日本の本格焼酎を、世界のバーで「カクテル」として味わう~
「いいちこ」の三和酒類が挑む未来像

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美しい山並みを背に肥沃な平野と周防灘を望む大分県宇佐市。「下町のナポレオン」の愛称で知られる本格麦焼酎「いいちこ」を製造・販売する三和酒類の本社があります。同社はグローバル市場での焼酎の浸透を目指して開発された「iichiko(いいちこ)彩天(さいてん)」を2019(令和元)年に米国で発売し、注目を集めました。この挑戦と革新を主導してきた一人が、2023(令和5)年に社長に就任した西和紀氏です。西社長に、同社の持続的成長を支えてきた挑戦の歴史、伝統と革新を両立させる経営姿勢、海外展開に込めた想いなどを語っていただきました。

●戦後の厳しい経営環境から導かれた挑戦の企業風土

焼酎のグローバル展開を目指して米国等で販売していた本格麦焼酎「iichiko彩天」を、2025(令和7)年6月には日本でも発売開始し、大変な好評をいただきました。大きな挑戦の一環ですが、このような企業姿勢は今に始まったものではありません。当社は創業以来、まさに挑戦の歴史を歩んできたからです。

法人としての三和酒類は、1958(昭和33)年、3軒の家族経営の酒蔵が集まって誕生します。翌年にもう1軒加わり、4軒の酒蔵による会社となりました。これらの酒蔵が1つにまとまった背景には、戦後の厳しい経営環境がありました。いずれの酒蔵も、明治やそれ以前に創業していますが、手の届く範囲で販売するのが普通でした。

しかし戦後の経済復興とともにインフラが整備され、モータリゼーションが進むと、流通環境は大きく変わります。灘や伏見といった大産地の、品質も知名度も高く、価格も手頃なお酒が大分県内にも流通するようになります。家族経営の地方の酒蔵が単独で太刀打ちするのは難しく、生き残るためになんとか力を合わせようと決断したのでした。

当初は共同瓶詰所を設け、少しでも事業の効率化を図ろうとしましたが、それだけでは成長にはつながりません。そこで、いよいよ本当に「1つの蔵」になる覚悟を決めます。それぞれが持っていた酒造免許を三和酒類に集約。余った3つの免許を返上する代わりに、焼酎、果実酒、もろみ酢といった新たな免許を取得します。こうして、生き残りを懸けた新事業への挑戦が本格的に始まりました。

実は当社の経営スタイル自体も、非常にチャレンジングなものです。赤松・熊埜御堂・和田・西の4軒の創業家は現在に至るまで、互いに対等な立場を保っているからです。経営権は4分の1ずつで、代表取締役も私を含めて4人います。しかも創業以来、赤松と西が営業、熊埜御堂が総務、和田が製造を担当し、それぞれ得意分野を生かして経営を担ってきました。

経営を1人に委ねるより、4者の強みを生かし、同じ志を共有しながら経営にあたるほうが大きな力を発揮できます。どんなカリスマ経営者でも、たった1人では、営業、製造、総務といった主要業務に自分の力を分散させざるを得ません。それに対し、対等な4人の経営陣が、それぞれの分野にフルスイングで力を注ぎ込めば、カリスマ経営者を超える成果を生み出せるはずです。創業以来ずっと続けてきた経営スタイルであり、三和酒類が長く存続してきた要因の一つだと考えています。

●一般公募から生まれた「いいちこ」のネーミング

そして、当社を代表する本格麦焼酎「いいちこ」。これも挑戦の一環として誕生しました。

三和酒類設立当初には日本酒の酒粕を利用した粕取焼酎をつくっていた時期もありましたが、市場の反応は極めて鈍かったそうです。そんな折、当社だけではなく酒類市場を驚かすような麦焼酎が登場します。当時の麦焼酎は、主原料の大麦を糖化させるために必要な麹は米でつくることが一般的でした。しかし、この麹まで大麦でつくる、いわゆる麦100%の焼酎が登場したのです。

