人生最後の経営判断、そして地域への恩送りとしての「遺贈寄付」

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「父が残してくれた最大の財産は、地域や社会に貢献し続けていたという物語です」――ある大手企業経営者が語った言葉です。お金でも不動産でもなく、物語を次の世代に残すこと。それが「遺贈寄付」の本質だと、公益財団法人Will for Japan代表理事/一般社団法人 日本承継寄付協会の三浦美樹氏は言います。最後の経営判断として、また支えてもらった地域への恩送りとして、中小企業経営者こそ「遺贈寄付」を考えるべき理由を聞きました。

相続を問い直し、人生最後のお金の使い道を自分で選ぶ

遺贈寄付とは、亡くなったときに財産の一部を非営利法人や自治体、大学などに寄付することです。「遺贈」の「贈」は贈与の贈なので、相続のタイミングで相続人以外に対して財産を渡す行為です。亡くなった後のお金を使うわけですから、今ある手元のお金が出ていくわけではありません。老後資金はしっかり残しつつ、生きている間は使いたいだけお金を使って、最後に残ったお金を誰かの、何かのために渡す仕組みです。

相続というと、多くの方が「決められた通りに分けるもの」と思い込んでいますが、誰にお金を引き継がせるかは自分の意思で決められます。残念ながら、あの世にお金を持って行くことはできません。その代わり、人生の最後のお金の使い方は自分自身で「選択」してよいのです。

ある企業経営者の方が、「父からは、会社の株式や資産、不動産などさまざまなものを引き継ぎましたが、父が残してくれたものの中で何よりありがたかったのは、地域や社会に貢献し続けていたという物語です」と話してくれました。遺贈寄付の本質はここにあると私は思っています。お金を残すのではなく、物語を残す。自分がどんな人間だったか、何を大切にしてきたかを形にして次の世代へ届けることができる。その一つの方法が遺贈寄付です。

特に経営者の方には、遺贈寄付を「物語の相続」として捉えてほしいと考えています。通常の相続財産は子ども世代にしか届きません。一方、遺贈寄付の仕組みを使い、形を変えて社会や地域にプレゼントすることで、孫やひ孫の世代になっても「ひいおじいちゃんは、こういうことを大切にしていた人なんだな」という物語が伝わっていきます。

私たちが毎年1,000人を対象に行う全国調査では、「親族が少額の遺贈寄付をしていた場合、どう思うか」という問いに対して、約8割が好意的な印象を持つと回答しています。たとえば「おじいちゃんは高額を納税していた人だよ」と言われるより、「人生最後に、地域の子ども食堂に50万円寄付した人だ」と言われるほうが、その人柄がストーリーとして記憶に深く残ります。

寄付と聞くと「お金持ちが大金を使うもの」と思われますが、財産の1%でも、数十万円でも、1万円でも遺贈寄付は成立します。金額自体ではなく、何をしたか、何を残したかが世代を超えて伝わっていく遺贈寄付は、本当にプライスレスな相続だと思っています。

相続が抱える「50兆円が社会に届かない」という構造的矛盾

なぜ私がここまで遺贈寄付の普及に情熱を注いでいるのか。協会を設立して7年が経ちましたが、当初は「遺贈寄付」という言葉すら知らない方がほとんどで、「儲からなそう」と言われたこともあります。それでも活動を続けてきたのは、このままでは日本社会が立ち行かなくなるという危機感があるからです。

日本では年間160万人の方が亡くなり、約50兆円の資産が動くと推定されています。しかし、このお金の多くは社会課題の解決には届かないまま、高齢者間をぐるぐると循環し続けています。平均寿命が80代半ばとなった今、相続人になるのは60代・70代の子ども世代です。この世代も「老後が不安」とお金を使わずに持ち続けるため、資産が高齢者間で滞留し続けるのです。結果として、2035年には日本の金融資産の7割以上を60代以上が保有すると金融庁は予測しています。一方で、社会全体に目を向けると、子ども、若者の貧困や少子化は深刻化する一方です。お金はそこにあるのに、社会課題の解決には届かないという矛盾に直面しています。

ただし、高齢者がお金を抱え続けるのは老後が不安だからであって、お金を手放したくないわけではありません。むしろ、「社会の役に立ちたい」と思っている方はたくさんいるはずです。私たちが試算しているのは、この50兆円のうちわずか1%でも遺贈寄付に回れば、5,000億円が社会課題の最前線に届くということです。自分の子どもにお金を残しても、社会全体が貧困であれば子どもや孫世代は幸せにはなれません。社会全体が良くなることが、自分の子や孫にとっての暮らしやすさにつながっていきます。

