地域を沸かそう 温浴施設で活性化させるまちづくり
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料理やショッピングとともに、「温泉」を目的とする訪日外国人旅行者も多く、温浴施設は重要な観光資源となっています。温浴施設の運営を通じて地域創生に取り組むONDOホールディングス代表取締役社長CEOの山﨑寿樹氏に、地域を〝沸かす〟秘訣を聞きました。
温浴施設は地域コミュニティのハブになる
地域創生という観点から改めて見つめ直してみると、温泉をはじめとする温浴施設には、いくつか注目すべき特徴があります。
第一に、広く受け入れられやすいことが挙げられます。温泉は年齢や性別、職業などを問わず、多くの人々が好み、関心を寄せてくれる施設といえるのではないでしょうか。
また、津々浦々と表現してもよいほど、各地にたくさんの施設が存在していることも大きな特徴です。公衆浴場も含めると、日本には先人たちのおかげで2万軒を超える温泉施設があります。宿泊施設をもつ温泉地だけでも、全国にはおよそ3,000カ所も存在しているのです。さらにいえば、既存の施設を持たないエリアであっても、掘削すれば、いろんな地域で温泉が噴出する可能性があります。この豊富な資源は、火山国ならではの恩恵といえるでしょう。
そして、もう1つ、特徴として指摘しておきたいのは、温浴施設がコミュニケーションのハブ(結節点)としての機能を持っている点です。スーパー銭湯や健康ランドといった施設を想像していただければわかるように、温浴施設は食事や娯楽、宿泊など、さまざまな機能との親和性が高く、人々の交流拠点となり得る側面を持っています。そうした複数の機能を組み合わせて魅力的な施設を造り上げることができれば、温浴施設が地域における文化的な拠点となって、経済的な面でも地域の活性化に貢献してくれるでしょう。
以上のような点から、これまで私たちは温浴施設の運営を通じた地域創生に取り組んできました。温泉やお風呂を一種のショールームと捉えて、そこから地元のおいしい食材や貴重な伝統文化を発信することにより、地域の活性化を実現しようというのが、私たちの主な活動です。
やがて、温浴施設という枠組みを超えて、さまざまな施設の再生やリニューアルをご相談いただくようになり、現在では野球チームの運営やサバの陸上養殖、製パンといった事業にも領域が広がってきています。
もっとも、温浴施設が私たちの原点であることに変わりはなく、現在も「さあ、地域を沸かそう」というコンセプトを掲げ続けています。どのような領域の事業であっても、その地域の魅力を見出して、新たな価値を創造し、多くの方々を元気にするのが、私たちのミッションです。
古い設備を生かして「昭和レトロ」を打ち出した玉川温泉
現在、私たちはカフェと銭湯を融合させた「おふろcafé」を中心として、キャンプ場などのリゾート施設や宿泊施設の運営を行っています。その多くは、経営不振などによって事業の継続が難しくなった施設であり、私たちはそうした施設の再生やリニューアルを事業の主体としています。
例えば、2011年に経営を引き継いだ「昭和レトロな温泉銭湯 玉川温泉」(埼玉県ときがわ町)は、交通の便が悪く、施設も老朽化していて、当時の運営会社では赤字が続いていました。しかしながら、泉質がよく、地域コミュニティのハブとして機能していたことから、黒字転換の可能性は十分にあると判断して再生に取り組みました。
このケースのポイントは、施設の大規模なリノベーションが難しかったため、発想を転換して「昭和レトロ」というコンセプトを打ち出したことです。昭和30年代の雰囲気を再現した非日常的な空間を演出することで、温泉だけでなく、レトロ体験を目的とする方々が訪ねてくださるようになりました。ときがわ町を訪れる観光客数は、当時、80万人程度でしたが、昨今は100万人を超えるレベルにまで増加しています。
オリジナルな地域性を見出して訴求する「おふろcafé」
