な資金流入があって、都市や不動産の価値を低下させることはないと考えていいかもしれません。しかし、日本の立地のディスアドバンテージ(不利益)を考えると、この問題に対する対策をしっかり考えていく必要があるのではないかと思っています。
このような視点にもとづき不動産市場と都市の行方について問題提起しましたが、中国恒大集団がどうなるのか、中国の不動産バブル崩壊の影響が日本経済に何をもたらすのか。このことを注意深く見ていく必要があります。
スピーカー
清水 千弘
一橋大学教授・麗澤大学国際総合研究機構副機構長
1967年岐阜県大垣市生まれ。東京工業大学大学院理工学研究科博士後期課程中退、東京大学大学院新領域創成科学研究科博士(環境学)。麗澤大学教授、日本大学教授、東京大学特任教授を経て現職。また、財団法人日本不動産研究所研究員、株式会社リクルート住宅総合研究所主任研究員、キャノングローバル戦略研究所主席研究員、金融庁金融研究センター特別研究官などの研究機関にも従事。専門は指数理論、ビッグデータ解析、不動産経済学。主な著書に『不動産市場分析』(単著)、『市場分析のための統計学入門』(単著)、『不動産市場の計量経済分析』(共著)、『不動産テック』(編著)、『Property Price Index』(共著)など。 マサチューセッツ工科大学不動産研究センター研究員、総務省統計委員会臨時委員を務める。米国不動産カウンセラー協会メンバー。
【コラム制作協力】有限会社エフプランニング 取締役 千葉利宏