グローバルなくして日本の企業に未来はない
~竹内弘高氏インタビュー【後編】

目次
スポーツや文化、学術の世界に比べ、ビジネスの世界では欧米先進国に後れを取るかに見える日本。ハーバード・ビジネス・スクールで教鞭をとった竹内弘高氏は、グローバルなビジネスの場で「日本の競争力を再興する」日本人を輩出するために、オンライン形式で学ぶ「グローバル人材認定プログラム」を立ち上げています。多文化理解、リーダーシップ、戦略的思考、コミュニケーションを鍛えるプログラムの内容を紹介するとともに、日本企業の経営者に向けてのメッセージを伺いました。
グローバル人材認定が日本の競争力を上げる
スポーツの世界、科学の世界では今、日本人が大活躍しています。野球なら大谷翔平、学術の分野でも2025年は二人の研究者がノーベル賞を受賞しました。ところが、ビジネスの世界では彼らに匹敵するような、卓越したグローバル企業、グローバル人材が圧倒的に不足しています。その背景には日本の戦後教育があると私は思いますが、評論ばかりしていても仕方がありません。
そこで、若い人たちに向けて、グローバル人材たる資質を次の年代、そしてその次の年代にわたって教育していくことこそが自分のライフワークであると任じ、つくり上げたのが、オンラインの「グローバル人材認定プログラム」です。ハーバード・ビジネス・スクール(HBS)で20年教えてきた私の能力と経験をすべて注ぎ込んだ珠玉の内容だと自負しています。奇しくも、野中さんが亡くなられる1日前、「グローバルなくして日本の未来はない」と私に言い遺し、私も我が意を得たりという気持ちになりました。
もともと2019年から、グローバル・アカデミーを設立し、対面式のリーダーシッププログラムを日本企業向けに実施していました。ミッションは「Enabling Japan to Compete Again(日本の競争力を再び上げる)」。30社を集め、1社あたり3人まで受講可能としましたから、定員90名です。そこで得た資金と知見をもとに、2024年からスタートさせたのが本プログラムです。2025年まで契約企業の社員に受講対象を限っていましたが、2026年からは個人向けの提供も開始します。
グローバル人材を短期間で育成する双方向プログラム
グローバル人材認定プログラムの内容は、4つに分かれています。
(1)日本人が多文化共生を理解する上で重要な10のメンタルモデルを学ぶ「多文化理解」。
(2)自己変革や自立心、理想に向かって変化を作り出す重要性について学習する「リーダーシップ」。
(3)ビジネスで必須の戦略的に考えることを学ぶ「戦略的思考」。
(4)英会話のヒントやDE&I(ダイバーシティ・エクイティ & インクルージョン)も含めた、表現⼿法について実践的な内容を網羅した「コミュニケーション」。
ケーススタディやクイズを多用、課題提出も通じて、グローバル人材を短期間で育成する双方向の要素を取り入れたプログラムです。講師陣は私を含め英語が堪能で、海外での生活、仕事経験が豊富な4名。私は戦略的思考の授業を担当しますが、他の3つの授業にも参加します。
各プログラムは、1級、2級、3級に分かれ、最後に理解度を試す試験(ペーパーテスト)が課されます。それに合格すると、グローバル人材の認定がなされます。3級においては「VUCAの時代、すべてのビジネスパーソンに必須の基礎」、2級では「イノベーションを起こすために必要な実践力」、1級においては「グローバルビジネスの第一線で活躍するための実践力」を身に付けてもらいます。
級位制としたのは、私がスキーが好きだから。ボーゲンからパラレルターン、総合滑降と、スキーの技とその習熟度に応じて1級から5級まで分かれている日本スキー連盟のやり方をお手本としたのです。3級を取った人の多くが2級を取り、2級を取った人の、これまた多くが1級を取るだろうという日本人の勤勉性と昇級好きを逆手にとったプログラムなのです。
私が担当する戦略的思考でいうと、3級ではマイケル・ポーターの競争戦略をしっかり理解し、自社の業界分析ができなければなりません。2級はクレイトン・クリステンセンのイノベーション論、つまり、成功している企業が陥りがちなイノベーションのジレンマをしっかり理解してもらいます。1級になると、野中理論です。野中さんはヒューマナイジング・ストーリーというものを唱え、「戦略とは未来づくりだ」と喝破しました。そのエッセンスを学んでもらうのです。
すべて受講すると、多文化理解で9時間、リーダーシップが11時間、戦略的思考が12時間、プレゼンテーションが9時間、合計41時間かかります。
「根回しを英語で何と言うか?」という問いかけ
それで終了ではなく、認定試験に合格した人たちを集め、リアルの異業種交流会を開催しています。約2時間半ですが、これが盛り上がるんです。しかも、名刺交換をしながら交流してもらうだけではなく、簡単なテストもやってもらいます。
たとえば、あらかじめ4、5名のグループに分かれてもらい、10個ある日本語を一つずつ見せ、それぞれの意味するところを一言で書いてもらう。「あなたは英語圏の地域のヘッドになりました。従業員はほとんどが非日本人です。その人たちに日本でよく使われている次の言葉を何と説明しますか」と問いかけます。例として挙げるのは、日本マクドナルドの前社長で、同社をV字回復に導いたサラ・カサノバ氏がよく使った「根回し」です。
