世界で活躍するコマツの危機の乗り越え方
〜企業アイデンティティの浸透で現場力を磨く〜
目次
2021年に創業100周年を迎えたコマツ(登記社名:株式会社小松製作所)は、建設・鉱山機械メーカーでは国内トップ、世界第2位のシェアを誇ります。これまでの発展を支えてきたものは何か、これからの経営で何を重視していくのか。代表取締役社長兼CEOの小川啓之氏に伺いました。
想定外の危機を乗り越えた2つの言葉
多くの100年企業と同様に、コマツも1921年の創業以来、幾度かの危機に直面してきました。
しかし、振り返ってみると、困難があるたびにコマツは成長しています。危機をチャンスに変えてきたのがコマツの歴史です。
例えば、1961年に、アメリカ・キャタピラー社が日本進出へ動き出しました。当時のコマツ製品は、キャタピラー社と競合できるレベルにはありませんでした。会社の存続そのものが危ぶまれる中で、当社は徹底した品質対策を打ち出しました。キャタピラー社に対抗できる製品をつくるため、当時のJIS(日本工業規格)よりもさらに厳しいコマツ独自の基準であるKES(コマツ・エンジニアリング・スタンダード)を設定。全社をあげてのTQM(総合品質管理)活動によって品質向上に取り組みました。これが結果的に、コマツの製品を世界市場で戦えるレベルにまで引き上げることになりました。
その後1970年代~80年代にかけて、国内の建機市場は飽和状態に陥りますが、コマツは1950年代から輸出に力を入れていました。80年代後半になり、円高が進んだことを受け、海外生産体制構築に注力しました。早くからグローバル経営を推進したことで、売上の90%が海外、従業員の3分の2が外国籍、という現在の姿に至っています。
2001年度には、設立以来初の営業赤字を計上しました。このとき第一次経営構造改革を実施し、「選択と集中」を行い、主力事業を建設・鉱山機械と産業機械に絞り込みました。新興国・資源国の成長の波に乗ることができたこともあり、その後の数年間で業界トップレベルの高収益企業へと伸長します。
2008年のリーマンショックの際には、第二次経営構造改革を実施し、フレキシブルな生産体制の確立や販売体制再編など進めました。さらに2011年には東日本大震災、2020年からはコロナ禍という危機を迎えますが、そのたびにコマツは企業体質を強化し続け、現在では3兆5,000億円まで売上を伸ばしています。
地政学的なリスクやパンデミックなど、想定外のリスクはいつ起こってもおかしくありません。大切なのは、それらに対して「いかに迅速に対応できるか」でしょう。
迅速な対応に必要なものとして、私は「初志貫徹」と「朝令暮改」の2つの言葉が大事であると考えています。
例えば、いかに外部環境が変化しても、創業の精神は変えてはいけない価値観や方針であり、守り続けたいと思っています。ここは初志貫徹という言葉に通じます。
一方、具体的な戦術や重点活動、現場での対応などは、そのつど最適なものを選択していくべきと考えています。ここでは朝令暮改の考え方が重要で、戦略などは変化に合わせてフレキシブルに対応する必要があると思っています。
いずれも矛盾するものではなく、迅速な対応を行うための表裏一体の考え方として、自身の一つの指針になっています。
経営の根幹を支える「コマツウェイ」
なぜコマツは危機を迎えるたびに、それを乗り越え成長していけるのか。それは先の迅速な対応だけでなく、創業者が掲げた創業の精神や心得がコマツのDNAとしてずっと受け継がれてきたことも理由の一つでしょう。
その創業の精神をベースに、先人たちが築き上げてきたコマツの強さ、強さを支える信念、基本的な心構えと持つべき視点を一冊にまとめたものが『コマツウェイ』です。コマツウェイは、コマツの価値観を行動様式で表現した冊子です。多数の事例が紹介されており、かつて諸先輩方が自身の体験を通して獲得してきた経験知、実践知というべきものが詰まっています。
「マネジメント/リーダーシップ編」「ものづくり編」「ブランドマネジメント編」の3つのパートで構成され、現在では世界各国の言語に翻訳され、全世界6万人以上の従業員に配付されています。そして定期的に研修を実施し、その定着を図っています。
コマツが大事にしている価値観の一つに「SLQDC」があります。
- Safety & Health:安全と心身の健康。これは自分・家族・友人に対するコミットメントです。
- Law & Compliance:法律・ビジネスルールの遵守。これは社会に対するコミットメントです。
- Quality:品質と信頼性の維持向上。これはお客様に対するコミットメントです。
