齋藤幸平が語る、資本主義の矛盾と新システムの必要性
〜資本主義の限界を理解することが第一歩〜

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現在の日本社会に閉塞感を感じる人は少なくないのではないでしょうか。失われた30年と揶揄される日本経済、気候変動が進む地球、世界規模で広がる社会格差——。東京大学大学院総合文化研究科准教授の齋藤幸平氏は、これらが生じた根本には、資本主義社会の構造の限界があると指摘します。社会のあり方は本当に正しいのでしょうか。改めてそれを問い直します。

資本主義は何が問題なのか

資本主義に基づく経済活動は、地球環境を取り返しがつかないほど大きく変えてしまいました。夏の猛暑を考えただけでもそのおかしさに気づくでしょう。地球環境は本当に危機的な状況にあります。

私たちは温暖化対策のためにCO2を削減しようとしていますが、パリ協定で採択された「2100年までに、産業革命以前と比べて平均気温上昇を2℃未満に抑え込む」という目標の達成は、すでに危うくなっています。世界的に温暖化対策に取り組んでいるとはいえ、それではとても間に合いません。

一方で、あまりに高いCO2削減目標は経済成長を阻害するとして、「バランス」のとれた削減目標を提唱する経済学者がいます。ノーベル経済学賞を受賞したウィリアム・ノードハウス教授です。しかし、彼の提唱するCO2削減率モデルに従えば、2100年までに地球の平均気温は3.5℃も上昇してしまいます。それでも彼は、「将来的には、技術革新によって気候変動に対処できるようになるはずだ」というのです。私はとても信じられません。経済成長優位では環境問題が解決できないことは明白です。

資本主義は人々の人権をも侵害しています。日本を含むグローバルノースの国々は、グローバルサウスの国々の農畜産物や地下資源などの天然資源を収奪してきました。さらにそうした国々の人々を、安全的配慮もなされていない環境で、安価な労働力として利用しています。鉄もガソリンも綿花も牛肉も、グローバルサウスの犠牲なしには日本にはやってきません。私たちの豊かな生活は、彼らを搾取することによって成り立っているのです。

こうした地球環境問題や人権問題に対する解決策は、資本主義を続ける限りは見つけることができません。これらの課題を解決するには資本主義には限界があるのです。

新しい社会システムが必要な理由

なぜ資本主義には限界があるのか、その一つに物質的な問題が挙げられます。資本主義の目的である経済成長は、エネルギーや資源の利用増大と必ずカップリング状態にあります。それをデカップリングしようという試み――環境に関して言えばSDGs運動やグリーンニューディール政策など――は、少なくとも現状では期待されていたような成果を上げていないし、おそらくこれからもうまくいきません。「無駄だ」と言うわけではありませんが、気候変動対策に求められるような速いスピードでデカップリングを進めることは不可能なのです。

資本主義が限界である理由は、もう一つあります。資本主義はどうしても膨大で無駄な消費を伴います。それがたとえ、「環境にいいものを消費する」という文脈だったとしてもです。わかりやすい例でいうと、まだ走れる車なのに、車検の時期が来たから新しい車に買い替えるといった行為です。これは、修理にお金をかけるより新品を買おうといった発想から成り立った行動でしょう。資本主義にはそういった、本来ならば不必要な消費行動を促す側面があります。

この2つの要素がある限り、資本主義の下で地球環境をよくしていくのも人権侵害をなくすのも不可能です。本気で対策をするのであれば、資本主義とは別の、成長を求めない経済システムを考えなければならないのです。

その方法として、私が著書『人新世の「資本論」』(集英社新書)で挙げたのが、生産手段を共同管理すること、すなわち企業を「市民営化」することです。
「市民営化」とは企業の株式を、従業員や、同社の製品を買っている地域の人々が一株ずつ所有するという概念をいいます。要するに、その企業の生産活動に直接タッチしない人たちが株式を持ったり、経営者とその一族が株式を独占的に持ったりするような状態を排除するのです。そうすれば、環境を犠牲にするような経済成長を求めたり、利益を上げるために従業員を搾取したりということは起こらなくなります。

これを突飛な話と受け止める人もいるかも知れませんが、労働者が株式を所有し、経営の意思決定に参加していくというだけで、市場の否定でも商品経済の否定でもありません。否定しているのは生産手段の私的所有だけです。私個人としては、そんなにラジカルな話ではないと考えています。

