伝統とは革新の連続。グローバルニッチトップ・岡本硝子の挑戦
~創業100年を機に、“窯業”を新たなステージへ。ガラスにこだわり、ガラスを超える経営戦略~

目次
特殊ガラスと薄膜で、世界市場に挑み続けてきた岡本硝子。1928年の創業以来約100年にわたり、独自の技術を磨き上げ、現在ではプロジェクター用の反射鏡、同フライアイレンズ、歯科用デンタルミラーの3分野で世界シェアトップ(同社調べ)の地位を確立しています。同社の競争力の源泉は、長年培ってきた硝材開発技術とそれを形にする職人たちの卓越した技能にあります。こうした唯一無二の強みは、どのように築かれ、受け継がれてきたのか。また、船舶用信号灯を出発点に、深海探査機器、AI・データセンター時代を支える光通信関連部材へと、その時代ごとの成長市場を見据えながら事業の軸を進化させてきた同社は、なぜ長きにわたり成長を続けることができたのか。世界と次の100年を見据える、代表取締役会長兼CEO岡本毅氏が描く未来像に迫ります。
特殊ガラスで約100年。研究開発型企業が誇る強さの源泉
千葉県柏市に本社を構える岡本硝子株式会社は、大きく3つの強みを持っています。ガラスを原料である硝材から開発する技術、開発したガラスを精密に成型する技術、そしてガラス表面にナノメートルレベルの薄膜をつける技術です。中でも硝材開発は、AIやスーパーコンピューターでも代替できない領域だと岡本氏は語ります。
「新しいガラスを生み出す際、主原料である砂(二酸化ケイ素)に、10種類以上の副原料を加えます。それらが1,400度の高温下で、色が付いたり消えたり、耐熱性を増したりするのですが、その原理は科学的にまだ完全には解明されていないのです。加えて、10種類以上の原料をそれぞれ調整するので、その組み合わせは無数にあります。ですから、少しずつ材料や組成を変えて溶かし、物性を測って――を繰り返すことでしか、新しいガラスは作れません。こうしてようやく完成するガラスのレシピである調合表を多く持っていることと、それによってお客様の細やかなご要望に対して、小回りがきく開発・製品提案ができることがメーカーとしての強みにも直結しています」
加えて、成型においても数値化できない経験値が生きています。ガラスは金型から取り出した後、徐々に冷やす「徐冷」という過程で変形するため、完成品から逆算してどのくらい金型を大きめに作るかという事前の「補正」が必要になります。さらに金型は8~16時間ごとに職人が目で見て、手触りや音でも確かめながら、曲率を崩さないよう表面の酸化被膜だけを手で磨き取ります。
一朝一夕では身につかない、職人の長年の経験と技術。ここにこそ、日本のものづくりが生き残るためのヒントがあると岡本氏は考えています。そこで同社は2018年、中国、台湾での生産をすべて国内に戻し、現在は千葉県、神奈川県、新潟県に製造拠点を構えています。
「企業30年説」を超えて。変化と挑戦の連続の歩み
岡本硝子の歴史は、変化の連続でした。東京都江東区で創業し、カットグラスの生産からスタート。その後、船舶の信号灯用ガラスから自動車のヘッドランプ、プロジェクター用反射鏡やフライアイレンズへと、時代とともに主力製品を次々と入れ替えてきました。
「『企業寿命30年説』といいますが、当社は30年が経つ前に主力製品を転換してきました。同じところに留まっていたら、そこから衰退が始まる。右でも左でも前でも後ろでも、とにかく動き続けることが、企業の継続には欠かせません。ですから、伝統とは革新の連続であると考えています」
