企業不動産戦略の新しいリスク~企業は不動産とどのように向き合うべきか⑥

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新しいリスク:環境リスク

企業不動産戦略(CRE:Corporate Real Estate Strategy)は、企業経営者が不動産とどのように向き合っていくかを表現したもので、簡潔にまとめると、その定義は次のようになります。

「事業・都市・社会への外部性を吸収しながら、取引費用、地代、所得の3つのパラメータに関してその時々に応じた最適な資源配分を実現し、時間の変化に応じた企業のライフサイクルと不動産のライフサイクルの不整合を解消するための戦略」

企業が不動産を所有すると、様々な外部性が発生します。外部性は「直接的に企業の経営に影響を与えることはないものの、企業が永続的に存続していくためには、大切にしないといけない要素」です。企業は都市や社会の一員であり、不動産は物理的に都市や社会に存在するわけですから、それを保有する責任が生じます。近年において、とりわけ注目されてきたのが、低炭素社会を実現していくなかでの企業、および企業が保有する不動産の役割です。不動産は、非常に大きな負荷を環境に与える存在です。社会全体が抱える地球温暖化問題に対しても、所有者や使用者として責任を果たしていかなければいけません。このようなことも、CRE戦略において重要となり、事業に対してだけでなく、都市や社会への外部性となります。

企業は、どこに立地するのか。これまでは利便性を重視して都市中心部のシンボリックなビルが選ばれてきましたが、COVID-19のショックが起きたことで、この先オフィス市場がどうなるかは分かりません。

例えば、電通が本社ビルの売却を決めました。東京・港区汐留の大きなSクラスビルに本社がありましたが、そのオフィスの機能が不要になったのでしょう。40歳以上の一定の能力を持った従業員を個人事業主として独立させ、今までどおりの仕事をしてもらう制度を導入し、好きな場所で働いてもよいという選択肢を与えました。企業は、取引費用・地代・所得という3つのパラメータを考慮しながら不動産に向き合っていくわけですが、こうした働き方や不動産のあり方の変化に合わせてCRE戦略を修正する必要があります。同時に、今後は事業・都市・社会への外部性に対する向き合い方も重要になっていくと思います。

今、私たちが抱えている非常に大きな問題は、地球市民として低炭素社会に対する責任をどのように果たしていくのかです。不動産やビルは、自動車以上にCO2(二酸化炭素)を排出し、環境に負荷を与えています。全体のおおよそ30%が不動産から出ており、快適な室内環境を実現しながら建物で消費するエネルギーをゼロにすることを目指す建物であるZEB(ネット・ゼロ・エネルギー・ビル)に対して、企業は積極的に投資していくことが望まれています。

しかし、その取り組みはなかなか進んでいないのが現状です。日本は、国際連合の第3回気候変動枠組条約締結国会議で1997年に採択された京都議定書で、地球温暖化に向けた国際的な取り組みに参画しましたが、2011年の東日本大震災のあと離脱してしまいました。今後2050年に向けて、建物の延べ床面積が2倍になることが予想されるなかで、CO2排出規制に対して不動産市場が積極的に対応していく必要があるでしょう。

国連のコフィ・アナン事務総長時代(1997年~2006年)、国連環境計画・金融イニシアチブ(UNEPFI)のなかに、不動産ワーキンググループが立ち上がりました。金融とともに不動産でも地球温暖化に向けたCO2排出規制に貢献していくことが求められるようになったのです。

CO2排出削減に貢献するために、2006年にアナン事務総長がPrinciples for Responsible Investment(PRI:責任投資原則)を提唱しました。これを受けて、金融機関がESG(環境・社会・ガバナンス)投資やSDGs(持続可能な開発目標)に積極的な役割を担っていくResponsible Property Investment(RPI:責任不動産投資原則)が登場しました。

不動産にESG投資を取り入れていくために「ライフサイクルビルディング」という考え方が出てきます。建物は建てる段階で全過程の約40%ものCO2を発生させますが、建物を使用する過程を含めたライフサイクル全体で削減する内容です。世界での大きな目標期限として設定されている2050年までにゼロカーボンの世界をつくるには、不動産が果たすべき役割は非常に重要になっているのです。