こんなことを言うと「資本主義をやめたら非民主主義的な社会になってしまうじゃないか」と懸念される方がいるかもしれません。しかし、それは逆です。

資本主義とは究極的には非民主的な社会です。資本主義の中では、社会の究極のゴールとして「成長」が設定されていて、それに反する選択の余地はあらかじめ奪われているのが実情です。利潤に反しない限りは人権や環境も尊重するけれど、「利潤を犠牲にしてでも人権を守り、環境対策をしよう」と誰かが言い出した瞬間、「その取り組みは非現実的だ」などと断罪され、そもそも議論のテーブルにも載せてもらえないのが資本主義の社会です。その意味で、資本主義イコール、民主主義的であるとは言えません。たしかにアメリカや日本は資本主義かつ民主主義であり、社会主義を謳う中国やかつてのソ連は一党独裁で非民主的ですが、それはたまたま歴史的な経緯からそうなっているだけです。資本主義と民主主義、社会主義と独裁、それぞれが必ずしもセットでなければならない、ということはありません。

おこがましい姿勢をいったん捨ててみる

私はここで、資本主義を担っている現役の企業経営者を責めたいわけではありません。マルクスも『資本論』の中で言っていますが、資本家による労働者の搾取は、資本家が悪いわけではないのです。彼らは別に悪人だから搾取しているのではなく、資本家である以上、それをやらなきゃいけないからやっているだけなのです。問題は人ではなく、そのシステム自体にあるということです。

この文章を読んでくださる経営者の方々も、一個人として、新聞、テレビ、私の本などで環境問題や人権問題の話題に触れれば、「たしかにこの社会のままではまずいよな」と思うはずです。しかし資本家として振る舞う限りにおいては、そんなふうに考えている場合ではなく、利潤を追求しないといけない。それができなければ自分の会社が潰れてしまいます。これは個人の道徳心の問題ではなく、システムがそれを強制しているのです。

では私たちは、どういう行動をとっていくべきなのでしょうか。

私たちは基本的に、地球環境にとっては悪い側にいます。グローバルノースで豊かな生活を送ってきた私たちは、地球環境への負荷という面で見れば上位10%の高い層に入っています。明らかに加害者の立場です。しかも、環境について、一刻も早く温暖化対策に取り組まなければならないことが科学的にはっきり示されているにもかかわらず、十分な取り組みをしていません。貴重な時間をのうのうと過ごし、責任も果たしていない。私たちはそういう、どうしようもないやつらなのです。

ですから、「私たちが解決策を出せるはずだ」というおこがましい姿勢をまず捨てないといけないと私は思っています。私たちはいま、自分たちで問題を作っておきながら、「その問題を解決できる商品ができました、地球環境に優しい製品ができました、買ってください」なんて、悪徳商人みたいなことをやっているわけです。それが解決策にならないのはこれまでの経緯を見ても明らかです。

この社会の問題点を一番わかっているのは、これまでの社会の中で周辺化されて取り残されたり虐げられたりしてきた人たちです。私たちは、そういう人たちの意見に耳を傾けて、これまでの「自分たちが正しい、自分たちこそが成功してきたんだ」という思い込みを「学び捨てる」ことから始めなければいけないのだと思います。

これまで資本主義というシステムの中で成功を収めてきた中高年の経営者やビジネスパーソンの方々には難しいことかも知れません。企業の「市民営化」と言っても、ピンとこない方も多いでしょう。

しかし、若い世代の人々は、環境問題や人権問題に対する感度が高く、彼らが社会の中心で活躍する時代になれば、社会は劇的に変化することになると私は思っています。これからの経営者は、資本主義の限界を見据えた視座が不可欠です。それができる企業こそが、これからの時代に生き残っていく存在になるはずです。

お話を聞いた方

齋藤 幸平 氏(さいとう こうへい)

東京大学大学院総合文化研究科 准教授

1987年生まれ。東京大学大学院総合文化研究科准教授。ベルリン・フンボルト大学哲学科博士課程修了。博士(哲学)。専門は経済思想、社会思想。Karl Marx’s Ecosocialism:Capital,Nature,and the Unfinished Critique of Political Economy(邦訳『大洪水の前に』、堀之内出版)によって、「ドイッチャー記念賞」を歴代最年少で受賞。45万部を超えるベストセラー『人新世の「資本論」』(集英社新書)は、「新書大賞2021」を受賞。「アジア・ブックアワード」で「イヤー・オブ・ザ・ブック」(一般書部門)に選ばれた。

[編集] 一般社団法人100年企業戦略研究所
[企画・制作協力]東洋経済新報社ブランドスタジオ

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