そこで当社も新たに麦焼酎の開発にチャレンジ。独自の麦焼酎をつくろうと研究開発を重ねた結果、独特の軽やかな飲みやすさと香りの良さを併せ持った焼酎が完成します。それが「いいちこ」です。1978(昭和53)年、設立20周年の記念式典の席で商品名を発表、1979(昭和54)年2月に発売されました。

この自信作をぜひ大々的に世に送り出したいところですが、潤沢な予算があったわけではありません。知恵を絞った末に思いついたのが、商品名の一般公募でした。新聞に取り上げてもらえれば、それ自体が宣伝になるだろうと考えたのです。地方の小さな酒造メーカーにとって、これもまた挑戦です。

この一般公募は功を奏し、約1,200通ものご応募をいただき、その中から選ばれたのが「いいちこ」でした。「いいちこ」とは、「いいですよ」という意味の豊前地方の方言で、良いものを褒めるときによく使われている表現です。酒類の銘柄は漢字を用いた重厚な名称が多いですが、当社としては、やわらかい響きのひらがなの名前にしたいという想いを持っていました。その想いと「いいちこ」という言葉が見事に重なり、即決されたといいます。

ちなみに、「いいちこ」という商品名と共に評判を得た「下町のナポレオン」というキャッチフレーズも、この応募の中に含まれていました。のちに「名前が良かったからヒットした」と言われるほど、「いいちこ」という名称は、その味・品質とともに高く評価され、おかげさまで広く世の中に知られる存在となりました。

●「iichiko彩天」と「いい茶こ」〜焼酎の可能性を切り開く2つの挑戦

私が社長に就任したのは2023(令和5)年ですが、それ以前から代表取締役の1人として経営に携わってきました。社長になったから何かを変える、という意識はなく、これまで続けてきた「挑戦の経営」を、さらに磨き上げながら継続していく考えです。

現在、特に力を入れているテーマは大きく2つあります。1つは和酒と洋酒の垣根を越えて世界の蒸留酒の中で「焼酎」というポジションをつくることです。焼酎は一般的に「和酒」と呼ばれますが、本質的には蒸留酒です。世界にはウイスキー、ブランデー、ラム、ウォッカ、ジン、テキーラなど多様な蒸留酒があり、世界中で親しまれています。同じ蒸留酒である焼酎も、その一員として認められてよいはずだと考えています。

そこで着目したのがバー市場です。ただ、ここに辿り着くまでには少々時間を要しました。2013(平成25)年に米国に営業担当者を駐在させた後、日本と海外では蒸留酒に対する意識や捉え方が大きく異なるという気づきが共有されました。このことが、バー市場への本格的な挑戦を後押ししてくれました。また、海外のバーテンダーと話す中で、バーで飲まれるカクテルのベーススピリッツには、しっかりとした個性が不可欠だということを学びました。これらのことから、バーこそが本格焼酎が目指す場所ではないかと考えるようになったのです。

そして、これを実現していくためのアイテムが、冒頭でも触れた「iichiko彩天」です。カクテルベースの蒸留酒として味わっていただくことを前提に開発した、アルコール度数43度の本格麦焼酎です。2019(令和元)年の米国先行発売を皮切りに、シンガポール、オーストラリアへと展開を広げ、2025(令和7)年には日本国内でも販売を開始しました。国内外の一流バーテンダーの間で評価は着実に広がっており、和酒と洋酒の垣根を越える挑戦に、確かな手応えを感じています。

2025年11月5日には、御鎮座1300年を迎えた地元の宇佐神宮(大分県宇佐市)にて、「iichiko彩天」の祈願とカクテルの御奉納、そしてお披露目会で構成された「iichiko彩天 祈願奉納祭」を執り行いました。

これは、日本の國酒である焼酎が、世界の文化と融合し新たな価値を生み出すことを象徴するものです。カクテル奉納は宇佐神宮の歴史の中で初めてのことです。かつて「いいちこ」がこの地から全国へ広まったように、世界市場を見据えて開発された「iichiko彩天」もまた、この場所から世界へと挑戦していきます。
https://www.youtube.com/watch?v=lIs4beJJetw

