社長のための「中村天風」哲学
大谷翔平や稲盛和夫が愛読、一流が指針とする理由

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目次

米大リーグで活躍する大谷翔平選手が渡米前からその書籍を愛読していたと伝えられ、昨今、あらためて中村天風の存在が注目されています。天風の思想とはどのような内容なのでしょうか。中村天風財団認定講師の堀田亜希子さんに、そのエッセンスを聞きました。

相談に来た経営者を突き放した現実主義者

自己啓発や人材育成に関心を持つビジネスパーソンなら、一度は「中村天風」という名前を見聞きしたことがあるのではないでしょうか。かつて社会現象となったほどに注目された時期もあり、松下幸之助さんや稲盛和夫さんなど、著名な経営者たちもその影響を受けたことで知られています。

一方、その独特の存在感に宗教的なニュアンスやスピリチュアルな印象を感じ取って、一定の距離を置いてきたという方もいるようです。確かに、天風は「宇宙根源」や「気」といった言葉をしばしば用いており、精神世界に分類されがちな側面も否定できません。

しかしながら、天風はむしろ他者の力に頼るような依存心を強く戒めていました。ビジネスの世界でも実績を残した天風のもとには、多くの経営者が相談に訪れましたが、そうした場合には決まって、こうたしなめたそうです。

「他人に相談しなければわからないようなことを今後の事業にするのは軽率ではないか。いちいち聞きに来なきゃならないのなら、あなたが経営するんじゃなくて、私がすることになるじゃないか」

安易に救いを求めてきた人を「自分で考えてみなさい」と突き放すのですから、非科学的な世界の住人というより、物事の本質を捉えた現実主義者と見てよいでしょう。天風は「現実はどこまで行っても、現実の力以外のものでは解決できない」という発言も残しています。このように、ただ突き放すのではありません。その力を現実のものとするように、自分で正しい道に進む力が、誰の中にもあることを諭したのです。

東郷平八郎や双葉山も学んだ天風哲学

1876(明治9)年に生まれた中村天風は、1919(大正8)年から1968(昭和43)年に92歳で亡くなるまで、ほぼ半世紀にわたって一般的に「天風哲学」と呼ばれる考え方を説いた思想家です。

天風は、自身の哲学を次のように表しています。

「宇宙原則によるところの人間の生きる使命を遂行するために、誰にでも与えられている生命の力というものがある。その力の発現のために日々自ら実践し、行うものであり、それを人生という社会生活の現場に生かしてこそ意味がある」

その思想には生命における壮大なストーリーが背景にあるため、短い言葉で全容を正確に表現することは難しいのですが、要約すれば、人間として正しい心を持ち、健全な体の状態を保つことで、潜在している力を発揮することができ、創造的で幸福な人生を歩むことができる、というのが、基本的な考え方と言ってよいでしょう。

いずれにせよ、天風哲学とは「どこまでも人間をつくる」という指針を元に、人生を創造していくものであり、直接的に社会での成功や経済的な実利の獲得を目的とするものではありません。あくまでそれらは人間の成長の先にあるものとして、「どこまでもまず人間をつくれ。それから後が経営であり、また事業である」と述べています。

その哲学の始まりは、天風の生涯が大きく関係しています。天風は明治時代に満州地域の軍事探偵となり、帰国後に重い肺結核を患いました。回復方法と人生の真理を求め欧米を遍歴し、哲学者、宗教家を訪ねましたが、望むような答えは得られませんでした。失意のうちに帰国する途中、ヨガの聖者カリアッパ師と出会い、ヒマラヤの麓での修行を経て、病を克服したのです。「自分は大宇宙の力と結びついている強い存在だ」という真理を悟り、自然法則に沿った生き方をすることで、運命を切り開くことができる。これが天風が得た答えでした。
そして創案された天風の実践メソッドは「心身統一法」として知られ、年齢や性別を問わず、さまざまな分野で活躍する方々に支持されてきました。その中には、東郷平八郎(元帥)や原敬(首相)、宇野千代(作家)、双葉山(横綱)、広岡達朗(野球監督)といった著名人がいます。

それでは、なぜこの天風メソッドが幸福な人生につながるのでしょうか。その教えを理解するには、天風がたどり着いた特徴的な世界観を知る必要があります。

左)中村天風の書斎にて  右)講演会を終えて見送りを受ける中村天風(会員撮影)

「人生は心一つの置きどころ」が意味するもの

私たち人間という存在を大自然の一部と位置づけていた天風は、自然の摂理に沿って素直に生きることが人間のあるべき姿であると考えました。あらゆる生命が持つ本質的な指向性に従うことで、宇宙の働きという大きな力を味方につけることができると悟ったのです。それには「心は心の法則に」「体は体の法則に」従い、統一して生きること。つまり心身のベクトルをその法則性に統一させるメソッドが「心身統一法」というものです。そう考えたとき、体は常に無意識な自律神経により生きようと働いているのに対して、心は現象や感情の影響を受けてつい右往左往し、心の法則から外れ、統一による働きが失われてしまうことに行きつくのです。

