経営コンサルから「街の牛乳屋」へ
~明治クッカーの異色の跡継ぎが「超」斜陽産業を続けた理由【前編】

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千葉県市川市で90年の歴史を持つ牛乳宅配会社「明治クッカー」。代表取締役の西原亮氏は、経営コンサルタントから家業の3代目社長を引き継いだ異色のキャリアの持ち主です。本業の一方で、自社のYouTubeチャンネルでもデジタルツールを活用した業務効率化・省力化のTipsを配信。チャンネル登録者数は約12万人を誇ります(2025年7月現在)。
「超」がつく斜陽産業と捉えられがちな牛乳宅配業界になぜ飛び込んだのか。そして、「牛乳屋×デジタル」のユニークな経営スタイルに至った経緯と転機とは。西原氏に聞きました。

「超」斜陽産業の中に見た、Amazonにはない可能性

「牛乳屋を、これからどうする?」

2008年12月。明治クッカーの社長を務めていた父が突然病に倒れた、との知らせを私は母から受けました。幸い一命は取り留めたものの、半身不随となった父はこれ以上経営を続けられなくなり、母から息子の私に会社の存否の判断が委ねられました。

私自身、家業を継ぐつもりはありませんでした。当時勤めていた経営コンサルティングファームでの仕事にはやりがいを感じていましたし、何より誰が見ても牛乳宅配業は「超」がつく斜陽産業です。コンサルタントとして合理的に考えるのであれば、会社をたたむのが正しい選択です。もっと正直に言うと「牛乳屋なんて継ぐもんか」と忌み嫌ってすらいました。
でも、病床の父の寂しそうな姿を見ているうちに、「父が亡くなる前に自分が継がなければ」との思いがだんだん強くなっていきました。

そこで、牛乳宅配業のビジネスモデルや市場環境を自分なりに調べてみると、わずかながら可能性が見えてきました。まず、当時250万世帯のお客さまがいたので、商圏内の世帯数で見ると20軒に1軒のお宅にリーチしていることになります。しかも、そのお客さまのほとんどは、人口が増えているシニア層です。これだけの対面販売のネットワーク、とくにシニアとの接点を持っているのはAmazonなどのグローバルプレーヤーにはないユニークな強みだと感じました。

それに、牛乳宅配業界自体が、試飲イベントやウェブマーケティングなど、ほかの業界が当たり前にしている販促・営業活動をほとんどしていなかったのです。それらの当たり前の活動をするだけで必ず業績は伸びるはずだ――そう確信した私は祖父、そして父が守り続けてきた家業を継ぐことを決心しました。

クレームが殺到、ワーストの解約率を記録

2013年、2代目の社長に就任した私は、早々に大失敗をしてしまいます。コンサルタント時代のスキルと経験を駆使し、練りに練った経営改善のプランを100枚のスライドにしたため、社員の前で説明しました。それが社員たちから総スカンを食らってしまったのです。

今思えば当たり前のことで、「KPI(重要業績評価指標)」「利益率」などのコンサル用語が、牛乳の配達だけを黙々とやってきた社員に伝わるはずがありません。それに、社長がいきなり30そこそこの息子に変わって面白くなかったのもあるでしょう。
反省した私は、配達、営業、掃除と、社員と一緒に汗をかきました。しかし、社員たちの反発は根強く、私が「こうしてほしい」と改善策を提案してもなかなか動こうとしてくれませんでした。

今の体制では経営は立て直せない。新しいことに取り組むには血を入れ替えないと――と考えた私は、一気に新卒・第二新卒の社員を6人採用しました。さっそく彼らとともに新しい営業や販促の手法を取り入れたところ、効果はてきめん。毎月200~300件のペースで新規契約が増え、一時は全国の明治の特約店で一番の契約件数を獲得しました。

ところが、ここに落とし穴がありました。新規営業だけに注力しすぎて、契約後のお客さまのフォローまで気が回っていなかったのです。「配達するときは必ずチャイムを押してね」といった契約時にお客さまから承った約束や要望を、配達スタッフに伝えきれていなかった。すると、今度はお客さまからのクレームが増え、業界でワーストの解約率をたたき出してしまいました。新規契約も多いけれど、解約も多い。ザルの中に一生懸命水を注いでいるようなもので、営業コストと人件費だけが膨らんでしまう状況に陥りました。

