『コロナの時代のぼくら』
~コロナ後の我々は、何を守り、何を捨て、どう生きていくべきなのか?
目次
パオロ・ジョルダーノ(著/文)
飯田亮介(翻訳)
発行:早川書房
発売日:2020年4月24日
日本では4月24日発売予定の、イタリアの小説家パオロ・ジョルダーノ*によるエッセイ『コロナの時代の僕ら』の全文が期間限定で公開されていたので、早速、読んでみた。
このエッセイは、イタリアでコロナウイルスの感染が広がり、死者が急激に増えた2月下旬から3月下旬に綴られたものだという。著者は、この本の印税収入の一部を、医療研究と感染者の治療に従事する人々に寄付することを表明しているそうである。
人間は過去を忘れることによって生きている。5千万人から8千万人の命を奪ったと言われる第二世界大戦の記憶でさえも、年月の経過とともに風化していき、今やほとんどの人にとっては忘却の彼方である。
だから、「まさかの事態」はまだ始まったばかりなのだが、もしも我々が記憶に留めようと努めなければ、すべてが終わった時、今回のコロナウィルスのことも簡単に忘れ去られてしまうだろう。でも、そうすることによって、我々は本当に以前と同じ世界を再現したいのだろうか。これが、著者の投げかけている根源的な問いである。
著者は繰り返し言う。「僕は忘れたくない」と。ウィルスと戦うためにルールに従った人々の姿を。最初の数週間、一連の対策に対して、人々が口々に「頭は大丈夫か」と嘲り笑ったことを。支離滅裂で、感情的で、いい加減な情報が、やたらと伝播されたことを。政治家たちのおしゃべりが突如、静まり返ってしまったことを。ウィルスへの対応で、ヨーロッパが出遅れてしまったことを。パンデミックの原因が、自然に対する人間の危うい接し方や軽率な消費行動にあったことを・・・。
我々が今回はっきりと思い知らされたのは、ここまでグローバル化が進んだ今日、今回のようなパンデミックに際して、我々のすること或いはしないことが、もはや自分だけの問題に止まらないということである。
我々が心配すべき「共同体」とは、自分の暮らしている地区でも、町でも、県や州でも、国でもなく、アジアやヨーロッパやアメリカという大陸ですらない。パンデミック時の共同体というのは、人類全体のことなのである。
旧約聖書の詩篇の中に、今回のことで著者が想起した次のような祈りがあるという。
「われらにおのが日を数えることを教えて、知恵の心を得させてください」
今は誰もが色々なものを数えてばかりいる。感染者を数え、死者を数え、学校に行けなかった朝を数え、株価の暴落で失われた金額を数え、マスクの販売枚数を数え、ウイルス検査の結果が出るまでの残り時間を数え、集団感染発生地からの距離を数え、キャンセルされたホテルの部屋数を数え、そして何よりも繰り返し数えているのは、危機が過ぎ去るまでにあと何日あるかということだ。
これに対して、著者は、この詩篇は別の数を数えるように勧めているのではないのかと言う。つまり、今我々が直面している苦しい日々も含めて、我々は人生のすべての日々を価値あるものにするような数え方を学ぶべきなのではないかと。
そのために、この時間を有効活用して、いつもなら中々考えられないような、「僕らはどうしてこんな状況におちいってしまったのか、このあとどんな風にやり直したいのか?」という問いを、めいめいが自分のために、そしていつかは一緒に考えてみようと言い、我々に次のように呼びかけている。
「どうしたらこの非人道的な資本主義をもう少し人間に優しいシステムにできるのかも、経済システムがどうすれば変化するのかも、人間が環境とのつきあい方をどう変えるべきなのかもわからない。実のところ、自分の行動を変える自信すらない。でも、これだけは断言できる。まずは進んで考えてみなければ、そうした物事はひとつとして実現できない。家にいよう。そうすることが必要な限り、ずっと、家にいよう。患者を助けよう。死者を悼み、弔おう。でも、今のうちから、あとのことを想像しておこう。「まさかの事態」に、もう二度と、不意を突かれないために。」
我々が直面しているこの大きな苦しみが、無意味に過ぎ去ることを許してはいけないのである。
尚、『サピエンス全史』で有名な歴史学者・哲学者のユヴァル・ノア・ハラリも、3月15日付のTIME誌に『人類はコロナウイルスといかに闘うべきか――今こそグローバルな信頼と団結を(原題:In the Battle Against Coronavirus, Humanity Lacks Leadership)』を、更に3月20日付のFINANCIAL TIMESには、『新型コロナウイルス後の世界―この嵐もやがて去る。だが、今行なう選択が、長年に及ぶ変化を私たちの生活にもたらしうる(原題:the world after coronavirus ― This storm will pass. But the choices we make now could change our lives for years to come)』を寄稿した。この中で、ハラリは、人類がコロナウイルスと闘うために、今こそグローバルな信頼と団結が必要だと訴えている。
また、4月11日に放送されたNHKスペシャル『新型コロナウイルス 瀬戸際の攻防~感染拡大阻止 最前線からの報告~』に出演した厚生労働省対策推進本部クラスター対策班の押谷仁教授も、コロナウィルスを押さえ込むための人々の「連帯」ということを強調している。
今、我々一人一人が何をどうすべきなのかを考えるために、是非これらも合わせて見て頂きたい。
* 小説家。トリノ生まれ。トリノ大学大学院博士課程修了。専攻は素粒子物理学。2008年、デビュー長篇となる『素数たちの孤独』は、人口6000万人のイタリアでは異例の200万部超のセールスを記録。同国最高峰のストレーガ賞、カンピエッロ文学賞新人賞など、数々の文学賞を受賞。
※「HONZ」 2020年04月13日掲載
著者
堀内 勉
一般社団法人100年企業戦略研究所 所長/多摩大学大学院経営情報学研究科教授、多摩大学サステナビリティ経営研究所所長
多摩大学大学院経営情報学研究科教授、多摩大学サステナビリティ経営研究所所長。東京大学法学部卒業、ハーバード大学法律大学院修士課程修了、Institute for Strategic Leadership(ISL)修了、東京大学 Executive Management Program(EMP)修了。日本興業銀行、ゴールドマンサックス証券、森ビル・インベストメントマネジメント社長、森ビル取締役専務執行役員CFO、アクアイグニス取締役会長などを歴任。
現在、アジアソサエティ・ジャパンセンター理事・アート委員会共同委員長、川村文化芸術振興財団理事、田村学園理事・評議員、麻布学園評議員、社会変革推進財団評議員、READYFOR財団評議員、立命館大学稲盛経営哲学研究センター「人の資本主義」研究プロジェクト・ステアリングコミッティー委員、上智大学「知のエグゼクティブサロン」プログラムコーディネーター、日本CFO協会主任研究委員 他。
主たる研究テーマはソーシャルファイナンス、企業のサステナビリティ、資本主義。趣味は料理、ワイン、アート鑑賞、工芸品収集と読書。読書のジャンルは経済から哲学・思想、歴史、科学、芸術、料理まで多岐にわたり、プロの書評家でもある。著書に、『コーポレートファイナンス実践講座』(中央経済社)、『ファイナンスの哲学』(ダイヤモンド社)、『資本主義はどこに向かうのか』(日本評論社)、『読書大全 世界のビジネスリーダーが読んでいる経済・哲学・歴史・科学200冊』(日経BP)
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