言うまでもなく、生命とは本来、進化や向上、成長を目指す存在です。より進化していこうとするのが生命の本質であり、破壊や衰退さえも進化のための還元と言えます。このようなすべての生命のよりよく活性化しようとする働きを、天風は「積極」と表現しました。つまり、人間において自然の摂理にかなう生き方とは、「積極思考」で生きること。簡単に言えば、何があろうとも泰然自若としたポジティブな心で日々を過ごすことなのです。

天風は、そうした「積極思考」を常に心がけることで、心身が統一され、宇宙から与えられるエネルギーの受容量が増し、人間に潜在している力が大いに発動するのだと説いたのです。

この力を天風は「潜勢力」と呼び、主に「六つの力」としてあらわしました。「体力、胆力、精力、能力、判断力、断行力」というものです。もともと、人間に与えられている力ですが、さらに強固に発現させることがかなうのです。ときに人間は実力以上の力を発揮することがあります。能力の限界に挑み続けるアスリートが天風思想に関心を寄せるのも、こうした側面が支持されているからでしょう。

とはいえ、人生は楽しいことばかりではありません。とりわけ、近年のような先行きの不透明な時代には、不安や恐れ、怒りなど、ネガティブな感情に支配されやすくなります。このような人間の本質に矛盾するような心理や感情の起伏が生じると、病気やトラブルを招くことにつながっていくのです。

しかし、日頃から気持ちのベクトルを「積極」に向かうよう習慣づけることで、そうした困難な状態を避けることができるというのが、天風の考え方です。

中でも、天風が重視したのが言葉です。消極的な言葉や否定的な言葉、そして悲観的な言葉は絶対に口にしてはならないと戒め、そうした言葉はそもそも自分の頭の中にはないのだと思い込むくらいの厳格さが必要だと述べています。さらに、互いを勇気づける言葉や喜びを分かち合う言葉、耳にするだけでうれしくなるような言葉を口にすることを勧めています。

また、ネガティブな感情にとらわれていると気づいたら、「これは本来の心ではない」と積極思考に転換する方法や、自分の未来を自己暗示によりどんどん誘導していく方法など、多数の効果的な方法論を残しています。いずれも具体的で、日常生活の中でも実践しやすい方法ではないでしょうか。

以上のことからも明らかなように、天風は一貫して「心」を重視しています。よく知られる「人生は心一つの置きどころ」という言葉にも示されているように、健康な暮らしも幸福な人生も、すべては心の思い方一つというのが、天風思想のエッセンスと言えます。多くの経営者が共感を寄せるのも、天風思想が物事を実現させる原動力となる「心」を主軸としているからでしょう。

稲盛和夫は、なぜフィロソフィーを重視したのか

天風思想を学んだ稲盛和夫さんは、会計(アメーバ経営)とともにフィロソフィー(哲学)を経営の根幹に据えていました。なぜ、ビジネスとは直接的な関係がなさそうなフィロソフィーを重視したのでしょうか。そこに天風思想という補助線を引くと、心というものに重点を置いた稲盛さんの狙いがくっきりと浮かび上がってきます。

稲盛さんは経営破綻した日本航空の再建を託されたとき、全従業員に向けて次の言葉を紹介したそうです。

「新しき計画の成就は(ただ)不屈(ふくつ)不撓(ふとう)の一心にあり。さらばひたむきに只想え、気高く強く一筋に」

この言葉は、天風の著書『研心抄』にある一節です。目標の達成は何が何でも成し遂げるという揺るぎない心一つにあり、そうした強い心を持つためには気高い理想を掲げて追求し続けなさい、という趣旨と理解してよいと思います。

この一節で、強い心を養うためには「気高く」という要素が必要であると示されていることは、天風思想を理解するうえで重要なポイントと言えます。つまり、困難に直面してもくじけない心は、単なるがむしゃらな思い込みではなく、気高い理想となるための信念によって育まれると示唆しているのです。天風は「勇気」と「乱暴」が異なるように、意思の力と強情を混同してはならないとも述べています。

半世紀以上も前に亡くなった中村天風の考え方が今も多くの方々から支持されているのは、天風がさまざまな視点から示した普遍的な真理が人々の心に響くからでしょう。心が沈みそうになったら、ぜひ天風の言葉に触れてみてください。

お話を聞いた方

堀田 亜希子 氏(ほった あきこ)

中村天風財団 認定講師

兵庫県出身。文化事業の企画・運営会社を経営するかたわら、1996年に中村天風財団(公益財団法人天風会)に入会。2011年より認定講師として活動。教義の研究、指導機関である教務委員会委員も務める。同財団は、中村天風が提唱した「心身統一法」の普及を目的として設立され、1962年に公益法人として認可された。中村天風の書籍には、同財団が発行する『真人生の探究』『研心抄』『錬身抄』をはじめ、『運命を拓く 天風瞑想録』(講談社)、『成功の実現』(日本経営合理化協会出版局)、『中村天風一日一話 元気と勇気がわいてくる哲人の教え366話』(PHP研究所)などがある。

[編集] 一般社団法人100年企業戦略研究所
[企画・制作協力]東洋経済新報社ブランドスタジオ

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