そしてもう1つの力を入れるテーマが、従来の主戦場であった国内市場で展開している「いい茶こ」というプロモーションです。つまりお茶割りです。

「割り物」は、本格焼酎メーカーの間ではどちらかと言えばタブー視されてきました。ところが、私自身が営業責任者として全国の居酒屋などを回る中で、美味しいお茶割りとそうでないお茶割りがあることに気づきました。美味しいお茶には、ほのかな甘みと華やかな香りがある。そこに「いいちこ」の風味が重なり合うことで、ワンランク上の飲み物になるのです。

そんな新しい飲酒体験をお客様に提供できれば、焼酎の可能性はまだまだ広がっていくでしょう。実際、「いい茶こ」に取り組んで3年目になりますが、これまで私たちの商品と想いが十分届いていなかった若い世代にリーチできているというデータも出ており、確かな手応えを感じています。

●従業員の「やりたい気持ち」を企業の持続的成長につなげたい

さらに今、私自身の願いとしては、従業員の「やりたい気持ち」を後押ししていきたい。当社は、誠実に酒をつくり、ブランドを育てることを心から楽しめる人たちの集団です。その姿勢を貫いていけば、自然とブランドは増えていくはずです。

例えば、当社が安心院町(あじむまち)で手がける「安心院ワイン」は、畑の面積の関係で生産量にもおのずと上限があります。従業員たちがワイン事業のさらなる展開を目指すなら、新たなコンセプトによるワインが生まれていくと思うのです。これは当社の焼酎事業や日本酒事業でも同じです。

そして、従業員との密なコミュニケーションに注力しています。バーやカクテルの世界にいいちこをグローバルに展開することは、いきなりやれと言ったわけではありません。従業員にちゃんとわかってもらえるように、日頃の発信は続けていました。

例えば、当社では毎月、月末最終営業日の夕方に、全社会を開いています。大ホールに従業員が集まり、来られない人はオンラインで参加しています。その月にあったこと、資格を取得した人や社内で表彰対象となった人への報奨金や賞状の授与など、社内のハッピーニュースを発表し、私も社長就任前は最後に5分程度、就任後は冒頭に10分程度、お話しします。ニューオーリンズで開催した世界最大のバーイベントで、いいちこのポップアップバーを実施したときは、写真を見せながら報告し、従業員も盛り上がっていました。情報共有と交流の中で従業員の意識も育まれますし、企業文化もできています。

こうした積み重ねを30年、50年と続けていけば、将来的には酒類のグローバルブランドへと成長できる可能性が十分あります。そのためにも従業員一人ひとりの主体性を後押しし、それを企業の成長につなげていくことが、経営者の役割だと思っています。

これからの時代は、おそらく知恵と行動力を総動員しなければ企業は生き残れないでしょう。その中で日々奮闘されている経営者の方々には、同じ仲間として強い敬意を抱いています。かつて私たちの親世代の経営者は、同業者を「ライバル」としてしか捉えていない時代もありました。しかし今は協力し合い、新しい価値を共創していく時代です。われわれの業界でも、蔵同士が知見を共有しながら新しい酒づくりを進める動きも広がっています。日本で事業を営む仲間として、互いに力を合わせ、適切な団体戦を挑んでこの時代を乗り越えていきましょう。

お話を聞いた方

西 和紀 氏(にし かずのり)

三和酒類株式会社 代表取締役社長

1971(昭和46)年生まれ、東京都練馬区出身。和光大学人文学部を卒業後、2001(平成13)年に三和酒類入社。2009(平成21)年に代表取締役営業部長となり、常務、専務を経て、2017(平成29)年から副社長。2023(令和5)年10月に社長に就任。「いいちこ」を全国ブランドに育てた故・西太一郎元社長の娘婿にあたる。

[編集]一般社団法人100年企業戦略研究所
[企画・制作協力]東洋経済新報社ブランドスタジオ

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