事業承継の準備は早ければ早いほどよい理由
目次
中小企業の事業承継にあたって、身内や社内に後継者候補者がいればひと安心ですが、実際に経営を引き継ぐためには様々な準備が必要です。しかも、それらには多くの時間がかかり、一歩一歩着実に取り組まなければなりません。
一般に、事業承継の準備は早ければ早いほどよいといわれますが、そこにはどのような理由があるのでしょうか。今回は、事業承継に向けた準備について見ていきます。
1.実際にはどうしてもタイミングが遅れがち
事業承継の最適なタイミングは、それぞれの企業で異なるのは当然です。しかし、事業承継は今日明日ですぐにできるようなものではありません。
よくいわれるのは、経営者が事業承継へ向けて準備を開始してから、実際に後継者へ引き継ぐまでには5年から10年はかかるということです。経営者の平均引退年齢は70歳前後とされるので、後継者の育成期間を踏まえると、60歳ごろには事業承継の準備をスタートしたいところです。
しかし、60歳頃まで事業承継について考えなくてもいいのでしょうか。そんなことは決してありません。
少し前になりますが、事業を承継した時の経営者(承継する側)の年齢別に、事業承継のタイミングに関する調査をしたアンケート結果があります。それによると、「ちょうどよい時期だった」と回答する割合が最も高い年齢層は40~49歳であり、平均年齢は43.7歳でした。
一方、承継時における経営者の平均年齢は50.9歳で、「もっと早い時期のほうがよかった」と回答する経営者の承継時の平均年齢も50.4歳であり、7歳ほどのギャップが生まれています。
図表1 事業承継時の現経営者年齢別の事業承継のタイミング
なぜ、これだけ遅れるのかといえば、日々の経営で精一杯、どこから手をつければいいのか分からない、相談相手もいないということから、「もう少しあとでもいいか」と先送りしてしまうからでしょう。
会社を引き渡す側の経営者の年齢別に事業承継の準備状況を見ると、50歳代でもわずか3分の1にとどまります。60代を超えても「これから準備をする」「現時点では準備をしていない」という割合が5割ほどを占めています。
事業承継が難しいというのも実は、準備を先送りした結果というケースがかなり含まれているように思われます。
図表2 事業承継の準備状況(年齢別)
2.準備が先か、後継者の決定が先か?
ここで、ひとつ疑問があります。事業承継の準備期間に関してはいろいろな調査が行われていますが、なかには実際に引き継ぐまでの期間が1年未満というケースが多数を占めるというデータも。
例えば、図表3は、事業承継の形態(パターン)別に、後継者が決定したあと、実際に引き継ぐまでの期間を調べたものです。
結果は、全体の55.1%が1年未満。【親族内承継】パターンでも48.2%が1年未満となっており、5年以上は12.8%にとどまります。
図表3 事業承継の形態別、後継者決定後、実際に引き継ぐまでの期間
事業承継の準備には5年から10年かかるはずですが、なぜこのような事態になっているのでしょうか。おそらくこれには、質問の仕方が関係していると思われます。上記図表は、「後継者が決定したあと、実際に引き継ぐまでの期間」を調べたものです。
しかし、「彼(彼女)を後継者に」と正式に決定する前に、後継者候補としての様々な準備段階があるはずです。その点が回答者の間でも、どう理解するか多少、混乱している可能性があります。
現在の経営者(引き渡す側)が引退を決意するのはおそらく、後継者候補がしっかり育ち、「あとを任せても心配ない」と思えた段階であることが多いはずです。最初から「10年後に自分は引退する」と決めて準備するケースもないことはないでしょう。
多くの場合、意中の後継者候補がいて、少しずつ準備を進めつつ、「もう大丈夫」と得心がいった時点で引退を決意し(すなわち後継者を正式に決定し)、自社株の移転や代表権の交替などの手続きに入るはずです。
そういう意味で、やはり事業承継には5年から10年かかるというのは、的を射ているのではないでしょうか。
3.後継者(候補)の教育には時間がかかる
事業承継には5年から10年かかるという説を裏付けるもうひとつのデータがあります。それは、「後継者の育成に必要な期間」についての調査です。
それによると、約5年という回答が24.8%、5年~10年が29.4%で、両方を合わせると50%を超えます。事業承継の準備で最も時間がかかるのが後継者(候補)の育成や教育なのです。
図表4 後継者の育成に必要な期間
では、後継者の育成や教育では具体的に何をするのでしょうか。
元経営者を対象に、現在の経営者の働きぶりに対する満足度を調査したデータがあります。後継者に行った教育別に、その満足度がまとめられています。
結果を見ると、「自社事業に関わる勉強を行う学校に通わせた」(58.8%)、「同業他社で勤務を経験させた」(56.2%)、「資格の取得を奨励した」(54.0%)などが上位に入っています。いずれも数年はかかりそうなものばかりです。
図表5 実施し最も有効だった後継者教育の内容別、現在の後継者の働きぶりに対する満足度
実は、後継者が事業を引き継ぐにあたっても、「自分の経営者としての資質不足」「実務経験の不足」を懸念する声は多く、自社事業に関わる勉強を行う学校、同業他社での勤務、資格の取得は後継者側の不安解消にも合致しています。
