ビッグデータでみる都市・不動産市場の未来
11-3. ビッグデータでみる「不動産市場」の未来①

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人口減少・高齢化は、どのようなことをもたらすのでしょうか。有名な「アセット・メルトダウン」という仮説があります。ハーバード大学のグレゴリー・マンキュー氏の『The baby boom, the baby bust, and the housing market』という論文に出てきます。

この論文は、「子供が生まれなくなることによって、米国の住宅価格は半分ほどになってしまう」という予測を立てました。実際は、移民政策などが強化され、サブプライム問題も起こり、低所得者が家を買えるような金融商品の開発などを通じた住宅需要が作られたことから、予測どおりにはなりませんでした。

これに関する日本とアメリカの比較研究を、私と東京大学の渡辺努教授で行っています。ウィスコンシン大学マディソン校のヨーヘンデン氏、元日銀副総裁の西村清彦氏(東京大学名誉教授)も共同研究を行いました。日本と米国では少し違った様子があると分かりました。

相続件数の増加によって住宅の売却が増える影響

これまでの研究は、住宅需要に注目してきましたが、ビッグデータによって異なる構造も捉えられるようになりました。私の研究室では、民間企業と連携して2000年以降の不動産登記のビッグデータを使った研究を進めています。登記情報の中には、登記原因データとして、売買や交換、競売のほかに、相続が含まれます。高齢化の進行で死亡者数も増えていますので、相続件数は日本全体で増えています。

私たちは、相続が起きてから売買が起こるまでの期間に注目しました。相続・登記を受けた方が住宅にそのまま住み続けることもありますが、相続・登記を受けて売却をするケースも増えており、その速度を測ろうということです。

データを分析すると、おおよそ700日から800日で、約80%の方が販売を済ませています。その分布状況を見ると、100日から200日ほどには、ほとんどの取引が終わっていました。

相続が起きているエリアの分布を見ると、高齢化率の高いエリアと相続件数が多いエリアは、必ずしも一致していません。東京では、高齢化率は東側のほうが相対的に高いのですが、相続が起きている件数は西側のほうが圧倒的に多くなっています。

データを分析すると、近年において相続件数が増加傾向にあることが分かります。さらに、相続を通じて売却される件数も増加していました。これは住宅の供給圧力となります。相続経由での供給が多いエリアでは、一般的な均衡価格よりも安い価格で住宅が売られていることが明らかになってきました。

通常の持ち家の売却では、いくら以上で物件を売らなければ、次の住宅に住み換えられない場合、売り手は価格の下限を持って売り出すことが多くなります。売り手は、「下限より高く売ろう」「下限を下回ったら売るのをやめよう」という行動に出ます。

しかし、相続の場合は棚ぼた的に住宅を取得するので、「高く売る」より「早く売りたい」という動機のほうが強くなります。売却によってキャピタルゲインが生じる場合、キャピタルゲインを相続税と相殺できる制度もあるので、売却のスピードが重視され、相続人の間で分配を早くしたいという動機が働くのです。

アメリカで2008年にリーマンショックが起きて、サブプライム・ローンが焦げ付いたときに、ファイヤーセール(投げ売り)で、ディスカウントして早く売るという現象が起こりました。それに近いような現象が、相続を経由して売買に出てくる物件が多いエリアで起こっていることが、ビッグデータを見ると分かります。

人口減少の影響を移民と海外資金の流入でカバー

人口の高齢化が進む中で「住宅価格が暴落する」というアセット・メルトダウン仮説がアメリカで出されました。それを日本のケースに当てはめてみると、経路は違いますが、高齢化によって価格が押し下げられることが分かりました。

各国でも同じような事象が見られることを私たちの研究で示し、その内容は2015年に日本経済新聞の経済教室に掲載されました。その1週間後には、シンガポールの経済紙「ビジネスタイムス」にも記事が掲載され、「シンガポールでも、2040年までに住宅価格が30%ぐらい下がる」という予測が紹介されました。これに対して、さまざまな意見がありました。「この予測どおりにはならないという意見」と「この研究は昔から言われていたとおりで、予測どおりになるという意見」が紙面上で対立していました。

予測どおりにはならないとする主張の中心は、「もし住宅の価格が下がれば海外からの移民が増えてシンガポールの住宅市場を支えるだろうし、海外からの資金がシンガポールに入ってきて住宅価格の暴落が起こらない」との見方です。

まず、海外からの移民について考えてみましょう。

移民は、アメリカでこれからも増えていくと予測されています。総人口は2014年の3.19億人から2060年には4.17億人に増加し、その結果3,800万人分の住宅が必要になると予想されています。同時に、6,400万人の移民によって住宅市場が圧迫されるとも言われています。移民によって住宅価格と賃料が上昇したという研究結果を、2013年と2017年にMIT(マサチューセッツ工科大学)のアルバート・サイツ氏が出しています。

この研究をもう少し細かく見ると、地域所得の高低や移民の教育水準によって、住宅の賃料や価格の上昇が異なっていました。地域所得が高いエリア、教育水準が高いエリアで、賃料や価格が大きく上昇していました。逆に、「中規模の都市では、低所得者の移民によって地元の人々が逃げていくことや、キャピタルフライト(資本逃避)も起きているが、ハイスキル(高い能力)の移民では、そのような現象は起こらない」という研究もあります。