環境配慮と金融システム

責任不動産投資原則を達成する動きは、2008年のリーマンショックの前から始まっていたトレンドです。国連で責任不動産投資原則の共同座長を務めたポール・マクナマラ氏は、世界最大級の保険・金融サービス会社Prudential(プルデンシャル)のプロパティマネジメントのリサーチヘッド(責任者)をしていました。彼は、2007年6月12日に持続可能な不動産投資について、ロンドンで次のような講演を行っています。

「機関投資家であるプルデンシャルとして投資するとき、投資家に対しては投資リターンの最大化を約束しています。環境によいだけ、環境にやさしいだけでは、不動産に投資できません。環境への配慮が資産価格にプラスに働くことを見い出すこと(discover)ができなければ、ファンドマネジャーとしては投資できないのです。」

企業が株主に対して責任を負うのと同様に、ファンドマネジャーは投資家に対して責任を負います。環境配慮型不動産への投資をCRE戦略として進めるには、社会的な外部性を持っているかどうかが重要となります。私も、2010年に麗澤大学教授の高巖(たかいわお)氏との共著「企業不動産戦略」で、責任不動産投資原則を正しく理解してCRE戦略に活かす重要性を述べたように、2000年代にはESG投資が経済価値を持つかどうかが活発に議論されていました。

その後、2008年のリーマンショックが発生して、こうしたトレンドはいったん縮小しました。日本でも長く無視されてきましたが、米国でトランプ政権からバイデン政権に移行するなかでこの問題を重要政策として位置づけたこともあり、そして日本も脱炭素社会の実現を掲げる菅義偉政権が誕生したことにより、再び環境配慮型不動産への投資に向き合おうという流れが出てくると思います。

責任不動産投資原則とは何か。機関投資家といえば、日本ではGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)や、ゆうちょ銀行、国民年金基金連合会、生命保険会社、損害保険会社などの運用を義務付けられているような機関投資家は「受益者のために長期的な視点に立ち、最大限の利益を最大限追求する義務」があります。そのようななかで、ESGを遵守することが重要であると宣言しました。具体的な事項として6つある原則の2つ目に「私たちは活動的な(株式)所有者になり、(株式の)所有方針と(株式の)所有慣習にESG問題を組み入れます」また「私たちは、投資対象の主体に対してESGの課題について適切な開示を求めます」と明記され、厳格に順守していこうとしています。

1999年にアナン国連事務総長(当時)が提唱したイニシアチブ「国連グローバル・コンパクト(United Nations Global Compact)」のなかにも、ESGを考慮した投資や融資が取り入れられました。日本政策投資銀行(DBJ)は日本不動産研究所(JREI)と共同でGreen Building認証をつくりましたし、三井住友銀行(SMBC)でも「SDGsグリーン/ソーシャル/サステナビリティローン」など融資のなかにグリーンの要素を取り入れています。

環境配慮型建築物はどうして経済プレミアムを持つのか?

「環境に配慮すると、本当に不動産の価値が高まるのか」を論理的に考えてみましょう。不動産の価格は、将来収益(家賃)の割引現在価値として決定されます。分子が大きくなれば、または分母が小さくなれば不動産の価値が上昇し、その逆のことが起これば下落します。

環境配慮型の不動産価値が高まるには「家賃が高くなるか」「割引率の構成要素であるリスクプレミアムが低くなるか」の2つの経路しかありません。すでにこの問題を実証する研究がいくつも行われています。

米カリフォルニア大学バークリー校の教授だったジョン・クイグリー氏が2009年に出版した有名な論文があります。このなかで、3%程度の賃料上昇効果、稼働率や費用を織り込む投資純収益(NOI)だと6%程度上昇すると報告があり、環境配慮型不動産の政策を推し進めるドライバーとなりました。

英ケンブリッジ大学のフランツ・フェルスト氏も、ロンドン大学のパトリック・マカリスター氏との共同研究で、グリーン認証のEnergy Starを取得したビルで3%ほど稼働率が上昇し、LEEDの場合8%ほどの上昇を確認したと報告しています。

2015年7月時点で、世界160カ国1万3,000を超える団体がGlobal Compactに署名しました。日本でも21の金融機関を含む385企業・団体(2021年1月現在)が署名を終えています。Global Compactは、人権・労働・環境・腐敗防止の4分野で10原則を軸に活動を展開しており、企業は「環境上の課題に対する予防原則的アプローチを支持し、環境に関する大きな責任を率先して引き受け、環境に優しい技術の開発と普及を奨励すべきである」との原則を掲げています。

