日本の地政学リスクと不動産市場の将来~【未来予測】都市と不動産を中心に②

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本連載では、コロナ後の世界を見通した3冊の本(『2040年の未来予測』(成毛眞著)、『2030年:すべてが「加速」する世界に備えよ』(ピーター・ディアマンディス、スティーブン・コトラー著)、『パンデミック後の世界 10の教訓』(ファリード・ザカリア著))を取り上げて、特に、都市と不動産の問題に焦点を当てて、解説していきます。

最初に取り上げるのは、成毛眞氏の『2040年の未来予測』です。連載第2回の今回は、第3章の「衣・食・住を考えながら、未来を予測する力をつける」を一旦飛ばして、まず第4章の「天災は必ず起こる」を見てみましょう。

・連載第1回「2040年の日本社会の姿とは?」はこちら

今の世界全体が抱える大きな問題として、環境破壊のリスクがあるというのはご存じの通りです。このまま何の対策も講じなければ、今から2100年までに地球の平均気温は4度上昇するとされています。これに対して、過去130年の上昇は1度にも達していません。最悪の場合、2100年には日本は熱帯化し、東京の夏の昼間の平均気温は40度を超え、夜も30度を下回らない状況になります。

これだけ遠い未来の話ではなく、足元で見ても、ここ数年の台風の被害の大きさは際立っています。日本の人口は2008年の1億2,808万人をピークに減少に転じているにも関わらず、本来、水害の危険で田畑にもならなかったような洪水浸水想定区域に住む人口は増え続けています。成毛氏は、とにかく自分の住む地域がどういう地域なのか、各自治体のハザードマップを見て、「自分の身は自分で守る」ことを強く勧めています 。

そして、日本にとっての最大のリスクは、そう遠くない将来に確実に起きると言われている「南海トラフ地震」と「首都圏直下型地震」です。政府の地震調査研究推進本部によれば、マグニチュード(M)9級の南海トラフは、30年以内に70~80%、M7級の首都直下型は30年以内に70%の確率で起きると予測されています。
https://jishin.go.jp/regional_seismicity/rs_kaiko/k_nankai/

また、政府の中央防災会議の想定では、南海トラフの場合、死者行方不明者は最大で23万1,000人、全壊・全焼する建物は209万4,000棟としています。また、首都直下型地震の場合は、死者数2万3,000人、家屋の全壊・全焼は61万棟超とされています。

また、土木学会の推計では、地震発生から20年間の経済損失は、南海トラフで1,410兆円、首都直下型で778兆円になると推定されています。勿論、これは直接的な被害だけの数字で、これに加えて経済活動が長期にわたって停滞する間接的影響の大きさには、計り知れないものがあります。

もうひとつ気を付ける必要があるのが、富士山の噴火です。火山の専門家である京都大学大学院人間・環境学研究科の鎌田浩毅教授は、「火山学的には富士山は100%噴火する」と断言しています。富士山が最後に大規模噴火したのは1707年ですが、その時は、現在の東京の中心地に5センチ、横浜には10センチの火山灰が積もったとされています。

こうした中で、第3章の「衣・食・住を考えながら、未来を予測する力をつける」では、不動産について言及しています。

まず、日本の地価ですが、「日本の地価は50年後には下落している可能性が高いが、果たして2030年はどうだろう?」と問題提起しています。今は、「人口減少に伴い空き家が増え、地価は下落の一途というストーリーが定説」ですが、これが新型コロナウイルスの影響で、一気に変わる可能性があると言っています。

成毛氏は、「世界中の政府が経済の刺激のために、コロナ禍で大量のマネーを供給した。まずは株式市場に流れ込んだが、その次の金がいくのはどこか。不動産だ」と言っています。

そして、次のように続けています。「意外に思われるだろうが、私は日本の都市部なのではと推測している。2040年レベルで見ると、日本の不動産需要は落ち込むのが確実視されており、海外投資家が日本の土地を買うわけがないと思われるかもしれないが、現在の日本は、相対的に「安い」国なのだ。2030年だけで見ると、地価は上がっているかもしれない。」「つまり、コロナ禍がもたらした金があまった状況ならば、安いから日本の不動産が買われるということは十分に考えられる。そうなると、10 年先の日本の不動産は高くなっている可能性も否定できない。」

他方で、「2030年に、もしかしたら都市部の地価だけは上がっているかもしれないが、全国的に見ると2033年には全世帯の約30%、約2,100万戸超が空き家になるという。2040年になれば、さらに空き家が増える可能性が高い。」「2018年時点で、全国のマンションの75%で、修繕積立金が国の目安とする水準を下回っているという。つまり、まともに修繕できるマンションは4件に1件しかないのが現実だ。なぜこうしたことが起きているかというと、売り手のデベロッパーが売ることを優先するため、修繕積立金を低く設定するからだ。買う側も、毎月のローンや管理費があるから、遠い将来のことなど考えずに、目先で削れそうなところを削りたがる。」とも書いています。

これを私なりの理解も加えて解説すれば、次のようなことが言えるのではないでしょうか。

2008年のリーマンショック以降の金融緩和、特に今回の新型コロナウイルスの感染爆発に伴う政府の大幅な財政出動と金融緩和によって生じた余剰資金は、株式市場と不動産市場に流れています。大きな括りで言えば、資産インフレが発生しているということです。

これは、フランスの経済学者トマ・ピケティによる大ベストセラー『21世紀の資本』で書かれている、「資本収益率(r)>経済成長率(g)」という不等式が、今回のコロナ禍で一気に加速していることを意味します。因みに、この不等式を言葉で表現すると、過去200年以上のデータを分析すると、「資産によって得られる富の方が、労働によって得られる富よりも速く蓄積される」ということを意味しています。

