有馬芳香堂の挑戦 “豆一粒の誠実”を胸に、100年企業の次世代戦略
~素材と人へのこだわりが紡ぐ、食の感動体験~

目次
かつて「お酒のおつまみ」として扱われてきたナッツが、大きく様変わりしたのは2010年代前半のことでした。モデルや美容家による健康・美容効果の発信がきっかけとなり、ナッツは「天然のサプリメント」として新たな注目を集めました。ビタミンEや食物繊維が豊富で、アンチエイジングや整腸効果を期待できる食品として、日常的に取り入れる人が増えています。
こうした市場の変化を、品質へのこだわりで先取りしていたのが、株式会社有馬芳香堂(兵庫県加古郡稲美町、売上高23億円〈2025年2月期〉、従業員約90名)です。ナッツや豆菓子といった身近なおやつを、自社で丁寧に焙煎・加工・袋詰めして全国に届けてきた同社は、老舗でありながら時代の先を読む感性と技術力を併せ持っています。
食で感動を届ける有馬芳香堂の存在意義
2025年5月、有馬芳香堂は4代目社長に有馬康人氏を迎えました。大手監査法人で公認会計士としてキャリアを積んだのち、2018年に家業に入りました。2021年の創業100周年を機に新規事業の立ち上げなど新たな挑戦を進めています。
「私たちは“食で感動を届ける”という存在意義を掲げています。ナッツそのものが目的ではなく、お客様が“美味しい”と感じた体験、その感動こそが価値だと思うんです」
その理念を行動に落とし込む形で、同社は「CANDO(C=クール、A=ありがとう、N=仲間、D=ドリーム、O=おいしい)」という行動指針も策定しました。従業員1人ひとりが理念を自分ごととして体現できるよう、社内ではパーパスの共有や評価制度の見直しにも取り組んでいます。
「美味しさは味だけではありません。従業員の対応、パッケージのデザイン、すべてを含めた体験が“美味しい”につながる。だからこそ、人や行動、空間など全体の質を高めていきたいと考えています」
また、有馬社長は「家業を“継いだ”という意識はあまりなく、“任された”という感覚に近い」と語ります。「役割として必要であれば、自分がやるだけ」とあっさりとした口調で語るその背景には、“適任者が責任を担う”という明確な割り切りがあります。
「実は最初、家業には戻るなと言われていたんです。私も公認会計士として外の世界で経験を積んでいました。でも、実業に関わりたくなって親に頼み込み、家業に入ってからは、社内で新しいことに取り組み、100周年のプロジェクトなどを通して、1つひとつ新たなことに挑戦し実績を積み上げてきて今に至ります」
油で揚げないナッツと蜂蜜バターナッツのヒット
同社を代表する商品の1つが「油で揚げないハイクオリティナッツ」です。一般的には油で塩をまとわせる工程を経ますが、油などでコーティングすることなく、赤穂の焼き塩でうっすらと味付けする、アリマオリジナルの製法で製造。手間はかかりますが、ナッツ本来の旨味を引き出す製法として高く評価されています。
「工程数は増えますが、食べたときの違いがわかるんです」
もう1つの主力商品が「香ばし蜂蜜バターナッツ」。国産バターと蜂蜜で仕上げたナッツ菓子で、当初は豆同士がくっついて固まるといった課題も抱えていましたが、社内で改良を重ね、社員からも「一番好きな商品」として名前が挙がる有馬芳香堂を代表する商品の1つになっています。

ナッツラボが切り拓く、新たな手土産文化と本業へのシナジー
創業100周年の節目となる2021年、有馬芳香堂は新ブランド「NUTS LAB(以下、ナッツラボ)」を立ち上げました。神戸市兵庫区下沢通の旧工場跡地に直営店舗を構え、2022年には大丸神戸店にも進出。ナッツを使った焼き菓子やギフト商品など、「関西の手土産文化」を意識した展開を始めました。
「“551蓬莱”みたいに、“関西出張ついでに買ってきて”と言われるようなブランドになれたらと思っています」
ナッツラボの誕生は、単なる新規事業にとどまらず、本業であるナッツ製品の付加価値向上にもつながっています。こだわりの素材や製法を生かしたスイーツの開発は、企業全体のブランドイメージを引き上げ、高価格帯商品への対応力も強化されました。
「ナッツラボで得られた“伝え方”や“見せ方”は、スーパー向け商品のパッケージや売り場展開にも生かされています。お客様との接点が広がることで、会社全体が強くなったと感じています」
パティシエは神戸や芦屋の有名パティスリーで修業をしたメンバーで構成しており、若手主導でブランドが育っています。
また、同社の大きな特徴として「若返りした組織構造」があります。特に工場現場では、30代前後の若手社員が主力を担っており、活気に満ちた現場環境が生まれています。「実は2013年ごろまでは売り上げも今の半分以下でした。そこから採用を進めて、今の中核メンバーが育ちました」と有馬社長。
「うちの商品を自分の友人や家族に薦めたくなる、そう感じている社員が多いんです。それは何よりの強みだと思っています」
豆屋に導かれた不思議な縁と創業の原点
そんな同社の歴史ですが、1921(大正10)年、有馬嘉馨(ありま・よしか)氏と妻・さと氏が神戸で創業しました。嘉馨氏は鹿児島県姶良郡加治木町(現・姶良市加治木町)の出身で、苦学の末に慶應義塾を卒業し、東京信託勤務を経て神戸税関に奉職しました。
商売好きなさと氏が始めたお茶の小売りをきっかけに、「豆屋」としての道が開かれます。嘉馨氏の職務経験から輸入雑豆(大豆、そら豆など)に詳しかったこともあり、自然と落花生やそら豆を扱う豆菓子製造へと進んでいきました。
戦中の企業整備令により1943年に一時廃業を余儀なくされましたが、戦後の1948年には2代目・有馬英夫氏が事業を再興。1921年の創業以来100年以上にわたり、「豆一粒を大切にする」精神を貫いてきました。
人と向き合う経営、次の100年への道標
現在、有馬芳香堂では2030年に向けた長期ビジョンとして、既存事業とナッツラボに続く「第3の柱」の創出を目指しています。同時に「CANDO」に基づく人材育成や評価制度の見直しにも着手しており、人的資本経営の強化を図っています。
「当社一番の成長ドライバーは“人”です。いい商品を作っても、届ける人の思いがなければ感動は生まれません。社員が自分の仕事に誇りを持てる会社でありたいと思っています」
創業から100余年、そしてこれからの100年も、有馬芳香堂は、“感動を届ける”という誠実な理念を軸に、食と人をつなぐ存在であり続けます。

お話を聞いた方
有馬 康人 氏(ありま・やすと)
株式会社有馬芳香堂 代表取締役社長
2008年公認会計士試験に合格し、2010年に早稲田大学大学院会計研究科を卒業。新日本有限責任監査法人、有限責任監査法人トーマツで公認会計士として勤務したのち、2018年に家業へ参画、2025年5月には4代目社長に就任。ナッツラボの立ち上げや人材投資を軸に、企業変革を進めている。
[編集]一般社団法人100年企業戦略研究所
[企画・制作協力]東洋経済新報社ブランドスタジオ