地域の魅力を発信するうえで大切なのは、何よりもターゲットを明確にすることです。海外からの観光客や子育て世代、高齢者、若い世代の女性など、具体的なターゲットを絞ったうえで、その層に対して最も効果的なアピールの方法を考えるのがセオリーです。くっきりとした輪郭を持つ目標を設定できなければ、施設のコンセプトは総花的なものになりがちで、地域の特徴も埋没しかねません。
実は、これまで私は全国の3,000カ所近い温浴施設を訪ねてきました。その体験を通じて実感したのは、驚くほど多くの施設が似通っていたことです。多少の違いはあるものの、建物の構造や演出が画一的で、館内着やレストランのメニューさえ既視感を覚えるものが大半でした。実際、私たちが「○○の湯」という言葉からイメージする施設の姿は、ほとんど同じものではないでしょうか。
私たちの運営する施設では、地域の特色や店舗運営に携わるスタッフの年齢層などを考慮して、それぞれ異なるテーマを打ち出しています。例えば、玉川温泉は「昭和レトロ」ですが、「おふろcafé白寿の湯」(埼玉県神川町)は「糀と発酵」がテーマで、地元で古くから愛されてきた発酵食品と温泉とのコラボレーションによる湯治体験を味わうことができます。
また、芦別市(北海道)の「芦別温泉おふろcafé 星遊館」には炭鉱をテーマとしたレストランが併設されており、東海道の宿場町をテーマとした大津市(滋賀県)の「大津温泉おふろcafé びわこ座」では、施設内で大衆演劇を楽しむことができます。時間をかけて培ってきた地域の歴史や文化をすくい上げて、オリジナリティの高い魅力を抽出し、それをどのように表現すればターゲットの心に刺さるのか、私たち自身も楽しみながらアイデアを考えて、施設を運営しています。
求められるのは覚悟と熱量を持つリーダー
温浴施設の運営のほか、私たちはスポーツなどの活動を通じた地域創生のお手伝いやコンサルティング活動も行っていますが、そうした経験から痛感するのは、地域の活性化をリードする人材の重要性です。
いうまでもなく、他力本願の発想がどれだけ集まっても、主体的に行動できる人材がいなければ、地域の活性化は実現しません。結局のところ、そうした人材をいかに育てるかが地域創生の核心的な課題ではないかと考えています。
地域の活性化をリードする人材に求められるのは、何よりも覚悟と熱量です。事業のアイデアや経理的な知識など、実際の事業活動の中で必要とされるスキルは、それぞれの分野の専門家を招聘すれば間に合います。しかし、目標を達成するまで諦めない覚悟と周囲の人々をやる気にさせる熱量は、ほかでもない当事者の精神にしか生まれません。つまり、地域のリーダーは地元で育成するしかないのです。
もちろん、そうした人材は一朝一夕に育てられるものではありません。万能の処方箋が存在するはずもなく、責任を負う立場で意思決定を重ね、ときには失敗も経験する過程を経なければ、育たないものでしょう。それは、企業経営における後継者の育成とほぼ同義です。地域のONDO(温度)を上げて、先頭でONDO(音頭)を取ることができる人材を育てることが地域創生の第一歩と認識して、次世代のリーダーの育成にも取り組んでいただきたいと思います。
お話を聞いた方
山﨑 寿樹 氏(やまざき としき)
ONDOホールディングス代表取締役社長CEO
1983年埼玉県に生まれる。2006年船井総合研究所に入社。温浴ビジネスチームに所属し、日帰り温泉に特化したコンサルティングを行う。「全国一斉ありがとう風呂」「熱波甲子園」などのプロデュースで業界の知名度向上にも貢献した。2011年に独立し、株式会社温泉道場を設立。2023年ONDOホールディングスを設立し、グループCEOに就任。現在、グループで「おふろcafé」など15店舗(直営10店舗)を展開するほか、里山リゾート施設「O Park OGOSE」やプロ野球独立リーグの埼玉武蔵ヒートベアーズ、温泉サバ陸上養殖場の運営などを行う。
[編集]一般社団法人100年企業戦略研究所
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