賃金上昇、人手不足、後継者問題…厳しさを増す中小企業の事業承継課題とは

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近年、中小企業の事業承継の問題が注目されています。その大きなきっかけとなったのは、経済産業省と中小企業庁が2017年秋に発表した試算です。そこで「現状を放置すると、中小企業廃業の急増により、2025年頃までの10年間累計で約650万人の雇用、約22兆円のGDPが失われる」可能性があると指摘されたのです。

中小企業は、日本企業全体の約99%、従業員数では約70%を占めています。まさに、日本経済を支えている中小企業の廃業をいかに減らすかが日本全体としての大きな課題となっています。事業承継をスムーズに進め、中小企業の廃業を回避することが求められているのです。

1.時給1,000円時代も視野に…

2019年2月に経済産業省が発表した調査によれば、今後10年間で70歳を超える中小企業経営者は約245万人にもなるとのことです。なぜ、ここまで事業承継への対策が後倒しになってしまったのでしょうか。

それには、中小企業を取り巻く経営環境の変化が関係しているでしょう。大きな変化として、下記の6つがあげられます。

①最低賃金の引き上げ
②人材採用難
③「働き方改革」の影響
④大手製造業の海外移転
⑤国内消費市場の急速なEC化
⑥後継者不足

これらの変化をきちんと認識し、対応していくことが、ひいては事業承継の成功にもつながるはずです。

①最低賃金の引き上げ

最低賃金とは、最低賃金法に基づいて、企業などの雇用主が労働者に支払う賃金の最低額として、国が定めたものです。最低賃金には、都道府県ごとに定められた「地域別最低賃金」と、特定の産業を対象に定められた「特定(産業別)最低賃金」の2つがあり、「時給」で決められています。

最低賃金より低い賃金しか支払っていない場合、雇用主はその差額を支払わなければならず、罰金もあります。最近は、社員からの通報により、労働基準監督署が査察に入るケースが増えているといいます。

この最低賃金について政府では、2016年度から「年3%程度の引き上げを目指す」として、実際に3年連続で3%程度の引き上げが続きました。さらに、2019年度の経済財政運営の基本方針(「骨太の方針」)には、「早期に全国平均で1,000円を目指す」という方針が明記されました。

2018年度の最低賃金は全国平均874円ですが、今年7月末に政府の審議会で決定した2019年度の最低賃金の目安は前年比27円の引き上げとなり、全国平均で901円となりました。三大都市圏は28円上がり、東京都と神奈川県は初めて1,000円を超えます。もし、これからも毎年、最低賃金が3%引き上げられれば、2023年には全国平均で1,000円を超えると予想されています。

時給1,000円ということは、1日8時間労働で1ヵ月20日勤務とすると、単純計算で年収192万円となります。正社員とパートタイム労働者との間で賃金の差が小さくなってくるでしょう。このまま最低賃金の引き上げが続けば、正社員の賃金を上げざるを得ず、経営に影響を及ぼす可能性は否定できません。

2.中小企業の求人倍率は10倍? 深刻化する人手不足

②人材採用難

人口の減少や高齢化によって、多くの企業が人手不足に悩まされています。その証拠に、厚生労働省の発表によると、2018年1年間の平均有効求人倍率(求職者1人に対する求人数)は1.61倍となり、前年の1.50倍を0.11ポイント上回りました。同じく2018年1年間の平均有効求人数は前年に比べ3.1%増となり、有効求職者は3.8%減となりました。

また、中小企業庁の『2019年中小企業白書』によると、従業員数299人以下の中小企業の求人倍率は前年の6.4倍から9.9倍へ3.5ポイント上昇し、過去最高となりました。この数字は、求職者1人に対して10社が採用したいといっている状況を表しており、「超売り手市場」といえます。

図表1 従業員299人以下の企業の大卒予定者求人数・就職希望者数の推移

従業員299人以下の企業の大卒予定者求人数・就職希望者数の推移
(出所)中小企業庁「2019年版中小企業白書」53ページのデータを基に株式会社ボルテックス100年企業戦略研究所が作成