- Delivery:納期の遵守。これはパートナーに対するコミットメントです。
- Cost:コストの適切な管理。これは会社に対するコミットメントです。
SLQDCは、コマツの全社員が果たすべき責任であると同時に、その優先順位を示したものでもあります。ビジネス用語では通常、「QCD」といわれますが、コマツでは「QDC」の順です。
すべての判断基準はSLQDCの順番で決めるということが、全社員に共有されています。
創業者の竹内明太郎が遺した心得の内容は、まさにSLQDCを表していました。SLQDCは竹内の創業精神に通じているのです。
コマツの経営の基本は「品質と信頼性」を追求し、企業価値を最大化することと据えています。そして、この「企業価値」とは、コマツを取り巻く社会とすべてのステークホルダーからの信頼度の総和であると考えています。本当に信頼性を確立しようと思えば、一時的な信頼では意味がありません。継続的な信頼とは、つねに新しい課題を発見し、全社員が主体的に改革・改善に取り組むことで生まれます。これはTQMの考え方そのものでもあります。
冒頭に触れた1960年代のキャタピラー社の日本進出以来、コマツはTQMを導入し、現場からの問題発見、現場からの問題解決に力を注いできました。この現場力はコマツウェイによって今も育まれており、コマツの強さの源泉です。
「モノもコトも」大切にする経営で社会課題を解決
近年、「モノからコトへ」と消費行動が変化しているといわれます。
コマツはメーカーなのでモノを売る商売であるものの、それで終わりではありません。売った後のメンテナンスや、省力化・無人化・IT化など、現場での施工を安全かつ効率化するためのさまざまなソリューションを提供しています。
機械を売ることを通して、お客様の施工を最適化することが求められている。「モノもコトも」大事にするのがコマツのビジネスなのです。
2022年からの3カ年の中期経営計画では、縦軸にソリューション(コト)の進化、横軸にプロダクト(モノ)のレベルアップを示した「未来へのロードマップ」を打ち出しています。
それぞれ5つのレベルを設定し、左下の「従来施工」から、右上へと上昇させていくイメージです。コマツの現在地はレベル3程度です。ここからDXをさらに進め、カーボンニュートラルなどESG課題の解決を実現していく。これがコマツの目指す姿です。中期経営計画の中でも、SDGsの17の目標のうち、ゴール10に関して、KPI(重要業績評価指標)を設定して成長戦略と紐づけています。「事業活動を通じて社会の要請に応えていく活動」がコマツの社会的責任であるというのが当社の考え方です。
また、持続的な経営という意味でも、モノとコトの双方が重要です。
例えば、現在、コマツの売上の40%は部品やサービスなどのアフターマーケットが占めています。そのときの経済状況によって新車需要が大きく上下するのに比べて、アフターマーケットは比較的安定しています。というのも、後者は現在稼働している機械の台数で決まるからです。
コマツは現在、世界で70万台以上の稼働台数を保持しています。これを維持すること、さらに上げていくことで、新車需要に左右されない変動に強い経営を実現することができます。
この世界70万台の機械のすべては、コムトラックスという機械稼働管理システムによって稼働の「見える化」がされています。すべての機械にセンサーなどが内蔵されていて、衛星通信等で位置情報や稼働状況、燃費などをモニタリングできるようになっているのです。これが実現できているのは、コマツが機械のコンポーネントを自社開発・生産しているという強みがあるからです。これらの情報を活用し、お客様に対して、作業の効率化や最適なタイミングでのメンテナンスの提案などを行っています。
このように、お客様との結び付きを強め、コマツがお客様にとってなくてはならない存在になる。これが当社のいう「ブランドマネジメント」であると考えています。
これからも、コマツはモノとコトの一層の進化・発展を通して、お客様とともに新たな価値を創造し、企業と社会の課題解決に取り組んでいくつもりです。
お話を聞いた方
小川 啓之 氏(おがわ ひろゆき)
コマツ 代表取締役社長 兼 CEO
1985年京都大学大学院修了、コマツ入社。2004年コマツアメリカ・チャタヌガ工場長。10年執行役員生産本部茨城工場長、16年常務執行役員生産本部長、18年取締役専務執行役員。19年に代表取締役社長兼CEO。インドネシア総代表を務めたことがあり、アジアの市場を知る。大阪府出身。
[編集] 一般社団法人100年企業戦略研究所
[企画・制作協力]東洋経済新報社ブランドスタジオ