結果、採用した6人の社員のうち半数にこちらから頭を下げ、彼らの再就職先も支援したうえで会社を去ってもらいました。せっかく当社のような会社を選んでくれた社員に「辞めてほしい」と告げる。これほどつらいことはありませんでした。

牛乳宅配業界の暗黙の“常識”に切り込む

このように社長に就任してからは失敗の連続で、先の見えない状況が6年ほど続きました。そのトンネルの中で、私は大きな改革プランを実行します。牛乳宅配業の仕組みそのものを変えたのです。
具体的には、週に7本分の牛乳を、これまでは3回に分けて配送していたのを、1回で7本分届けることにしました。
牛乳は鮮度が命、ということもあり、業界内では「高頻度多配送」が暗黙の“常識”とされていました。週1回に絞るなど、その“常識”に背くタブーだったのです。「業界の協調路線を乱すな」「おまえの会社はお客さま思いじゃない」など、同じ宅配業者やお客さまからは多くの非難を浴びました。

でも、配送頻度が3分の1になると、当然配送コストも3分の1になります。配送用車両の台数も減らせ、スタッフには適正な時給を払えて、働き方にもゆとりが生まれる。いいことずくめなのです。
配送コストが減ったことで、利益構造が大きく転換しました。増えた利益の一部はお客さまへのポイントとして還元しました。このポイント制度も、ほかの業界では当たり前にやっているのに、この業界では行われていなかった販促活動の一つです。お客さまとのエンゲージメントが向上し、解約率も徐々に下がっていきました。

「高頻度多配送」という業界の“常識”に切り込んだ結果、現在の解約率は1.1~1.2%と業界最低水準にまで下がりました。さらに、ほかの牛乳宅配業者も次々と週1回の配送にシフトするようになりました。業界の“常識”が変わったのです。

「別に牛乳は好きじゃない」お客さまから聞いた衝撃の一言

安定的に収益を確保できるようにはなったものの、本当の意味で会社の経営が好転した、とは言えませんでした。

「何のためにこの仕事をやっているのかわからない……」

ある日のミーティングで、1人の若手社員がそう打ち明けたのです。
牛乳やヨーグルトを、決まった日時にお客さまのもとに届ける。それ自体はもちろん大事な仕事です。でも、当の社員からすると、友達に「何の仕事をしているの?」と聞かれて「牛乳の配達だよ」と胸を張って言えないのが本音です。仕事のやりがいや、提供している価値が見えにくかったのです。

社員が心から誇りをもって働ける会社にしたい。でも、そもそもお客さまは当社の何に価値を感じてくれているのだろう?――そのヒントを探るため、私はあるシニアのお客さまのもとを訪ね、率直に尋ねてみました。

「Aさん、ウチと15年もお付き合いしていただいていますよね。どうしてウチの牛乳とヨーグルトを取ってくれているんですか?」

でも、Aさんは「この間、屋根瓦が壊れちゃって……」「あの植木鉢を15センチ右にずらしたいんだけど、重たくて……」と、牛乳とはまったく関係のない話ばかりに終始します。
そんな話を聞いているうちに、3時間は経ったでしょうか。そろそろ帰ろうと立ち上がった私は、最後にもう一度だけ問いかけてみました。「Aさん、どうしてウチとお付き合いしてくれているんですか?」

Aさんから返ってきたのは、驚愕の言葉でした。

「別に、牛乳とヨーグルトは好きじゃないのよね……」

(後編に続く)

お話を聞いた方

西原 亮 氏(にしはら りょう)

株式会社明治クッカー 代表取締役

慶応義塾大学卒業後、アメリカ・ニューヨークに拠点を置く投資ファンドと大手総合商社の合弁にて設立された経営コンサルティング会社に入社。主に全社組織改革、新規事業立案、新興国への海外事業展開戦略などのプロジェクトに参加。同社で5年の勤務を経て30歳を迎えた2013年、父親の跡を継ぐために明治クッカーに参画、同年8月より代表取締役に就任。斜陽産業の経営改革に奮闘し、売り上げ、従業員数ともに10年で700%の成長を実現。 2019年より「にっしー社長」としてYouTube、およびTikTokにてビジネススキルの情報発信を開始。初の著書『コンサル時代に教わった 仕事ができる人の当たり前』(ダイヤモンド社)が14万部超のヒットとなる。

[編集] 一般社団法人100年企業戦略研究所
[企画・制作協力]東洋経済新報社ブランドスタジオ

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