『我々はコロナ後の世界をどう生きていくのか?』②~堀内勉100年企業戦略研究所所長 就任記念コラム

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リーマンショックから10年余りが過ぎ、世界経済の順調な成長が続いていた中で、我々は突如、新型コロナウイルスの激震に見舞われました。この深刻な危機に際して、世界の著名な哲学者、思想家、経済学者などから多くの意見が表明されています。新型コロナウイルスが問いかけるものとは何なのか、そして我々はコロナ後の世界をどう生きていけば良いのか。

堀内勉氏が世界中の情報を読み解き、コロナ禍が我々に与えた気づきとコロナ後の社会の在り方について考察します。
今回は連載第2回をお届けします。

コロナウイルスが我々に問いかけるもの

それでは、Before Corona(コロナ前)とAfter Corona(コロナ後)/ With Corona(コロナとの共生)では、我々の社会の何が違う、或いは何が違うべきなのでしょうか。

人類は、これまでペスト(黒死病)、コレラ、リスボン大地震、スペイン風邪、大恐慌、二度の世界大戦、リーマンショック、そして新型インフルエンザといった数多くの災厄に直面し、それを乗り越えてきました。今からおよそ100年前の1918年、第一次世界大戦の最中に始まったスペイン風邪の世界的流行は、各国で大量の被害を出し、それが戦争の早期終結につながりました。その後、世界のヘゲモニー(覇権)が英国から米国にシフトし、同時に東にもうひとつの覇権国であるソビエト連邦が誕生することになります。そうした勢力図の中で台頭してくるのが、ナチスドイツの全体主義です。

1919年4月3日、連合国が第一次世界大戦における講和条件について協議したパリ講和会議の最中、フランスのジョルジュ・クレマンソー首相、イギリスのロイド・ジョージ首相と交渉中だった穏健派のアメリカのウッドロウ・ウィルソン大統領がスペイン風邪に罹患します。ウィルソン大統領は、二度と戦争が起こらないよう、国際連盟の創設を提唱していた理想主義者で、アメリカだけではなくヨーロッパでも熱狂的に支持されていました。

ウィルソン大統領は、今後の世界秩序の安定を考え、ドイツに過度な賠償金を求めないよう主張していましたが、その後、重篤な状態に陥り、会議を欠席し、結局、フランスの強硬意見に押し切られ、ドイツに巨額の賠償金支払義務が課せられることになりました。

その後の1929年にアメリカで始まった世界大恐慌は、バブルの崩壊と自由放任型資本主義の終焉を招き、巨額な賠償金に苦しむドイツ国民の支持を受けたナチスドイツによる全体主義の台頭が、1939年から始まる第二次世界大戦へとつながり、更に戦後は米ソを中心とした東西冷戦の時代に突入することになります。

今回のコロナ危機は、リスボン大震災がヨーロッパ全体の宗教観に大きな影響を与えたように、またスペイン風邪が世界情勢を大きく変化させ、その後の第二次世界大戦につながったように、人類のパラダイムに何らかの変化を与えるのでしょうか。それとも、一旦危機が収まってしまえば、もはやそれはなかったことにして、我々は再び元の「ノーマル」に戻っていくのでしょうか。

今回のコロナ危機が我々に与えた重要な気づきは、二つあると思います。ひとつは、世界中の人々が、改めて「社会」や「共同体(コミュニティ)」とは何かを考えるきっかけになったこと、もうひとつが、我々は否が応でも金融資本主義のただ中に置かれていることに気づかされ、今更ながらに「お金」の大事さを心底思い知らされたということです。

そこで、今回は、これら二つの点に絞って考えてみたいと思います。
まず、「社会」や「共同体(コミュニティ)」についてですが、今回、世界中の政治家が自国民に向けて様々な声明を発表しました。その中でも特に印象的だったのが、自らもコロナウイルスに感染して自己隔離中だったイギリスのジョンソン首相が3月29日に発信したビデオメッセージです。彼は、ツイッターを使ったビデオ映像の中で、「コロナウイルスによる危機が証明したのは、『社会というものはあるのだ』(there really is such a thing as society)」と語りました。

なぜわざわざ「社会はある」などと当たり前のことを言ったかといえば、これは、サッチャリズムと呼ばれた1980年代の新自由主義改革の中で、同じ保守党のマーガレット・サッチャー首相が「社会などというものはない。あるのは個人と家族だけだ」(There is no such thing as society: there are individual men and women, and there are families.)と言ったことへのアンチテーゼだからです。