産学連携の取り組みも積極的に行っています。2013年、深海用環境モニタリング探査機「江戸っ子1号」のプロジェクトでは、同社のガラス球が採用されました。直径30センチ弱の大きさで、水深8,000メートルでは約2,800トンの水圧でも耐えられるガラスです。なぜ割れないのか。その理由は、応力(物体にかかる力)が一点に集中しない真球であること、貼り合わせ部分を厚くした形状であること、そして最後は職人が手で磨き上げることにあります。この技術は海底資源開発の環境影響評価にも活用され、同機を使った調査手法は国際標準規格(ISO23731)にもなりました。
さらに、千葉大学ハドロン宇宙国際研究センターのニュートリノ用の光検出器「D-Egg」にも同社製のガラス耐圧容器が採用されます。南極点の氷中深くに設置され、宇宙や地球の中心部から飛来するニュートリノの観測活動を支えます。深海から宇宙まで、同社のガラスは最先端の研究現場で広く活躍しているのです。
こうしてさまざまな新たな挑戦を続ける同社ですが、やみくもに多角化すればよいわけではないと岡本氏はいいます。
「何をするにしても、軸を欠いてはなりません。その軸となるものが理念や生業(なりわい)であると思います。当社の生業はガラス。ガラスにこだわり、ガラスを超える。これが軸であり、逆にそれ以外は製品も分野もすべて変えてきました」
この挑戦の姿勢は、創業の頃から受け継がれてきたものでもあり、岡本氏の祖母方の曾祖父である岩城滝次郎氏はガラスの下駄や瓦を作ったこともあったのだといいます。「いろいろやってみることが大切で、駄目ならすぐ引っ込めればいい。その精神は今も変わりません」と岡本氏は話します。
警察官僚からガラス屋の社長へ。「技術を知らない」ことが武器になった
同社がこれほどさまざまな挑戦を続けてこられた理由には、岡本氏のキャリアも大きく関係しています。東京大学法学部卒業後、警察庁に16年間勤めた岡本氏は、先代である父の急逝を受けて退官し、1995年に同社に入社、社長に就任しました。ガラスのことは何も知らないままトップに立った岡本氏ですが、むしろその「知らないこと」が挑戦に繋がったと振り返ります。
「例えば深海探査機『江戸っ子1号』のガラス球は、『割れないガラスを作ってほしい』という依頼から始まりましたが、技術者なら『割れないガラスなんて無理に決まっている』と即答したでしょう。しかし私は文系の出身で、唯一知っていたのは、傷などの欠点がなければ、圧縮応力という点ではガラスは鋼より強いということだけ。そんな技術オンチだったからこそ、お客様の要求に『何でもやります』と応えられたのです」
また、前職の経験が、今の経営スタイルに通じている部分もあるといいます。
「1つは、現場目線であること。もう1つは、役割分担です。刑事さんは現場対応、刑事部長はマスコミ対応をする。垂直的な階級や上下関係ではなく、水平分業という役割分担が重要であると思っていたので、社長になった時、社長として何をやるべきかという役割分担、水平分業であるという発想のもとで取り組んできました」
「ガラスへの回帰」を追い風に、光の時代の先へ
近年、同社に新たな追い風が吹いています。光源が白熱灯から蛍光灯、そしてLEDへと進化する中で、軽さ、割れにくさ、加工のしやすさから、一度は樹脂に置き換えられたガラス。しかし、高輝度LED、さらにはレーザーの時代を迎えたことで、耐熱性・耐光性の高い素材であるガラスに対する需要が戻ってきているのです。
この流れを受け、従来はガラスではなく樹脂で作られていたような特殊な形のレンズも開発しました。3次元の自由形状や光軸がミクロン単位でずれないように成型するため、「射出成型」という樹脂の手法をガラスに応用し、「G-injection🄬」という独自の製法を確立。従来のガラスでは不可能だった複雑形状等のガラスレンズを実現したのです。
