「うな泰」が実現するうなぎの大衆化
~アルペンから受け継がれる、模倣困難なモデル構築と価格革命~

目次
誰でも手軽に、うなぎを楽しめるようにしたい――。ハレの日の高級な食べ物というイメージのあるうなぎの大衆化に挑戦しているのが、株式会社ミズノ・インターナショナルです。同社が展開する「うなぎのうな泰」は、スポーツ用品小売り大手の株式会社アルペン創業者の水野泰三氏が自ら前線に立って展開しています。590円という破格の値段でうなぎを味わえる、価格革命ともいえる新たなうなぎチェーン店展開の背景には、アルペンで長年培われてきた経営理論がありました。
72歳で挑んだ、飲食業という新境地
2021年に1号店をオープンさせ、現在では愛知県を中心に6店舗にまで拡大した「うなぎのうな泰」。徐々にファンを増やしているこのレストランを展開するのがミズノ・インターナショナルです。うな丼は590円から、ひつまぶしは990円からと、手軽な価格で本格的なうなぎを楽しむことができるのが特徴です。
代表取締役社長の水野泰三氏は、全国でスポーツ用品小売りチェーンを手がけるアルペンの創業者です。1972年に名古屋市内で創業して以来、長年にわたりスキーやゴルフをはじめとする幅広い事業を展開してきました。そして、72歳にして新たに始めたのが「食」の事業への挑戦です。
きっかけとなったのは、アルペンが運営するゴルフ場の食事メニューとして「うな重を提供したい」という話が上がったことでした。しかし、うなぎの仕入れ価格が想定以上に高く、採算が合わないことが懸念されました。そこで、うなぎ屋を営む友人に相談したところ、魚の卸しも行っていたことから、ここに安く仕入れられる可能性を見いだします。
そのときに浮かんだのが、「うなぎを大衆化したい」という思いだったと水野氏は話します。それは、アルペンを創業した当時と重なるものでした。
1972年にアルペンを立ち上げた当時、スキー用品は約10万円もするような非常に高価なものでした。「価格を下げて誰もがスキーを楽しめるようにしたい」—―そんな思いから低価格での販売に挑み、やがてスキーはレジャーやスポーツとして人々に広く親しまれるようになっていきました。それと同じことを、今度は「食」において挑戦しようとしているのです。
「今も昔も、やっていることは同じです。かつて、100円の回転寿司によって寿司が大衆化したように、うなぎも大衆化する。そんな思いから、うなぎで勝負することを決意しました」
水野氏は、うな泰を通じて実現したいビジョンについてそう語ります。
キッチンカーから実店舗へ「食の大衆化」に向けた価格設定
自分で一から飲食業を手がけるのは、水野氏にとってこれまでにない試みでした。「初めてのことは怖いものです。だからこそ、段階を踏んで店舗展開へとつなげました」と水野氏は振り返ります。
最初に行ったのが、アルペンの店舗敷地内でのキッチンカーによる試験販売でした。価格は390円に設定し、備長炭で焼き上げた本格的なうなぎがこの価格で味わえるとあって、想像以上の反響がありました。
しかし、原価を考えると利益はわずか。そこで、試験販売を実施しながら、より適正な価格を検討。市場調査も行った結果、十分な価格優位性が確保できる490円に価格を設定し、実店舗の営業をスタートしました。
店舗運営における徹底的なこだわり
実店舗のオープン当初から売れ行きは好調でした。想定していた人員では足りないほどで、水野氏はアルペンの仕事をしながら、うな泰のキッチンにも毎日のように立っていたそうです。
「試験販売はしていたものの、実店舗のオープン直後はとにかく大変で、最初の3カ月は休みなしでした。店舗の締め作業が終わるのは深夜0時過ぎになることも多く、若い頃ほど体力がない中で人生で一番辛いと思うほど働きました」