環境への配慮によって不動産のリスクはどうなるのか。環境に配慮した不動産は、流動性リスクが低くなるといわれています。耐震性能が低い不動産がなかなか売却できないリスクに直面したように、これから環境規制が厳しくなっていくと、環境性能の低い不動産も売却しにくくなる流動性のリスクに直面するのではないかと予想されています。つまり、環境配慮型の不動産価値は、家賃が高くなり稼働率が高くなることで分子の賃料収益が上昇し、流動性のリスクが下がることで投資価値や担保価値が高くなっていきます。

クイグリー氏は先に紹介した論文の後に、どのような企業が環境性能の高い不動産に立地しているのかを研究し、次のような結果となりました。
①費用を節約することで利益を確保できる第3次産業の企業
②株主からCSRを強く要請されている企業
③環境に敏感な企業(環境に負荷を与えながら事業を行っている電力会社やガス会社などのエネルギー産業)
④高い付加価値を生産する人材を抱える企業(昔は金融業、現在はIT企業で社会問題に非常に敏感な労働者が多く働いているといわれる)
⑤政府や公的機関
⑥消費者の行動に敏感な企業(スターバックスコーヒーのように環境に配慮した不動産にしか店舗を出さないという企業も出ている)

英国のIPD(Investment Property Databank)という世界35カ国で不動産投資指数を公表している企業が、前述のマクマナラ氏などの助言を得ながら「Environmental Code」という環境基準を作成し、ロンドンでそのお披露目のイベントがありました。そのイベントに私も招待されていました。その会議を取材したフィナンシャル・タイムズ(FT)の2008年2月22日付の紙面に「市場で評価されるためには情報整備が重要であり、そのような環境に配慮した不動産の価値が、市場で高く評価されるだけでなく、企業の価値(株価)にも反映されることになるであろう」との記事が掲載されました。

一般的に環境性能を表示するグリーン認証のような仕組みを「Eco Label(エコ・ラベル)」といいます。先に紹介した三井住友銀行(SMBC)や日本政策投資銀行(DBJ)の事例のほかに、LEED、Green Star、BREAM、日本にはCASBEEがあります。こうした情報を整備することで、これからは高い価値を生み出すようになるでしょう。

建物の評価をBIM(Building Information Modeling)などで可視化することも進められています。環境の性能を明示化していくことが、欧米やシンガポールなどで始まっており、日本でもこれからは大きな成長分野の1つになっていくでしょう。

Sustainability(サステナビリティ)は、不動産市場にとって大きな分岐点となる問題です。最近では、サステナビリティやResilience(レジリエンス)という言葉が、様々なところで聞かれるようになってきました。特にCOVID-19という問題が出てきたことで、大きな構造的な調整が求められてきています。これからは「環境と親和性があるかどうか」「資金がきちんと獲得できるかどうか」の1つの大きな条件になると考えられます。

「環境への配慮という視点は、企業不動産戦略を進めていくうえで、そして企業が永続的に成長していくうえで重要な要素であり、そのマネジメントに失敗すると、大きなリスクとなって襲いかかってくる」ということを理解しておかなければならないでしょう。

著者

清水 千弘

一橋大学教授・麗澤大学国際総合研究機構副機構長

1967年岐阜県大垣市生まれ。東京工業大学大学院理工学研究科博士後期課程中退、東京大学大学院新領域創成科学研究科博士(環境学)。麗澤大学教授、日本大学教授、東京大学特任教授を経て現職。また、財団法人日本不動産研究所研究員、株式会社リクルート住宅総合研究所主任研究員、キャノングローバル戦略研究所主席研究員、金融庁金融研究センター特別研究官などの研究機関にも従事。専門は指数理論、ビッグデータ解析、不動産経済学。主な著書に『不動産市場分析』(単著)、『市場分析のための統計学入門』(単著)、『不動産市場の計量経済分析』(共著)、『不動産テック』(編著)、『Property Price Index』(共著)など。 マサチューセッツ工科大学不動産研究センター研究員、総務省統計委員会臨時委員を務める。米国不動産カウンセラー協会メンバー。

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