ミッションを共有し、 信頼関係のもとに行動して100年へ
目次
本記事では、2020年10月29日開催のシンポジウム「THE EXPO 百年の計」 に登壇いただいた、経営者・経営学者の方のお話しをさらに深堀りします。
経営者として100年後も会社を残す責任を痛感
「100年企業」と聞いて思い出すのは、スターバックスコーヒージャパンのCEOに就任した際に行なったスピーチです。私はパートナーたち(スターバックスでは、役員からアルバイトまでをすべて「パートナー」と呼び合います)に向かって、「スターバックスを100年後も光り輝くブランドにしたい」と語りかけました。
なぜ、私がそう思ったのか。CEOになるにあたり、2週間にわたってアルバイトの皆さんと一緒に座学や店舗での研修を受けました。そこで度々目にしたのが、スターバックスの以下の「ミッション」でした。
〈 人々の心を豊かで活力あるものにするために――
ひとりのお客様、一杯のコーヒー、そしてひとつのコミュニティから〉
ミッションという言葉は日本ではあまり馴染みがありませんが、企業にとっての「存在理由」です。松下幸之助さんが「経営理念」、稲盛和夫さんであれば「フィロソフィー」とおっしゃっているものです。
一般的にビジネススクールや経営学の授業では、企業の目的は「株主利益の最大化」と教えられます。しかし私は間違っていると思います。企業の目的は事業を通じて、社会を良くすることです。もちろん株主の利益はその中に含まれていますが、企業の唯一の目的ではないのです。
私は、「スターバックスのミッションは、なんて素晴らしいのだ」と感動しました。そして、お店のパートナー達と接していて、「この会社は100年後も絶対に生き残る価値がある」と強く思いました。同時に経営者として、100年後も会社を残す責任も感じました。当時はリーマンショックのあとで業績は非常に厳しかったのですが、「絶対にブランドを守らないといけない」と思いました。ブランドを毀損することなく、次の世代にきちんとバトンを渡すことを強く意識しました。
ミッションの実践に欠かせない信頼関係
私は、若い経営者の方から、「どんなミッションがいいでしょうか」と相談されることがあるのですが、「あなた自身がまず死ぬほど考え抜いてください」と答えています。どんな創業者にも、創業の思いがあるはずだからです。経営者自身が考えに考え抜いて、自分たちの会社の存在理由はこれだというもの、社員に対しても社会に対しても胸を張って言えるようなものを考えてほしいのです。
「本質において一致、行動において自由、すべてにおいて信頼」
これは、経営学者P・F・ドラッカーが自著で紹介した旧カトリック教会のスローガンです。私はこの言葉が大好きで、パートナー達への最初のマネジメントレターに引用しました。企業は、規模が大きくなればなるほど、あるいは環境の変化が激しくなればなるほど、すべての事態を想定したマニュアルを作ることは難しくなります。そこで必要になるのがミッションです。「本質」すなわちミッションを全員で共有し、それに従っておのおの自分で考えて「自由に行動」する。ただし、経営者と社員のあいだに「信頼関係」があることが大前提です。コロナ禍にあって、企業の遠心力が働いている今こそ、この言葉は深い意味を持っていると思います。
私がスターバックスCEO時代にあった出来事をご紹介しましょう。ある店舗のパートナーは、常連の高校生のお客様が難病の手術を受けるために渡米する際、そのお父様からの依頼で早朝営業時間外に商品を作り、指定された場所に届けました。実はこのこと自体は会社のルール違反です。パートナー自身にもその認識はあったでしょう。でも一方で、「人々の心を豊かで活力あるものにする」というスターバックスのミッションには合致していたことから、会社を信頼し、迷うことなく実行に移してくれました。私も社内でそのパートナーを称賛しました。こうした行動は相互の信頼関係があって成り立ちます。組織と個人がお互いに信頼し合い、ミッションを共有し、その時々に自由に行動できる。これが理想の組織運営だと思います。決して細かなルールやマニュアルではないのです。
経営者は、ミッションを浸透させるには、このようなエピソードを繰り返し語るのが効果的です。松下幸之助さんが松下電器の使命を説いた「水道哲学」は、とても理解しやすいエピソードで、私もしばしば話の中で使わせていただいています。私は、自分が関わっているベンチャー企業の経営者のみなさんには、ふだんからミッションを共有化する助けになるようなエピソードを意識して探し、それを社内で紹介、奨励するようにアドバイスしています。
ミッション、ビジョン、バリューの意味をしっかり定義する
ミッションを実践するために必要な経営者と社員の信頼関係は、一朝一夕に築くことはできません。長い期間をかけてお互いに醸成するものだと思います。非常に難しいことですが、一つには経営者が小さなことでも約束を守ることが大切です。やはり約束を守ることが、信頼関係を築く上での大原則です。もし社員に対する約束を破ったら、その理由をきちんと説明し、謝らなくていけません。
