ファミリー企業は「強い100年企業」になり得るか

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本記事では、2020年9月15日開催のシンポジウム「THE EXPO 百年の計」に登壇いただいた、経営者・経営学者の方のお話しをさらに深堀りします。
今回は、神戸大学社会システムイノベーションセンター 特命教授(神戸大学名誉教授) 加護野 忠男氏にうかがいます。

ファミリー企業は長寿だが弱い?

「ファミリー企業より、専門経営者の企業のほうが強い」。経済学の世界では、長い間そう考えられてきました。しかし最近になって、それは正しくないことが分かってきました。ファミリー企業であっても、強くて優良な経営をしている会社が世界中にたくさんあるからです。

一族が代々経営するファミリー企業は、必ずしも優秀な後継ぎがトップに座るとは限りません。 経営の足腰が弱く、非上場の会社が多いのはそのためだとされてきました。ところが、非上場のファミリー企業であっても、上場企業に負けない業績を上げているところがあります。

また上場企業にも、創業ファミリーが統治する会社が少なくありません。しかもそれらの企業はいずれも強靱。アメリカのフォード、日本のトヨタ、ドイツのフォルクスワーゲンなどが良い例です。コロナ禍のような未曾有の不況下であっても、公的支援を受けずに生き残れるほどの底力を持っています。

とりわけ日本には、そうした長寿のファミリー企業が数多く存在します。なぜファミリー企業は長寿なのか。それは、短期の利益や財産の増大ではなく、「長くあり続けること」を目指しているからです。

日本的経営が長寿を支える

欧米企業を見ると、単一の企業でビジネスを拡大する「一社完結型」が主流です。しかし日本では、複数の企業と取引関係を結び、分業によってビジネスを発展させる「垂直分業型」がほとんどです。

例えば、神戸の地場産業であるケミカルシューズ。長田と呼ばれる地域一帯に多くの会社が集まり、それぞれが分業することで一つのシューズを作り上げてきた歴史があります。日本の自動車メーカーが部品生産を自社ではなく、協力会社にアウトソーシングしているのも垂直分業型の典型的な例です。こうしたビジネスを担ってきたのが、ほかでもないファミリー企業なのです。

また、地域と密接に関わり、独特なビジネススタイルと地域文化を築いてきたのもファミリー企業の特徴。例えば神戸の洋菓子店では、いずれは独立を望む職人を積極的に採用します。そうした人材のほうがやる気が高いからです。やがてその職人が独立する時は、自店と食い合う競合にならないよう、店主が了解した場所で営業すること、その店と同じ商品を売らないこと、が不文律としてあります。法律書に記載されたルールではなく、こうした「書かれざる規則」を地域の規範としてきたのです。

これが地域文化を作り、長きにわたって支え合い発展するという地場産業のあり方を支えてきました。しかも、単発の取引で損得を考えるのではなく、長期の継続取引によって「お互いに利益を出しながら末永く共存する」という関係性を意図的に作っているところが、欧米との大きな違いです。

「家」と「会社」の問題をどう解決するか

ファミリー企業の課題の一つとしてよく挙げられるのが、一族の意向と会社経営のバランスです。一族の要求が会社の必要と一致している場合はよいのですが、いつもそのような状態が維持できるわけではありません。時代によって外部の環境も変わっていきます。一族が守り継いできた家訓やしきたりを、時代に合わせて再解釈したり再構築したりする必要があります。

かといって、一族を経営から完全に分離するのが得策かというと、そうとも限りません。何百年も続いてきた企業がつぶれたケースを分析すると、投資家の意向を反映せざるを得ない中で、経営の舵取りをあやまった例が見受けられます。投資家は企業の経営に対して、有限責任しか持っていません。投資している会社が債務超過に陥ろうとも、その負債には責任を持たないのです。

逆境の時に企業を救うのは、潤沢な留保利益です。投資家の思惑に左右されず、会社の存続を支えるには、長年の家訓や家憲の奥に込められた「経営の原則」に従ったほうが良いかもしれないのです。私は、ファミリーオフィス、持株会社といった工夫によって、一族の要求と会社の必要をすり合わせることが重要だと考えています。

「強い経営」の成否を分けるカギ

いま、ファミリー企業は経営学者の間で注目を集めつつあります。強い企業経営を行うヒントが、ファミリー企業の中にあるからです。その一つが後継者の育成。ファミリー企業の場合、早い段階から後継ぎが決まっている場合が多く、じっくりと経営者教育を行うことができます。

特に日本では、幼いころから家業に触れつつ、一流の学校教育を受けたあとに外部の企業を経験し、その後に後継者候補としてファミリー企業に入社するというキャリアパスが伝統としてあります。生え抜き社員ではこうはいきません。

長くあり続けることを目指し、多くの取引先と共存共栄することを利益と考えてきたのがファミリー企業の長寿の理由。これからの時代は、さらに長期的な視野を持ち、顧客にも社会にも、そして自社の従業員にもメリットをもたらす「三方良し」の経営がますます求められるでしょう。三方良し経営は、概して利益率が高くなく、キャッシュリザーブが増大しがちですが、だからといって、自己資本利益率を無理に高めるような経営をすれば、時代のリスクに対応する力が弱くなります。長い目でみたダム式経営が、長寿企業の重要な条件になると思っています。

本業の顧客を大切にし続けながら、新規事業に果敢にチャレンジすることも重要です。大阪の伊丹市にある小西酒造は、470年の歴史を持つ日本酒の酒蔵ですが、ベルギービールの輸入やビールのミニブリューワリーといった新規事業にチャレンジし、成功させています。だからといって、古くからの日本酒顧客を捨ててはいません。むしろ関係性を大事に育てています。新規事業は失敗することもあります。だからこそ本業を維持し続け、失敗によって企業崩壊をもたらさない経営が必要なのです。

松下幸之助さんは「小事は大事」と言いました。問題がまだ小さなうちに見つけ、早めに手を打つことが大切だということです。そのためには、現場を経験し、現場を理解していることが不可欠。経営を揺るがす問題は見えにくく、隠されていることが多いものです。過去から続いてきたやり方や社内のルールを守り続けるだけでなく、柔軟な対応でミスや問題を報告しやすい風土を作ることも大切です。

お話を聞いた方

加護野 忠男氏

神戸大学社会システムイノベーションセンター 特命教授(神戸大学名誉教授)

1947年生まれ。神戸大学大学院経営学研究科修士課程を修了後、同研究科博士課程に学ぶ。同大学経営学部助手、講師、助教授を経て、88年に神戸大学経営学部教授、99年より同大学院経営学研究科教授。2011年に退官し名誉教授となる。その後、甲南大学特別客員教授を経て、2019年より現職。日本の経営学界を牽引してきた一人であり、専門は経営戦略論、組織論である。 主著に『新装版 組織認識論』(千倉書房)、『松下幸之助に学ぶ経営学』(日本経済新聞出版社)、『松下幸之助(PHP経営叢書・日本の企業家2)』(PHP研究所)。

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