理念から「問い」を得て、一人ひとりが自分の物語をつくる

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目次

近年、経営者だけでなく一般の従業員も企業理念について語ることが日常的になっています。戦略デザインファームBIOTOPEの佐宗邦威氏が、DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー誌に寄稿した「組織の『存在意義』をデザインする」も大きな反響を呼び、これが本書『理念経営2.0』執筆の契機となったといいます。理念が注目されている背景には何があるのでしょうか。

お話を聞いた方

佐宗 邦威 氏(さそう くにたけ)

株式会社BIOTOPE代表

チーフ・ストラテジック・デザイナー。多摩美術大学特任准教授。東京大学法学部卒業、イリノイ工科大学デザイン研究科(Masterof Design Methods) 修了。P&G、ヒューマンバリュー、ソニーを経て、BIOTOPEを創業。BtoC消費財のブランドデザインや、ハイテクR&Dのコンセプトデザインやサービスデザインプロジェクトを得意としている。著書は本書のほか『直感と論理をつなぐ思考法 VISION DRIVEN』(ダイヤモンド社)、『じぶん時間を生きる TRANSITION』あさま社)などがある。

『理念経営2.0 会社の「理想と戦略」をつなぐ7つのステップ』

2023年5月発行
ダイヤモンド社 2,420円(税込)

理念で「自分の存在」を再確認する

佐宗氏が代表を務めるBIOTOPEは、デザインの持つ力や効能を起点にした新規事業の創出で、多くの企業を支援してきました。ところが数年前から、より企業の根幹に関わる、理念の構築まで依頼されることが増えてきたといいます。

「思想や理念の可視化、言語化を求められるようになりました。そのような抽象的な対象に再現性を持たせること、つまり誰にでも通用するように形づくるのは難しい作業でしたが、どうにか自分なりの方法論が確立できたので、書籍としてまとめることにしました」 理念づくりとデザインとの親和性が高いのはなぜでしょうか?

「デザインの役割は、物ごとをギュッとまとめて統合することです。反対に分解していくのが、論理思考です。企業理念というのは、自社の思想や価値観を短い言葉などにギュッと集約したもので、その作業はまさにデザインなんです」

理念づくりに向き合う企業が急増した背景には、一つには、2020年のダボス会議のテーマに「ステークホルダー資本主義」が掲げられたことがあるでしょう。株主利益を第一に考える「株主資本主義」から脱却し、従業員、地域、ユーザーなどあらゆるステークホルダーの利益に配慮しようという考え方です。しかし佐宗氏は、それはあくまでもきっかけであって、本質は別のところにあるといいます。

「産業のネットワーク化が急速に加速する中で、自社の基盤となる市場がどこに位置していて、どこへ向かっていくのかが見えにくくなってきている。それにもかかわらず、新規事業を起こそう、新しい価値の基盤をつくろうといった『HOW(手段・方法)』ばかりが盛んに語られている。経営者も社員も、空中に向かって身を投げ出すような不安にさらされています」

そのため、「自分たちが何者で、どこから来てどこへ向かっていて、どこに立っているのか」を再確認できる手がかりが必要であり、その役割が理念に求められているのです。

「渡り鳥の群れ」のような柔軟かつ強固な組織へ

ひと昔前の日本では、社是・社訓の唱和や社歌の斉唱をルーティン化している企業が珍しくありませんでした。そこには、経営者がつくった理念とその世界観を社員が学び、同化していくことで全体として発展しようとする狙いがありました。これが「理念経営1.0」の典型例です。そのやり方で多くの企業がうまくいっていたのは、「経営者の頭の中に最初から正解があり、その正解をそのまま理念として社員に共有させる」ことで成果が出せる時代だったからです。

しかし現代において正解は一つではなく、経営者も正解を持っていません。そのような状況では、理念は正解というよりも「問い」に近づいています。企業が自らの探求したいテーマを、問いとして社会に投げかける。それを社員がくみ取り、自分なりの物語として紡いでいく。ほかのステークホルダーもそれぞれの立場で考え、行動する。そうやって生まれる物語に対する問いが、理念に込められている。これが、佐宗氏の提唱する理念経営2.0です。従来と大きく違うのは「人によって解釈が異なる」ことが大前提である点でしょう。

「100人いたら100通りの答えがあっていい。探求を続け、たくさんの答えを持つ組織であればあるほど、不測の事態が生じたときに、その企業ならではの信念や倫理にのっとった対応ができていると感じます」

その好例が、外食チェーン「スープストックトーキョー」の離乳食無料提供を巡って起きた、ネット上での炎上騒動です。子供連れの顧客に配慮したサービスを開始したところ、想定外の方向から批判が出ました。しかし同社は極めて短期間で声明文を発表し、すみやかに騒動を収束させました。同社の理念は「世の中の体温をあげる」。この理念の下、日頃から企業としての姿勢を議論する風土が社内にあったはずだと、佐宗氏は考察します。

「社員一人ひとりが自らの解釈で、『私たちはこういうことをやりたかった』といつでも説明できる状態になっている。ある種の哲学の蓄積があったからこそ、自分たちなりの答えを生成できたのでしょう。まさに今の時代ならではの、理念経営の体現の仕方だと思います」 

ではどうすれば、再現性の高い理念をつくることができるのでしょうか。佐宗氏はミッション、ビジョン、バリューの関係性を、「渡り鳥の群れ」になぞらえて解説します。たくさんの個体からなる渡り鳥の群れがまとまって飛ぶことができるのは、目的地を認識する方向感覚(ビジョン)、自由でありながらも仲間の一体性も保つ距離感覚(バリュー)、組織としての意思を方向づける中心感覚(ミッション)を持っているからです(図)。

この3つの感覚が機能することで、柔軟かつ強固な組織が形成され、それはこれからの企業の在り方ともよく似ているとしています。

「意義」を持って働ける環境をつくる

理念経営2.0は、この3つにナラティブ、ヒストリー、カルチャーを加えた6つの経営資源が機能することで、価値創造をもたらすエコシステムです。この仕組みを理解する上で欠かせないのが、時間軸の概念です。

「自社の未来について熱心に語られる一方、過去のことはあまり語られない傾向があります。しかし、自社はもともとどういう企業だったのかという原点に触れた上で、未来は何をするべきか考えるというプロセスを踏むと、ストーリーの描かれ方が大きく変わってきます。どこから来てどこへ行くのかというベクトルが可視化されると、現在が明確になってくるのです」

ナラティブとは、「過去−未来−現在」をつなぐ固有の語りのこと。自社のナラティブだけでなく、そこに従業員一人ひとりのナラティブも加わります。難しい作業に思えますが、「自分なりの意味づけができて自分なりに腹落ちできればいい」のだといいます。この作業を行うことで、理念の共有が深められるのです。

近い将来、ミレニアル世代やZ世代が社会の中心になり、「給料がもらえればいい」という利益中心の価値観の人は減っていくでしょう。働く人が仕事に「意義」を持って働ける環境をつくることが、経営者に求められています。そのためには経営者は、社会に問いを投げかけ続けなければなりません。理念が問いとして機能すれば、その企業には仕事に意義を見出せる人材が集まり、結果的に利益をもたらすことになります。理念を「守り神」として大切にしていくことが、現代における企業存続の条件といえるかもしれません。

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