こうした事業拡大や転換の背景にはどのような戦略があるのか。岡本氏が経営の羅針盤とするのが「スマイルカーブ」の考え方です。製造業などのバリューチェーンにおいて、上流と下流では付加価値が高く、その間にある製造・組み立て工程では低くなるという理論ですが、近時では、そのスマイルカーブが“U字溝”化し、付加価値を得るためには、今まで以上に上流や下流に行く必要があります。これに基づき、同社はバリューチェーンの両極端に向かう戦略を進めています。
約10年前、同社はまず「上流回帰」に着手しました。長年培ってきた結晶化ガラスの材料開発技術を活かし、ガラスの粉末というフリット事業に進出したのです。当初の狙いは、5Gやその先の6G用基板に使われるLTCC(低温同時焼成セラミックス)基板の開発でしたが、後に、今まさに需要が高まっている半導体の放熱基板の事業に繋がりました。
また、“匠の技”である“技能”に支えられた“ハイテク”も目指す方向の1つです。AI・データセンター需要で急拡大する光通信用の「偏光子」がその一例です。これはレーザー光の戻り光を遮断する「アイソレーター」という部品に使われるもので、ガラス中に数十ナノメートルの塩化銀の粒子を仕込み、それを円筒状に延伸した後に銀に還元することなどにより、順方向の光だけを通す仕組みになっています。この偏光子も、もともとは10年以上前にプロジェクター用に開発していたものを、通信用に転用したものです。需要の伸びは著しく、年平均成長率(CAGR)は数百%を超える勢いです。
放熱基板と偏光子を新たな事業の柱に据えるとともに、これまで主力だったガラス成型についても、微細フライアイレンズをはじめとする各種レンズや「新導光体デバイス(EL)」へとシフトしていく方針を掲げています。
一方、サプライチェーンの下流への挑戦として2024年に打ち出したのが、一般消費者向けのガラスプロダクトブランド「illumiiro(イルミーロ)」です。ガラス成型や薄膜蒸着の技術を活かし、色合いの複雑な変化が楽しめるグラスや、職人が手作業で仕上げたガラスリングを展開。百貨店やオンラインでの販売のほか、千葉県柏市のふるさと納税の返礼品にもなっています。
社員のための会社であること、そして「わがまま」であること
世界を舞台に活躍しながらも、日本に腰を据え、地域とのつながりも持つ同社。その中で岡本氏の視線の先にあるのは、何よりもまずは社員であるといいます。
「地域貢献は結果であって、そもそも社員のための会社でなければ、地域のための会社にもなれないと思います。ですから、最初から地域貢献を目指すのではなく、まずは社員のための会社であること。そのうえで、目指すのは世界です」
最後に、全国の経営者へのメッセージを伺いました。
「1つ言うとしたら、わがままになっていい、ということです。あまり周りを気にしすぎず、自分の思ったことに対してまっすぐに向かっていくこと。経営者になると周りの声もあって八方美人になりがちですが、創業時の思いや会社の目的を貫くこと。簡単に言えば初志貫徹です。周りの雑音に惑わされず、信じた道を進むことが経営者には必要だと考えています」
変わらぬ理念という軸を持ちながら、製品も分野も変え続ける。「伝統とは革新の連続」という言葉を体現し、創業100年を目前に確実な成長を続けながらも、「常に夢を持っていなければならない」と語る岡本氏。ここにこそ、永続企業の本質があるのかもしれません。

お話を聞いた方
岡本 毅 氏(おかもと つよし)
代表取締役会長兼CEO
1980年東京大学法学部卒業、同年警察庁に入庁。北海道警捜査二課長、外務省在香港総領事館領事、警察庁国際部国際一課理事官などを歴任。この間、独フライブルク大学で行政法の客員教授。1995年11月、先代である岡本勲氏(父)の死去に伴い、同年12月、埼玉県警刑事部長を最後に退官し、岡本硝子の代表取締役社長に就任。2019年6月、代表取締役会長に就任。
[編集]一般社団法人100年企業戦略研究所
[企画・制作協力]東洋経済新報社ブランドスタジオ










