第2回 バブル景気に沸く中で ~「再開発地区計画制度」創設~東京の都市経済・政策・計画の変遷を捉える~

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目次

都市政策の第一人者であり、明治大学名誉教授の市川 宏雄氏が執筆したコラムを定期的に掲載していきます。今回は日本がバブル経済に突入し、再開発地区計画制度が施行され、日経平均株価がピークを迎えるまでの期間に着目し、バブル経済が都市の再開発にどのような影響をもたらしたのか解説していきます。

不動産取引活性化、資産価格の高騰 図

バブル経済に突入すると、不動産取引は活発化して、資産価格が高騰します。これはある意味当然で、需要が高まれば供給する価格は上がりますが、これがある種異常なレベルで起きたのです。この時代はバブル経済の影響で不動産だけではなく、世の中全体が浮かれていました。当時、芝浦で有名だったディスコ『ジュリアナ東京』は、まさにあの時代の象徴です。

冷静に考えれば、景気には必ず波があって、落ちれば上がるし、上がってもまた落ちます。実際にはある一定レベルで循環しているわけですが、上がっているときはもっと上がると思うし、落ちているときはもっと落ちると思い込むのが人の常です。循環がどういうスパンで起きているかとか、その程度が分かっていれば早めに手を打てますが、結局手を打てないで終わってしまうわけです。

バブル経済のときは、世の中全体が浮付いていて、とにかく不動産価格が高騰し、遂にはGDPがアメリカを抜くか抜かないかというレベルまで達しました。90年代前半にバブルは崩壊するわけですが、バブル経済の真っ最中にはそのことに気付くことができません。後になってあそこが崩壊だったと分かる。これがいわゆる景気動向というものです。そんな時代の中、バブルという大きなうねりが、都市開発にも大きな影響を与えています。

東京一極集中の是正、全国に「小東京」を育成 図

第1回でご紹介した1986年の「首都圏基本計画」に次いで、国全体では87年に「第4次全国総合開発計画」が出されます。これが多極分散型国土政策のそもそもの始まりですが、その背景には「中曽根民活」と呼ばれる民間活力の活用策もあり、経済の急激な発展に合わせた政策をつくります。「国土の均衡ある発展」という言葉があるため、常に地方の衰退をどうするかが焦点になります。このとき考えられたのは、東京一極集中はするものの、地方にも東京を、つまり日本全国に『小東京』をつくろうとした有名な政策です。

今でもこの「地域間の均衡ある発展」という言葉は生きていて、最近では安倍政権のスローガンである「地方創生」もこれに基づいています。地方も豊かになるという前提に立つ中で、実際には東京を中心にどんどん大都市が元気になって、地方は相対的にパワーダウンしていきます。

これは1962年に制定された第1次全総計画の基本目標である「地域間の均衡ある発展」から大きく外れているわけです「地方を強くする」という目標は誰にも文句の言えない政策であって、“そのためにお金を使う、それは仕方がない”の繰り返しになっています。では、その度に地方が元気になったかといえば必ずしもそうならずに、ますます衰退してしまっている。これが現状なのです。

規制緩和型の大規模都市開発がスタート 図

バブル経済真っただ中の88年、「再開発地区計画制度」が施行されます。これは、規制緩和によって大規模都市開発ができるというもので、昨今の再開発が続く動きの原型はここにあります。公共施設等がかかわる規制緩和型の都市開発制度として普及し、2013年時点で都内では68地区が都市計画化され、すでに終了している計画ですが、大崎駅前や、六本木ヒルズ、臨海副都心、東京ミッドタウン、虎ノ門ヒルズなど多数ありました。

これら全てに当てはまるポイントは、この88年のバブル経済の中で、とにかく開発しなければいけなかったということです。まとまった低・未利用地があれば合わせて土地利用転換を進め、その中で建築物と公共施設を一体化すれば特典を設ける。一言でいえばオプションを与えて、それによって容積率を緩和するという手法がここで出来上がりました。最近の東京での開発の流れは、30年前の再開発地区計画制度が大きく影響していて、バブル経済がなければできていなかったわけです。

日経平均特株価のピーク 図

そのあとの89年、年末の大納会で日系平均株価は終値で38,915円を付けました。最近は22,000円前後で推移していますが、現在の倍ほどの価格を付けたわけです。このころは、株を買えば必ず儲かるとさえ言われていました。株価はここでピークを打ったわけですが、この前後でも株価は動くので、実際にどこがピークかは分かりませんでした。後から考えればあそこがピークだったということで、実は89年末にピークまで上昇していたのです。しかし、バブル崩壊は株価のピークからは多少時間差があって92~93年です。

つまり景気の波をどう捉えるかにかかっています。今後の東京や日本全体の状況について、過去を見ればおよそ何が起こるかが分かります。ポイントはいつ起きるか、どこまで引き延ばすのか、この2点です。ただ唯一言えることは、過去のケースを見れば何かが分かるということです。

著者

市川 宏雄いちかわ ひろお

明治大学名誉教授
帝京大学特任教授
一般社団法人 大都市政策研究機構・理事長
特定非営利活動法人 日本危機管理士機構・理事長

東京の本郷に1947年に生まれ育つ。都立小石川高校、早稲田大学理工学部建築学科、同大学院修士課程、博士課程(都市計画)を経て、カナダ政府留学生として、カナダ都市計画の権威であるウォータールー大学大学院博士課程(都市地域計画)を修了(Ph.D.)。一級建築士でもある。
ODAのシンクタンク(財)国際開発センターなどを経て、富士総合研究所(現、みずほ情報総研)主席研究員の後、1997年に明治大学政治経済学部教授(都市政策)。都市工学出身でありながら、政治学科で都市政策の講座を担当するという、日本では数少ない学際分野の実践者。2004年から明治大学公共政策大学院ガバナンス研究科長、ならびにこの間に明治大学専門職大学院長、明治大学危機管理研究センター所長を歴任。
現在は、日本危機管理防災学会・会長、大都市政策研究機構・理事長、日本危機管理士機構・理事長、森記念財団都市戦略研究所・業務理事、町田市・未来づくり研究所長、Steering Board Member of Future of Urban Development and Services Committee, World Economic Forum(ダボス会議)in Switzerlandなど、要職多数。専門とする政策テーマ: 大都市政策(都心、都市圏)、次世代構想、災害と危機管理、世界都市ランキング、テレワーク、PFI

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