一方で、税金を払っていれば社会はなんとかなると思っている方もまだまだ多いと感じます。ただ実際には、NPOが現場で社会課題を拾い上げ、それを国に届けることで法律や制度が変わり、私たちの暮らしが改善されてきた歴史があります。残念ながら、税金だけでは社会は動いていかないのです。

地域のお金を地域に残す恩送り

中小企業の経営者の方々には、もう一つ、「地域からのお金の流出」という視点からも、この問題を捉えてほしいのです。地方の高齢者が亡くなると、相続人は東京や大阪に住んでいることが多く、地域の金融機関にあったお金が都市銀行やネット銀行へどんどん流れていきます。結果として、相続のタイミングで地方から毎月、数千万〜数億円規模のお金が抜け続けます。地域にお金がなければ新しい事業も生まれず、人口流出も加速する。この悪循環もまた、遺贈寄付によって変えていくことができると考えています。

地域経済が成り立ってこそ、その地域でのビジネスが永続できます。ぜひお願いしたいのが、「自分が寄付をする」だけでなく、地域の中でこの文化を広めるエバンジェリストになっていただくことです。経営者の方々は強い発信力と影響力を持っています。その強みを生かして周囲に「遺贈寄付という選択肢がある」と伝えることで、地域のお金を外に流さず地域内で循環させるパワーとなります。

さらに、経営者という立場にいると、「社会の恩恵を受けて稼げた、だからそれを返したい」という思いが強いと感じます。成功している方ほど、「手放すことで入ってくるものがある」という循環の道徳観を持っている。そういう「ギバー(与える人)」の姿勢が、事業にも好循環をもたらしているケースを私は数多く見てきました。遺贈寄付という仕組みを使うかどうかはともかく、ぜひ、生きている今この瞬間から地域や社会に恩を送るという選択も検討いただきたいなと思っています。

事業承継の遺言書を「自分の物語」に

経営者の方は、どのみち事業承継のために遺言書を書く必要がありますから、遺贈寄付の意思はそのタイミングで盛り込むことをおすすめします。

家族にすべての財産を渡すことが幸せだと考える方もいると思いますが、自ら事業を切り開いてきた経営者の方ほど、お金の使い方や威力の怖さを知っている方も少なくないでしょう。そういう方こそ、遺贈寄付を選択肢として考えてみてください。お子さんがいる場合でも、財産の数パーセントであれば家族が好意的に受け止めるケースが多いと感じます。遺言書には、財産の残し方とは別に思いを書ける「付言事項」という項目があります。なぜ一部を寄付したいのか、何を大切にしてきたのかという物語をそこに書いておくことで、家族への説明にもなります。

なお、80代以降になると遺言書を書くこと自体がおっくうになってしまうケースが多いので、60代、70代の認知機能がしっかりしているうちに準備することをおすすめします。

寄付先は「自分のライフストーリーを振り返り、一番思いがあふれるところ」を選んでください。地元への恩返しでも、応援したい研究分野でも、日頃から付き合いのある地域の団体でも構いません。安心して寄付できる先としては、自治体や大学のほか、所轄庁・都道府県等に事業報告書の提出義務がある「認定NPO法人」や、内閣府や都道府県の検査を受ける「公益財団・公益社団法人」など、公益性や信頼性が高い団体が目安になります。なお遺贈寄付は決めてから実行まで平均20年程度かかります。継続性のある団体を選ぶことも重要なポイントです。

日本には「おかげさま」の精神があるように、私たちの人生は多くの人に支えられています。遺贈寄付は、その感謝を人生の集大成として社会へ届ける行為です。遺言書を書くことや遺贈寄付を決めることは、人生最後の経営判断とも言えるかもしれません。社会課題に目を向ける選択が、地域を、社会を少しずつ変えていく力になります。

お話を聞いた方

三浦 美樹 氏(みうら みき)

公益財団法人Will for Japan
一般社団法人日本承継寄付協会
代表理事

1980年生まれ、静岡県出身。2007年、司法書士試験合格。不動産登記、不動産決済等メインの個人事務所勤務を経て、2011年に司法書士事務所を開業、相続専門の司法書士として、これまでに2,000件を超える相談を受け、多数の相続専門誌を監修・執筆している。2019年、一般社団法人日本承継寄付協会設立、代表理事に就任。2025年公益財団法人Will for Japanを設立。遺贈寄付の全国実態調査や、遺贈寄付冊子「えんギフト」を発行。Forbes JAPAN 2024年6月号の特集「100通りの世界を救う希望 NEXT100」の表紙にも起用された。

[編集]一般社団法人100年企業戦略研究所
[企画・制作協力]東洋経済新報社ブランドスタジオ

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