また、私は経営者の資質で一番大切なことは何かと問われたら、「私心がないこと」と答えます。やはり私心のある人に、人はついてきません。あくまでもお客様や社員を第一に考えられる人に、人はついていきます。
またミッションというのはいきなり最終形ができなくても良いと考えています。ミッションは、必要であればあとからどんどん進化させていい。言葉をつけ加えてもいい。最初から完璧なものができるとは限らないし、環境が大きく変化すれば、ミッションが時代に合わなくなる場合もあります。あの松下さんでさえ、「水道哲学」に行き着くまでに10年以上かかっているのです。ただし気をつけたいのは、ミッション、ビジョン、、バリュー(=行動指針)とは非常に抽象的な言葉です。それぞれの呼び方は、「社是」や「経営理念」や「クレド」など会社ごとに違っても良いと思います。大切なことは、それぞれの言葉の定義をきちんと社内で明確にすることです。
この3つの関係を説明するために私が好んで使うのが、登山家のたとえです。登山家にとってのミッションは「山に登ること」であり、登山家である限り変わらないものです。一方ビジョンは、5年後、10年後に自分がどうなりたいかという目標で、例えば、「5年後に富士山に登りたい」とか「10年後にエベレストに登りたい」といったものです。そしてバリューは、山の登り方に関することで、例えば「みんなで手をつないで登る」のであればチームワーク重視の登山であり、「行ける人から登る」というのであれば実力主義を重視するということです。
重視すべきは、家ではなく、会社・ブランドを守ること
100年企業や長寿企業になるためには、いかに経営人材を育て、究極は誰を次の社長にするかが一番重要なことです。日本の古い商家には、出来の悪い男の子が生まれたら幇間(ほうかん=太鼓持ち)をつけて散々遊ばせ使い物にならないようにして、女の子に一番優秀な番頭をめあわせて跡継ぎにするところが多くあったと聞きます。主人は、その番頭さんが子どもの頃から働いてきた姿をずっと見ているわけです。つまり、何十年もかけて育て、評価した優秀な人物を次の経営者にしている。これは非常に合理的な仕組みだと思います。日本の老舗はこうした知恵を使って、何十年、何百年と存続してきたのです。
一般的に創業者はとても優秀でカリスマ性がある。2代目もまだ親の苦労を知っているからいいけれど、3代目ぐらいになると経営者としての能力が怪しくなるというケースは多々あります。昔から現在に至るまであちこちの企業でお家騒動が起きているのも、やはり後継者がきちんと育っていないことが一番の原因でしょう。早い段階から子供達に現場と帝王学を学ばせ、もしその任に耐えられないと判断すれば、先の番頭さんの例のように、社内を見回して、これはという人物がいれば血筋にこだわらずに後継者にすべきです。つまり、一族を守るより、会社やブランドを守ることを考えないといけないのではないかと思います。
任せることが最良の人材育成法
後継者問題は、強いカリスマリーダーが率いる会社が抱える問題でもあります。経営者にとって一番大切な仕事は、物事を決めることです。決断するには、リスクを負って腹をくくる必要がありますが、カリスマリーダーがいると、叱責されるのを恐れてすべての判断を上に仰いでしまいます。リスクをとって意思決定する修羅場経験が少なければ、人材が育たないのも当然でしょう。
裏を返せば、「任せる」ことが一番人を育てるのだと思います。そして、経営人材、なかでも経営者を育てるには、分社化するなりして、たとえ小さくても子会社の社長をやらせることです。日本の企業では、本社でこれ以上昇進が望めなくなった人物が子会社の社長になるケースが多く、その社長が年長者だと本社のスタッフはなかなか言いたいことが言えません。これは組織として大きな問題がありますし、なにより子会社の社員が気の毒です。そうではなくて、40代の将来を嘱望されるような人材を子会社の社長にして、経営者としての経験を早めに積ませることです。社長になればすべて自分で決めないといけません。勉強もしますし、挫折もするでしょう。そうした修羅場をくぐって、そこから這い上がり、実績をあげた経営幹部を、本社の社長にすべきだと私は思います。
リーダーシップに関して私が賛同する考え方に、「条件適合理論」というものがあります。これは、危機的状況にある時はトップダウンで迅速にチームを引っ張り、平時にはメンバーへの権限委譲や支援を通じて、人を育てながらチームを導くというものです。私は、状況に応じてこうしたリーダーシップの型を使い分けることが、これからの時代の経営者にも求められると思っています。
お話を聞いた方
岩田 松雄氏
株式会社リーダーシップコンサルティング 代表取締役社長
1958年生まれ。82年大阪大学を卒業後、日産自動車に入社。米UCLA留学、外資系コンサルティング会社を経て96年日本コカ・コーラに入社、99年コカ・コーラビバレッジサービス常務執行役員。2000年アトラスに入社、社長に就任すると3期連続赤字から再生。05年イオンフォレスト社長に就任し4年間で売上を倍増。09年スターバックスコーヒージャパンCEO。11年に退社しリーダーシップコンサルティングを設立。
主著に『「徳」がなければリーダーにはなれない』(PHPビジネス新書)。