彼女はこの根回しを英語で何と言ったか。
答えはpre-selling(プリセリング)です。消費者が店に来る前に、すでに購入を決めている状態にさせること、つまり「事前販売」です。社内的にも、事前に自分の考えを相手に売り込み、納得させておけ、というわけです。マーケティング力の優れているいかにもマクドナルドらしい言い換えだと思います。
もう一つ、「お疲れ様」という日本語の話もします。私は1965年と2021年に開催された東京オリンピックで通訳のボランティアをやったのですが、その時、一番英訳した言葉がそれでした。日本人がお疲れ様と呼びかけるときのマインドはいったい何か。そのエッセンスを、英語でどう説明しますか、と参加者に問いかけるんです。
正解は一つだけではなく、答えはいくつもあると思いますが、私はそれを「egalitarianism(エガリタリアニズム:平等主義)」だと答えます。日本人は現場の人が役員に言うときも、逆に役員が現場の人に伝えるときも、「お疲れ様」を使います。上下関係は厳然として存在するものの、そこには隔たりはなく、お互いが同じ立場に立っている。そういう意味で、日本人の平等性の側面を挨拶で示しているのがお疲れ様なのだ、と説明するんです。
これより優れたアイデアを出したグループがあるかどうかも尋ねます。「お疲れ様の本質は思いやりだ」と答えたグループもありました。それに対しては、「思いやりという意味も、もちろん含むが、思いやりだけでは、上下関係がない平等主義という面が表現されないから、本質とは言えない」と答えます。
ご褒美も用意してあります。私が趣味でコレクションしている本場ハワイのアロハシャツを30数枚並べておき、10個に対する問いのうち、一番本質をとらえた答えが多かったグループの面々に好きなシャツを持って行ってもらうんです。
受講生の年代は20代から50代までばらばらです。新入社員用にこのプログラムを使う企業もあれば、課長レベルが多く受講する企業もあるからです。
このプログラム本体と異業種交流会を終了した人にはHBSのオンラインプログラムの受講を勧めています。授業はもちろん英語です。希望者には、ニーズを聞いたうえで、約200あるプログラムのうち、最適なものを推薦しています。受講するためにはHBSのチェックを受けますが、グローバル人材認定プログラムを受講していれば、まず合格は間違いないでしょう。
Be Wise, Be Wild(賢くあれ、野性的であれ)
日本の中小企業経営者には、より強いグローバル思考を持て、と言いたい。野中さんが言い遺した言葉のように、少子化で縮んでいく日本においては、グローバル化なくして未来はありません。
といって、深刻に捉える必要はありません。日本産ウィスキーを日本に来た外国人観光客が好んで飲むというインバウンドビジネスをきっかけに、やがて海外でも日本産ウィスキーが受け入れられるようになるということもグローバル化なのです。
私は今、HBSの新しいケースとして、ユニクロ(ファーストリテイリング)の事例を執筆しているのですが、このユニクロも元々は山口県の中小企業でした。父親の後を継いで社長になった柳井正さんいわく、「山口から東京に出てくるのに30年かかったが、東京からロンドンに行くまでに3年しかかからなかった」。しかし、ロンドンの最初の進出でユニクロは21店舗を出店したものの、ほとんどの店が赤字続きで大失敗をするんです。でも企業経営において失敗は当たり前であり、米シリコンバレーには「Fail Fast、Learn Faster(早く失敗し、より早く学べ)」という言葉があるくらいです。
Fail Fast、Learn Fasterの精神を発揮するためにぜひ念頭に置いていただきたいのが、野中さんがよく口にし、ご自身も実践していた「Be Wise, Be Wild(賢くあれ、野性的であれ)」というメッセージです。単なる知識の獲得ではなく、絶えざる創造と実践を通じ知識を知恵(wisdom)にまで高めるとともに、脱優等生志向で、アニマルスピリット(動物的勘)を発揮せよと。日本を変えていくのは、そんな気概にあふれた中小企業だと私は信じています。

お話を聞いた方
竹内 弘高 氏(たけうち ひろたか)
国際基督教大学 理事長
一橋大学 名誉教授
国際基督教大学卒業後、広告代理店に勤務を経て、米国カリフォルニア大学バークレー校経営大学院で経営学修士(MBA)、博士号(Ph.D)を取得。1976年から1983年まで、ハーバード・ビジネス・スクール助教授。1983年に一橋大学商学部助教授、1987年に教授。2000年に開校した一橋大学大学院国際企業戦略研究科の初代研究科長に就任。2010年より同大学名誉教授(現在)。また2010年から2023年までハーバード・ビジネス・スクール教授。2019年より国際基督教大学理事長(現在)。
主な共著に「The Knowledge-Creating Company」(『知識創造企業』野中郁次郎、竹内弘高共著、東洋経済新報社)「Can Japan Compete?」(『日本の競争戦略』マイケル・E・ポーター、竹内弘高、榊原清則共著、ダイヤモンド社)「The Wise Company」(『ワイズカンパニー』野中郁次郎、竹内弘高共著、東洋経済新報社)がある。
[編集]一般社団法人100年企業戦略研究所
[企画・制作協力]東洋経済新報社ブランドスタジオ