しかも、世界中の国際都市(ニューヨーク、ロンドン、パリ、シンガポール、香港等)と比較して、東京など日本の大都市の地価は、この円高にも関わらず相対的に非常に安い状態にあります。特に、香港や台湾と中国との緊張関係を考えると、比較的近場で不動産の完全所有権が持てて、食文化の充実など環境も良い日本に不動産資産を移したいと考えている香港や台湾の人は非常に多いのが現状です。

勿論、今はコロナ禍で日本に来ることができないので、そうした投資資金の流れは一旦ストップしていますが、この問題がクリアすれば、日本への流れは一気に加速する可能性があります。

そうは言っても、日本全体で見ると、人口減少社会の中での住宅の過剰供給という問題があることは明白です。これには、人口減少だけでなく、日本の住宅取得奨励政策や住宅建設・販売会社の事業戦略という問題も絡んできます。原因はともかくとして、長期的には一国のGDP成長率と不動産価格というのはリンクしますので、全体として日本の不動産が今後大きく成長するということはないと思います。

そうすると、今後の日本の不動産市場を考える上でのキーワードは、「二極化」ということになると思います。政府の財政・金融政策で大量のカネ余りが発生し、海外から投資資金がやって来ますが、日本全体としては不動産市場は停滞するのだとしたら、投資対象となる一部の不動産に大量な資金が集中するということになります。

まず、容易に考えられるのは、海外の投資家が好む、即ち、海外の富裕層が住みやすい街としての東京や大阪が考えられます。しかも投資資金という性格を考えれば、管理がしっかりしていて、転売しやすい物件です。

それから、富裕層が好むリゾート地です。京都やニセコや白馬に海外からの投資資金が入って来ているのはご存じの通りです。京都は唯一無二の観光都市として、ニセコや白馬は高級スキーリゾートとしての人気です。これに加えて、沖縄、箱根、軽井沢などの高級リゾート地・別荘地です。

さらに、今回のコロナ禍の影響として大きいのが、いわゆるテレワークです。地方の空き家対策というのは、各自治体にとって非常に悩ましい問題でしたが、この問題に積極的に取り組んでいる自治体にとっては、今は大都市から労働人口を引き寄せることができる、「災い転じて福となす」の大きなチャンスです。

特に、東京近郊で環境の良い、軽井沢、熱海、箱根、那須、八ヶ岳などに移住や二か所居住の拠点を求める動きが急速に広がっています。また、それ以外の、大都会から遠く離れた地方でも、地方創生のロールモデルとしてたびたびメディアでも取り上げられ、「地方創生の聖地」と呼ばれる徳島県神山町など、独自の活性化策で人を引き付ける町がたくさん出てきています。

このように、一言で「不動産」と言っても様々で、高度成長期のように「日本経済が成長するから不動産も自動的に上がる」という世界とは全く違う、極めて個別性の強い世界になっていくと考えられるのです。

そして最後に、地震リスクと火山リスクですが、これは日本という国全体が抱える宿命的なリスクで、これには海外への分散投資という形で回避するより他はありません。個人の生活防衛としてできることは二か所居住など幾つか考えられますが、資産運用や資産防衛の観点からは、海外移住というような極端な例を除けば、もし今、ご自分の全資産を日本の株式や不動産で運用しているのであれば、それを見直して、海外への分散投資(海外の株式や不動産の購入)を始めるということだと思います。

連載3回に続きます。

[参考文献[参考文献]
トマ・ピケティ『21世紀の資本 』,山形浩生,守岡桜,森本正史(訳),みすず書房,2014年
成毛眞『2040年の未来予測』,日経BP,2021年
ピーター・ディアマンディス,スティーブン・コトラー『2030年:すべてが「加速」する世界に備えよ』,土方奈美(訳),山本康正(解説),NewsPicksパブリッシング,2020年
ファリード・ザカリア『パンデミック後の世界 10の教訓』,上原裕美子(訳),日本経済新聞出版,2021年

著者

堀内 勉

一般社団法人100年企業戦略研究所 所長

多摩大学大学院経営情報学研究科教授、多摩大学社会的投資研究所所長。 東京大学法学部卒業、ハーバード大学法律大学院修士課程修了、Institute for Strategic Leadership(ISL)修了、東京大学 Executive Management Program(EMP)修了。日本興業銀行、ゴールドマンサックス証券、森ビル・インベストメントマネジメント社長、森ビル取締役専務執行役員CFO、アクアイグニス取締役会長などを歴任。 現在、アジアソサエティ・ジャパンセンター理事・アート委員会共同委員長、川村文化芸術振興財団理事、田村学園理事・評議員、麻布学園評議員、社会変革推進財団評議員、READYFOR財団評議員、立命館大学稲盛経営哲学研究センター「人の資本主義」研究プロジェクト・ステアリングコミッティー委員、上智大学「知のエグゼクティブサロン」プログラムコーディネーター、日本CFO協会主任研究委員 他。 主たる研究テーマはソーシャルファイナンス、企業のサステナビリティ、資本主義。趣味は料理、ワイン、アート鑑賞、工芸品収集と読書。読書のジャンルは経済から哲学・思想、歴史、科学、芸術、料理まで多岐にわたり、プロの書評家でもある。著書に、『コーポレートファイナンス実践講座』(中央経済社)、『ファイナンスの哲学』(ダイヤモンド社)、『資本主義はどこに向かうのか』(日本評論社)、『読書大全 世界のビジネスリーダーが読んでいる経済・哲学・歴史・科学200冊』(日経BP)
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