串を打ち、焼くという一連の工程の中で、課題が次々と浮き彫りになっていきます。とくに難しかったのは、うなぎに串を打つ作業だったといいます。水野氏自身、自宅で何度も練習してようやく人に教えられるレベルに到達したものの、従業員にとっては大きな負担となっていました。
「このままでは回転率が上がらない」と判断した水野氏は、串を打たずに、うなぎを挟んで焼く方法を考案します。さらに、試行錯誤を重ねて焦げつきにくい焼き網を自社工場で開発し、一度に焼ける量を2尾から6尾と、3倍に効率を上げました。また、ご飯の盛り付けにはライスロボットを導入して質・量ともに誰でも均一な提供を可能にすることで、注文から提供までの時間を8分以内に抑えるオペレーションを構築。そして、注文から会計までセルフにすることで、接客やレジ業務などの人的オペレーションを不要にした無人化店舗も実現しました。
そして、味の決め手となる熟成された「秘伝のタレ」にはとくにこだわっており、セントラルキッチンで水野氏自らが作り、全店舗へ供給しています。さらに、水野氏が客として店舗に足を運び、うな泰の味が出ているかどうかを定期的に確認しているといいます。
こうしてうな泰は、オペレーションの標準化・単純化・差別化と、安定した美味しさにこだわって運営されているのです。
「価格×売り方」が勝負 模倣困難なビジネスモデル
回転率の向上と、標準化・単純化・差別化が徹底されたうな泰の運営には、アルペンの経営で長年かけて身に付けてきた経営理論が生きています。
その最たるものが「チェーンストア理論」だと水野氏は話します。本社が戦略・商品開発・仕入れなどを集中的に担い、現場は店内のオペレーションに特化することで、経営の効率化とコスト削減を図る仕組みです。
低価格を実現させるには大量仕入れによるコストダウンが不可欠です。うな泰ではそのためのサプライチェーン確保に早くから着手し、現在ではうなぎの卸業も展開。大手スーパーなどにも出荷しており、年間100~200トンという取扱量を誇ります。そして、徹底的に単純化された無人化店舗の運営によって、価格を気にせず利用できるアフォーダブル・プライスを実現しています。
水野氏は「最大のサービスは価格」だと強調します。スキーを大衆化するため、そしてうなぎを大衆化するため、手軽に楽しめる価格を維持しようと「価格」と「売り方」を追求してきました。
そうして構築された現在の仕組みについて、他社には真似できない「模倣困難性ビジネスモデル」と定義していると水野氏は言います。
生き続ける経営の理論
「企業には、何かのスペシャルティがなければなりません。うな泰におけるスペシャルティは『安さ』です。それを提供できる新たなフォーマットがようやく完成したところです」
水野氏はそう語ります。
これまでも、これからも長く続く経営のためには、「チェーンストア理論に基づくやり方からブレないこと」「アフォーダブル・プライスによって、お客様が迷わず買える状態を作ること」が重要だと考えています。
アルペンの53年の歴史の中で培ってきたその経営理論が、うな泰にも生き、日々実践されています。
「うな泰」という店名には、水野氏の名前の「泰」と、安さの「安」がかかっています。常に「安さ」という原点からぶれることなく、新たなフォーマットを作ることで新たな可能性を切り拓いてきた水野氏。
“安くて美味しいうなぎ”を当たり前に—―。アルペンで築いた経営の知見を武器に、うな泰はこれからも「うなぎの大衆化」という新たな地平を切り拓くべく、挑戦を続けます。

お話を聞いた方
水野 泰三 氏(みずの たいぞう)
株式会社ミズノ・インターナショナル 代表取締役社長
1948年愛知県名古屋市生まれ。1972年、23歳で株式会社アルペンを設立し「スポーツデポ」「ゴルフ5」などを展開。2021年、株式会社ミズノ・インターナショナルで「うなぎのうな泰」を開業。
[企画・編集・制作]一般社団法人100年企業戦略研究所