このような状況のなかで、当たり前の求人募集をしていたのでは、中小企業の人手不足は続くばかりでしょう。

ただし、まったく対策がないわけではなく、例えば地方の建設業のなかには、職場環境の整備や柔軟な働き方の導入などで、人材採用に大きな成果を上げているところもあります。環境が悪いと嘆くばかりではなく、自社にあった打開策を見つけ出すことが重要です。

3.「働き方改革」で残された猶予期間はあとわずか

③「働き方改革」の影響

ここ数年、安倍政権が最も力を入れている政策が「働き方改革」です。2018年7月に「働き方改革」関連法が成立し、2019年4月から順次、施行を開始しています。

「働き方改革」にはいくつか柱がありますが、そのなかでも重要視されているのが「時間外労働の上限規制」と「同一労働同一賃金」です。

「時間外労働の上限規制」では、労使間でいわゆる36協定を結んでも、上限として月45時間、年360時間を超えることは基本的にできなくなります。その他にもいくつか制限があり、罰則規定も設けられます。本規制の適用は、大企業では2019年4月からすでに実施されており、中小企業についても2020年4月から実施開始となっています。

「同一労働同一賃金」は、正規雇用と非正規雇用での不合理な待遇差をなくすことを目的に、基本給・賞与や福利厚生で不合理な差を設けてはならないとする均等待遇が義務付けられます。また、その対象は基本給、昇給、ボーナス、各種手当といった賃金のみならず、教育訓練や福利厚生にも及びます。大企業は2020年4月から、中小企業は2021年4月から適用されます。

さらに中小企業では、2021年4月から、これまで認められていた60時間以上の残業に対する5割増し規定の猶予(60時間未満の2.5割増しを60時間以上にも適用)がなくなります。つまり、月60時間を超える残業に支払う残業代が倍になるのです。

「働き方改革」による経営への影響はもうすぐそこまで迫っています。いまからどう備えるのか、検討と準備が欠かせません。

4.大手製造業で進むグローバル化の影響

④大手製造業の海外移転

中小企業のなかでも特に製造業にとって頭が痛い問題が、大手製造業の海外移転です。材料や部品の発注元である大手製造業の動向は、ダイレクトに経営に跳ね返ってきます。

国際協力銀行が毎年行っているアンケート調査の最新版(報告書全文:わが国製造業企業の海外事業展開に関する調査報告)によると、大手製造業の海外生産比率はほぼ一貫して上昇を続けていて、2017年度には35.6%に達し、中期的計画(2021年度)ではさらに38.4%まで上昇する見込みです。

ただし、ここでも業種による違いが見られ、例えば自動車(46.3%)と電機・電子(44.0%)は、海外生産比率も海外売上高比率も高い水準です。一方、食料品は国内市場がもともとメインであり、海外比率は20%前後にとどまっています。

もうひとつ注目されるのは、最近は大手製造業が国内回帰する傾向が見られることです。今後3年程度の見通しとして、国内事業を「強化・拡大する」と回答した大手製造業は45.9%と半数近くに達し、リーマンショック以前の水準まで回復してきています。

理由としては、「製品の高付加価値化や生産ラインの高機能化」「販売量の増加、取引先の拡大」とともに、「海外では汎用品の量産体制、国内では高付加価値製品の多品種少量生産に注力」ということがあげられています。

今後、大手製造業では一方的に海外シフトが進むのではなく、海外事業と国内事業それぞれの特色を生かしながら、バランスよく強化・拡大していく動きになりそうです。中小製造業には、より高い付加価値を求められるようになるでしょう。

5.小売業が直面する国内消費市場の急速なEC化

⑤国内消費市場の急速なEC化

小売業において、中小企業のみならず大手企業にとっても脅威となっているのが消費市場のEC※1化です。パソコンやスマホから注文し、自宅に商品が配送されるという購買スタイルが広がれば、店舗での販売は減少し、メーカーと消費者間での中抜きが進みます。