後継者の育成(教育)に時間をかけることは、代表権や自社株の承継を段階的に実施していくことにも通じます。
事業承継で社長が交代するといっても、いきなり前の社長(引き渡す側)が経営から身を引くのではなく、まずは代表取締役会長に就任し、共同代表制を取ることで社内外の関係者に安心してもらうという選択もあるでしょう。
ただ、ここは難しいところで、いつまでも前の社長が経営に口を挟むリスクも出てきます。共同代表制とする場合、代表取締役会長の任期を明確にするとともに、社長と会長の役割分担を厳格にする必要があるでしょう。
4.社内体制の整備、自社株対策など様々な課題が
事業承継にあたって必要な準備は、後継者の育成や教育だけではありません。そのほかにも社内体制の整備、株式対策、財務の見直しなど様々な課題があります。
例えば、新しい社長に交代しても日々の業務が安定的に回るようにするには、給与制度、人事評価制度、福利厚生、情報管理など社内体制の整備が不可欠です。創業社長であれば強烈なリーダーシップで社員を引っ張ることができたかもしれませんが、後継者の代になると仕組みで経営しなければうまくいかないものです。
すでにそうした仕組みが社内で整備されていればよいのですが、「働き方改革」をはじめとした時代の変化もあり、中小企業の多くは十分な対応ができていません。
また、後継者に会社の債務を残したまま引き継がせたくない場合、財務の立て直しが不可欠です。特に、親族ではなく社内の役員・従業員に引き継ぐ場合は、経営者個人の連帯保証が問題になりやすいということもあります。財務の立て直しは、1~2年でどうこうできるものではありません。
さらに、自社株対策もあります。自社株対策としてよくいわれるのは、評価額を下げて後継者(特に【親族内承継】パターン)への生前贈与における贈与税の負担を減らすことです。確かに、自社株の贈与、相続に関しては多額の税負担が発生することがあり、各種の優遇制度の活用を踏まえ、十分な検討が必要です。
さらに、中小企業の自社株対策は、名義株や少数株の整理、相続による経営権の分散や遺留分トラブルの防止など幅広いものです。日々の業務に忙しい現経営者(引き渡す側)や後継者(候補)にとって、自分たちでなんとか処理できる範疇をはるかに超えており、専門家のサポートも不可欠でしょう。
このほか、企業によっては事業用などの不動産の扱いを検討すべきケースもあるでしょう。いずれにしろ、事業承継の準備において対応しなければならない課題は幅広く、またそのなかには非常に専門的で、慎重に扱うべきものも少なくありません。少しでも、できるところから着手していくべきです。
5.早めに準備したほうが引退後の満足感も高い
事業承継の準備を早めにしたほうがよい理由のなかには、引退する経営者(引き渡す側)にとってのメリットもあります。
一般に事業承継を完了して引退した経営者は、忙しさやプレッシャーから離れることで肩の荷が下り、ほっとするといわれています。時間的な余裕や精神的な余裕が生まれるのでしょう。
しかも、引退までの準備期間別の満足度を見ると、準備期間が長いほど現在の生活について「満足」と感じている割合が高い傾向にあるのです。早め早めに引退準備することが様々な課題の解決につながり、安心して引退後の生活を楽しむことにつながっているのだと考えられます。引退後の生活を見据え、早めの引退準備が重要です。
6.若い後継者のほうが業績向上につながる
冒頭で、事業承継の最適なタイミングはそれぞれの企業によって異なると述べました。確かに、置かれた状況や課題は千差万別であり、「これが正解」とは一概にいえません。
しかし、事業承継の大きな目的は、経営をスムーズに引き継ぐとともに、自社をさらに成長発展させていくことにあるはずです。
その点から重要なのが、事業を引き継いだ時点での後継者の年齢です。後継者の年齢が40歳未満であった場合、後継者の年齢が50代以上であった場合に比べて、売上にしろ、総資産の拡大にしろ、高い伸びが見られるのです。
事業を引き継いだ時点での後継者の年齢は概ね50歳、「ちょうどよい時期だった」という回答の平均が約43歳という調査も紹介しましたが、それよりさらに若いほうが、企業が成長発展する可能性は高いのです。
もちろん、ただ若ければいいというわけではなく、本人の資質、事業承継へ向けた知識や経験の蓄積、マインドセットの確立などがあってのことでしょう。しかし、一般的に考えても若い後継者のほうが気力、体力とも充実しており、特に昨今のように経営環境の変化が激しいなかでは、柔軟性に富んだ感性を持った若い世代のほうが有利なように感じます。
事業承継の準備は早ければ早いほうがよいというのは、若い世代に早めにバトンタッチする目的もあるのです。
7.まとめ
事業承継の準備において特に重要なのは、後継者の育成(教育)です。また、社内体制の整備、自社株対策なども時間をかけて丁寧に行う必要があります。
まずは情報収集からでもよいので、現経営者は早め早めに準備をスタートするよう意識していきましょう。
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著者
株式会社ボルテックス 100年企業戦略研究所
1社でも多くの100年企業を創出するために。
ボルテックスのシンクタンク『100年企業戦略研究所』は、長寿企業の事業継続性に関する調査・分析をはじめ、「東京」の強みやその将来性について独自の研究を続けています。