データドリブンな企業への変容 ~経営者はAIとどう向き合うべきか①-1

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本連載では、「企業はDXをどのように進めていけばいいのか?」という大きな問いの下で、AIには何ができるのか、どのように企業の中で装着させていったらいいのか、その先にはどのような企業の姿が待っているのかを示していきたいと考えています。

データドリブンな企業

「AI(Artificial Intelligence人工知能)とどのように向き合えばいいのか?」「DX(Digital Transformation)をどのように進めたらいいのか?」そのような悩みを抱える企業経営者は多いでしょう。次に紹介するのは、私が関係した企業でしばしば直面している事例です。

「世の中ではAIが注目されている。わが社でも導入しないと後れを取ってしまうのではないか。ライバル企業では、自社の中にあるビッグデータや新しいテクノロジーを使って生産性を上げるために、DX事業部を立ち上げたようだ。わが社でも未来への投資と考えて、DX事業部を立ち上げよう。担当は清水部長が理系出身だから、彼に任せよう。」

社長の判断でDX事業部が発足し、清水さんが部長に任命されました。この判断は正しかったのでしょうか。一方、任命された清水部長は、理系出身だからといっても、何をやったらよいのか分かりません。大学生のときに、このような講義がなかったので、教育を受けていないのです。



そもそも企業は、データとどのように向き合ってきたのでしょうか。近年において「データドリブンな企業」「データドリブンな経営」という言葉も聞かれるようになってきました。「これまで経験や勘で行っていた経営ではない、データの力を最大限に活かして経営意思決定を行っていこうという取り組み」と思われがちですが、そもそもデータを見ないで経営はできませんから、これまで何らかの形でデータは使ってきていました。1990年代後半頃から日本企業において、KPI(Key Performance Indicator)という言葉が聞かれるようになってきました。経営において重要な指標を選択し、それを参考にしながら経営の意思決定にビルトインしようという取り組みでした。

それでは今、どのような変化が起こっているのでしょうか。KPIとして設定した指標はあくまでも参考指標であり、最終的な意思決定や決断に基づく実行は人間が行ってきました。また、そもそもKPIの選定そのものが恣意的であり、本当にその選択したKPIが正しく事業の先行指標になっていたのかどうかは分かりませんでした。

「データドリブンな企業」「データドリブンな経営」とは、KPIそのものの選択もAIなどの新しいツールを用いて選定し、さらに、経営者が行ってきた決断の一部を、人間に代わって広い意味での機械であるAIに置き換えていこうという動きが始まったと考えればいいでしょう。

企業経営における意思決定は、経営層だけでなく様々な階層で行われています。かつては(今でも多くの企業が)、経営者が意思決定をするために現場にある情報を経営層に集約させて、トップダウンで物事を決定するのが一般的でした。しかし、本来は現場レベルに情報、広い意味でのデータが存在し、蓄積されています。それは、現場レベルのほうが一層正確な意思決定ができることを意味します。一層市場に近いところで意思決定をしたほうが、正確かつ迅速な決断と実行が可能となることは容易に予想できると思いますが、それを様々な現場レベルにゆだねてしまうと、企業としての統一性が失われることもあります。また、人のそれぞれの能力に依存して、判断がばらつくことが出てきます。また、責任の所在も不明瞭になってしまいます。しかし、AIなどの新しいツールを用いることでこれらの問題をクリアして、統一的かつ検証可能な形での一定の正確性を持った判断が可能となることで、急速な成長を遂げてきた企業が誕生してきました。GAFA(Google, Apple, Facebook, Amazon)と呼ばれる企業です。これらの企業の成長の背後には、カリスマ的な創業者や豊富なデータ、高い技術力があると考えられがちですが、組織の意思決定の形そのものを変化させていました。

このことは、何を意味しているのでしょうか。それは、仮に意思決定を行ううえでの判断能力が人間である経営者とAIが同じレベルであったとしても、判断する階層が市場に近く情報が豊富なところで決定することができるようになるだけで、正しい決断ができるようになることを意味しています。この段階では、AIは人間を超えた能力を持っていません。むしろ劣っている可能性のほうが高いです。しかし、AIというものは、技術進歩の中で、また企業の中で学習するほどに、その決断の精度はますます高くなっていきます。このような段階を経て成長していく企業が、現場レベルでの意思決定を尊重していくことを「データドリブンな会社」「データドリブンな経営」といってよいのではないでしょうか。

変化する経営者の役割

このような形へと企業が変容していく中で、経営者に求められる役割や資質が大きく変化していくことになります。第一に、経営者は「人間と、広い意味でのAIを含む機械との分業を、どのように進めたらいいのか」という組織づくりのデザインをしなければなりません。意思決定から解放された経営者は、人が生き生きと働くことができる組織づくりについて、何より優先して考えなければならなくなります。

次に「DX事業部は何をやればよいのか」という問題も、あわせて考えてみましょう。DXとはデジタルトランスフォーメーションのことで「ITの浸透が、家計・企業・国を含む社会全体の生活をあらゆる側面においてよりよい方向に変化させる」という概念です。DXは2004年にスウェーデンにあるウメオ大学のエリック・ストルターマン氏が提唱したもので、定義や解釈が明確になっていません。現時点では「企業がテクノロジーを利用して、事業の業績や対象範囲を根底から変革させる」という意味合いで使われています。

DXにはテクノロジーの力を最大限に活かして(人間と機械の正しい分業を通じて)、単に業績(生産性)を高めるだけでなく、その事業の範囲を拡張することも含まれています。事業の範囲を拡大することは、企業にとっての「社会的介在価値」を拡大することになります。つまり、社会に存在する多くの課題を解決する、また解決までいかなくとも「新しいサービスを提供することで、新しい付加価値を創造する」ということもターゲットになります。

AIをはじめとする新しいテクノロジーと人間が正しく分業し、協業することで、人間の力や既存の企業にある人的資源だけでは実現できなかった「社会への新しい付加価値提供」がなされていくことが期待されています。企業にとっては、新規事業を開発することができる確率が高まることと同義となります。

以降は、
経営者はAIとどう向き合うべきか①-2
に続きます。

著者

清水 千弘

一橋大学教授・麗澤大学国際総合研究機構副機構長

1967年岐阜県大垣市生まれ。東京工業大学大学院理工学研究科博士後期課程中退、東京大学大学院新領域創成科学研究科博士(環境学)。麗澤大学教授、日本大学教授、東京大学特任教授を経て現職。また、財団法人日本不動産研究所研究員、株式会社リクルート住宅総合研究所主任研究員、キャノングローバル戦略研究所主席研究員、金融庁金融研究センター特別研究官などの研究機関にも従事。専門は指数理論、ビッグデータ解析、不動産経済学。主な著書に『不動産市場分析』(単著)、『市場分析のための統計学入門』(単著)、『不動産市場の計量経済分析』(共著)、『不動産テック』(編著)、『Property Price Index』(共著)など。 マサチューセッツ工科大学不動産研究センター研究員、総務省統計委員会臨時委員を務める。米国不動産カウンセラー協会メンバー。

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