※1 インターネットを通じたモノやサービスの売買

データを見ると、2018年の国内EC市場(BtoC)の規模は17兆9,845億円で対前年比8.96%の伸びとなり、個人消費市場がほぼ横ばいのなかで際立って高い成長を続けています。また、物販分野でのEC化率はまだ6.22%で、すでに10%を超えているアメリカなどに比べると、まだまだ広がる余地があり、引き続き影響を受けることは避けられないでしょう。

図表2 BtoC-EC の市場規模およびEC 化率の経年推移

BtoC-EC の市場規模およびEC 化率の経年推移
(出所)経済産業省「平成30年度 電子商取引に関する市場調査」
7ページのデータを基に株式会社ボルテックス100年企業戦略研究所が作成

EC化が先に進んでいるアメリカでは、この3年間で小売店が1万店減少したそうです。EC通販サイト最大手のアマゾンが既存の小売業を脅かす現象は「アマゾン・エフェクト」と呼ばれ、これまで書籍販売、家電量販、玩具販売などで大手企業の破綻の原因になってきました。

小売業の淘汰は始まっており、法人・個人をあわせた小売店舗数は過去10年で2割ほど減少しました。これまでは人口減少や大型店への買い物客の集中などの影響がメインでしたが、そこにEC化の影響が加わる構図です。

今後、小売業は「商品を売る」だけでなく、自らの強みを生かした付加価値を磨いていくことがより重要となっていくでしょう。

6.本格化する後継者不足…対策はいますぐに

⑥後継者不足

そして、中小企業の将来に重く垂れこめているのが、後継者不足の問題です。上場企業などの大手企業であれば、基本的に所有と経営が分離されており、後継者選びは一定のルールに基づいて行われます。

一方、中小企業の多くは所有と経営が一体となっており、後継者を誰にするのか、またどのようにして後継者に経営を引き継いでいくのかは千差万別です。

中小企業経営者の年齢のピークは2015年時点で66歳といいます。また、直近の経営者の平均引退年齢は、中規模企業で67.7歳、小規模事業者では70.5歳です。そのため、2020年頃には数十万人規模で中小企業経営者が引退時期にさしかかると予想されています。

ところが、経済産業省・中小企業庁が行った事業承継に関する調査によると、60歳以上の経営者のうち、50%超が廃業を予定しており、特に個人事業者においては、約7割が「自分の代で事業をやめるつもりである」と回答しているのです。

廃業の理由としては、「当初から自分の代でやめようと思っていた」が38.2%と最も多く、「事業に将来性がない」が27.9%で続きます。また、「子供に継ぐ意思がない」「子供がいない」「適当な後継者が見つからない」という後継者不在との回答も合計で28.6%を占めています。

東京商工リサーチによると、企業の倒産件数は2008年から10年近く減少し続けているのに対して、休業・廃業件数は増加傾向にあります。しかも、休業・廃業する中小企業の多くは黒字経営を維持しているというデータもあります。

事業承継はいまや個別企業の問題だけでなく、雇用や地域経済にも関わる重要な問題です。特に後継者不足問題は、これからますます深刻化すると見られ、いますぐ対策を講じ始める必要があるといえるでしょう。

7.まとめ

中小企業を取り巻く経営環境は年々、厳しさを増しています。その一つひとつに正面から取り組むことが、今後の成長と事業承継に向けた鍵を握るでしょう。

いずれの課題もすぐに解決できる魔法の杖があるわけではなく、早めに対策を講じ、結果を見てまた対策を考えるPDCAサイクルを回していくしかありません。そうした地道な取り組みの先に、100年企業への道も見えてくるはずです。

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著者

株式会社ボルテックス 100年企業戦略研究所

1社でも多くの100年企業を創出するために。
ボルテックスのシンクタンク『100年企業戦略研究所』は、長寿企業の事業継続性に関する調査・分析をはじめ、「東京」の強みやその将来性について独自の研究を続けています。

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