サッチャーが首相だった当時、彼女は19世紀の古典的自由主義の時代を理想として、勤勉、禁欲、節制といった「ヴィクトリア的価値観」(Victorianism)への回帰を訴えていました。イギリスの作家サミュエル・スマイルズの『自助論』さながらに、立身出世を目指すピューリタニズム*的な生活態度を貫き、苦学しながら奨学金を得てオクスフォード大学に進学しました。しかし、サッチャーがこうした市場経済原理主義的な改革を進めた結果、イギリス社会は疲弊し、社会の危機対応力が低下してしまったことが、今回のコロナ危機で明らかになりました。

*16世紀後半、イギリス国教会内部から生じたプロテスタントの一派であるピューリタン(清教徒)の思想。聖書主義(福音主義)の立場をとり、世俗の職業を重視して、合理主義の立場から禁欲や勤勉を説いた。

今回のイギリス政府による経済対策は、解雇を防ぐために政府が従業員の給与の八割を保証し、フリーランス・自営業者にも通常の収入の八割を支給するというものです。また、コロナウイルスによる経済的打撃を受けている企業に助成金や無利子ローンなどの経済的支援を提供しています。更に、これまでの緊縮財政で長年の財政難に陥っている国民保健サービスNHS(National Health Service)を強化し、コロナと戦うために様々な施策を発表しています。NHS人員を増強するために、リタイアした医療スタッフに職場に戻るように呼び掛けたり、NHSを背後でサポートするボランティアを募集したり、コロナ患者用緊急病院のスタッフとして、航空会社のクルーを雇用しています。

このように、ジョンソン首相の言葉通り、やはり「社会はある」ということが分かってきた、或いはその重要性に人々が気づき始めたということなのではないでしょうか。

同様に、ドイツのメルケル首相も、テレビ演説で、「事態は深刻です。皆さんも深刻に捉えていただきたい。ドイツ統一、いや、第二次世界大戦以来、我が国における社会全体の結束した行動が、ここまで試された試練はありませんでした」と国民に呼びかけました。

以降は連載第3回に続きます。

[参考文献]
アルフレッド・W・クロスビー「史上最悪のインフルエンザ:忘れられたパンデミック」,西村秀一(訳),みすず書房,2009年
「新型コロナウイルス感染症対策に関するメルケル首相のテレビ演説」,
ドイツ連邦共和国大使館・総領事館HP https://japan.diplo.de/ja-ja/themen/politik/-/2331262(2020/6/20検索)
「Boris Johnson says ‘there really is such a thing as society’ in self-isolation update – video」,
The Guardian https://www.theguardian.com/global/video/2020/mar/29/boris-johnson-says-there-really-is-such-a-thing-as-society-in-self-isolation-update-video
(2020/6/20検索)

著者

堀内 勉

一般社団法人100年企業戦略研究所 所長/多摩大学大学院経営情報学研究科教授、多摩大学サステナビリティ経営研究所所長

多摩大学大学院経営情報学研究科教授、多摩大学サステナビリティ経営研究所所長。東京大学法学部卒業、ハーバード大学法律大学院修士課程修了、Institute for Strategic Leadership(ISL)修了、東京大学 Executive Management Program(EMP)修了。日本興業銀行、ゴールドマンサックス証券、森ビル・インベストメントマネジメント社長、森ビル取締役専務執行役員CFO、アクアイグニス取締役会長などを歴任。 現在、アジアソサエティ・ジャパンセンター理事・アート委員会共同委員長、川村文化芸術振興財団理事、田村学園理事・評議員、麻布学園評議員、社会変革推進財団評議員、READYFOR財団評議員、立命館大学稲盛経営哲学研究センター「人の資本主義」研究プロジェクト・ステアリングコミッティー委員、上智大学「知のエグゼクティブサロン」プログラムコーディネーター、日本CFO協会主任研究委員 他。 主たる研究テーマはソーシャルファイナンス、企業のサステナビリティ、資本主義。趣味は料理、ワイン、アート鑑賞、工芸品収集と読書。読書のジャンルは経済から哲学・思想、歴史、科学、芸術、料理まで多岐にわたり、プロの書評家でもある。著書に、『コーポレートファイナンス実践講座』(中央経済社)、『ファイナンスの哲学』(ダイヤモンド社)、『資本主義はどこに向かうのか』(日本評論社)、『読書大全 世界のビジネスリーダーが読んでいる経済・哲学・歴史・科学200冊』(日経BP)
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