海外からの資金の流入はどうでしょうか。

「海外からの資金の流入が積極化する」と最初に言ったのは、2005年のベン・バーナンキ元FRB議長でした。彼は「Global saving glut(世界的な貯蓄過剰)」という言葉を使いました。特に成長が著しい新興国では、自国内に十分な投資対象がなければ、海外の優良な資産に投資することになります。それによって、世界のスーパースターシティと呼ばれる、国際的な資金の受け皿となる資産がある都市の不動産、住宅に資金の流入が激しくなるだろうと言いました。

多様な資金が流入する市場は価格変動リスクに強い

私自身も、この仮説について研究を進めてきました。最初に、各国での資金流入の効果を比較してみると、ロンドンのように60カ国ほどのお金が集まるマーケット、ニューヨークのように55カ国ほどから集まるマーケットに対して、日本は26カ国でした。多様な資金の受け皿となるマーケットでは、何らかのショックがあったときに価格の暴落が起きづらいと考えられます。多様なお金が入っているマーケットには、逃げてくるお金があっても、入ってくるお金もあります。それによって、価格が暴落する変動リスクを受けなくても済むことになります。

海外投資においては「ホームカントリーバイアス」もありますが、ニューヨークで取引するときに、アメリカ人同士が取引をするケースと、アメリカ人が売り手で日本人が買い手になるケースを比較すると、アメリカ人同士、つまりホームカントリー同士では正常な価格となる「均衡価格」で取引されます。しかし、買い手が外国人になると「高掴み」をさせられてしまう「ホームカントリーバイアス」が、不動産市場だけではなく金融市場でも起こるといわれています。

私たちの研究では、初期投資の場合、大体40%ほど高掴みさせられています。しかし、学習を繰り返していくうちに、ホームカントリーバイアスは徐々になくなっていきます。

「ナショナリティーバイアス」は、海外投資において国籍が同じ者同士で取引が行われる傾向を意味します。私が2011年から2015年まで住んでいたカナダのバンクーバーには中国の資金が大量に入っていました。売り手も中国人、買い手も中国人、そして仲介している不動産事業者も中国人と、同じ国籍同士が結びついているケースが見られました。

パリでの投資は、もちろんフランス人同士で取引することが一番多いのですが、スペイン人は、スペイン人から買うという結びつきが強く、ロンドンでもアメリカ人の売り手からアメリカ人が買うケースも多いことがデータから明らかになっています。

海外投資では歴史的な繋がり、政治的な関係も重要

最近の私たちの研究では、「海外のどこから、お金が入ってくるのか」という資金の動きを見ています。海外との距離に注目すると、やはり距離が遠くなればなるほどお金の入り方が緩やかになってきます。

海外との結びつきは、自由貿易協定があるかどうか、過去に植民地の共通の歴史を持っていたかどうかにも関係しています。例えばイギリスとカナダ、イギリスとアメリカ、イギリスとオーストラリアで、1つの大きな商圏を作っています。そのような同じ文化を持っている、また言語が一緒であることが重要です。かつて15世紀半ばから17世紀半ばにヨーロッパ人が世界中で交易を行った大航海時代のヒストリカル・シッピングルート(歴史的航路)で結びつきがあったかどうかも、資金の流れに重要な影響を与えていることも分かってきました。

さらに重要な点が、政治的な要素です。中国の習近平政権が誕生した頃、米国のオバマ政権との関係、その後トランプ政権になったときに何が起こったのか。トランプ政権になったとき、いわゆる米国対中国の貿易戦争が起こり、資金の流れを見ると、中国から外へ出ていくお金の動きが緩やかになりました。とりわけアメリカに入ってくるお金が非常に小さくなり、それによって中国の資金は日本やアフリカへと流れたと見られています。

このようにグローバルマーケットが非常に重要な役割を果たすようになってきました。世界的な高齢化や人口減少は「グローバルエイジング」と言われますが、世界的に高齢化が進んで住宅需要が減ったとしても、特定のグローバルマネーが動くマーケットではまったく別の動き方をする可能性があります。

スピーカー

清水 千弘

一橋大学教授・麗澤大学国際総合研究機構副機構長

1967年岐阜県大垣市生まれ。東京工業大学大学院理工学研究科博士後期課程中退、東京大学大学院新領域創成科学研究科博士(環境学)。麗澤大学教授、日本大学教授、東京大学特任教授を経て現職。また、財団法人日本不動産研究所研究員、株式会社リクルート住宅総合研究所主任研究員、キャノングローバル戦略研究所主席研究員、金融庁金融研究センター特別研究官などの研究機関にも従事。専門は指数理論、ビッグデータ解析、不動産経済学。主な著書に『不動産市場分析』(単著)、『市場分析のための統計学入門』(単著)、『不動産市場の計量経済分析』(共著)、『不動産テック』(編著)、『Property Price Index』(共著)など。 マサチューセッツ工科大学不動産研究センター研究員、総務省統計委員会臨時委員を務める。米国不動産カウンセラー協会メンバー。

【コラム制作協力】有限会社エフプランニング 取締役 千葉利宏

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