事業売却 成功と失敗を分ける決定的なポイント
~手放す勇気を持ち、失敗も糧にする経営者の一手~

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事業承継の手法の一つとして、いまM&A事例が増えています。M&Aの一形態である事業譲渡(売却)とは、具体的にどう進めていくものなのでしょうか。高級ブランド品のオンライン販売事業を譲渡したcomipro社長の櫻井知里氏に、初めての人が陥りやすい注意点やコツを含め、ご自身の体験談をお聞きしました。

M&Aと不動産売買との共通点

市場を通さず、売り手と買い手が当事者同士で価格や決済方法などを決める「相対取引」であるという点で、M&Aは不動産売買と似ています。実際には、M&Aも不動産売買と同じく、仲介会社が取り引きをサポートしてくれる場合がほとんどです。2021年春、私がEC事業を譲渡(売却)した際にはM&A専門のマッチングサイトを利用しました。

ただし、M&Aと不動産売買では歴史が大きく異なります。長年にわたって取り引きが繰り返されるなかで、不動産売買はトラブルを防ぐためのルールが整備され、積み上げられた売買事例が適正な相場を形成してきました。

一方、比較的、歴史の浅いM&Aは、その途上にあります。ここ数年でM&Aの仲介会社や案件数が増えて、環境は昔よりも整ってきたようですが、M&Aに対する世間の認識も含めて、ルールが広く一般化するまでにはもう少し時間がかかるかもしれないというのが、経験者としての実感です。

最終段階で起こった想定外のトラブル

事業譲渡にいたった理由はいくつかあるのですが、最も大きかったのは新規事業へのチャレンジに専念したかったことです。

もともとフリーアナウンサーとして活動していた経験もあり、コミュニケーションに悩みを抱えている方々を支援したいというのが、私の年来の願いでした。とくに、コロナ禍以降は直接的なコミュニケーションが減っています。モニター越しに顔を合わせ、通信環境によっては途切れてしまいがちな相手の話を聴くような日々です。そうなればコミュニケーションの質がより重要になってくるでしょう。

考えた末に、私はスタッフや提携するアナウンサーと連携して、人間の表情や声をAIで解析するシステムの開発に取り組みはじめました。やがて、基本的には私ひとりで担当していた従来のEC事業が、手薄になってきました。

しかしながら、8年にわたって続けてきただけに閉鎖するのはもったいないような仕組みになっていました。しっかり対応する体制さえ整っていれば、十分な収益を生み出せる。そこで、専任のスタッフを採用してEC事業を継続することも考えたのですが、限られた経営資源を新規事業に集中させるべきだと判断して、最終的には事業譲渡を決断しました。

間もなくマッチングサイトに情報を掲載し、結果として、譲渡契約にいたるまではたった2週間ほどのことでした。これは事業規模が小さかったことが要因なので、仮に人材の移動をともなう大がかりな案件だったとしたら、いわゆるデューデリ(買収監査)などの必要な手続きも増え、時間も手間も必要だったでしょう。

また、買い手様が個人であったことも、スムーズな契約の一因でした。法人相手なら資金力や社会的信用という点では安心かもしれませんが、決裁までのステップが必要です。あまり時間をかけたくなかったこともあって、当初から個人の買い手様への売却を想定していました。

交渉の焦点は売却額ですが、この点をスムーズにクリアできたのは、かつての経験が生きたからだと思います。実は、2018年にも同様のマッチングサイトを利用してEC事業の譲渡を試みたのですが、交渉がまとまらず、売却にはいたらなかったのです。

失敗の原因を端的にいうと、私の準備不足に尽きます。

たとえば、売却額について、おおよそのラインはあらかじめ想定していたものの、明確には示していませんでした。そのため、値下げを要求されるケースも多く、その交渉に時間と労力の多くを割かなければなりませんでした。

逆に、想定していた売却額の5倍以上の金額を提示する買い手様もいました。ただし、事業運営の責任者として私も入社することが条件であったため、一刻も早く新規事業に全力で取り組みたかった私としては、お断りせざるを得ませんでした。

このときの経験を教訓として、今回は売却希望額をはっきりと示して、その根拠となる資料も十分に準備したうえで交渉に臨みました。具体的にいえば、在庫分の200万円に加えて、契約成立後、商品の仕入れ方法や商品画像の撮影テクニックなど、3カ月間にわたってノウハウの移転を行うフォローアップ料金などを考慮した金額です。提示額の内訳をあいまいにしなかったことで、ほとんど値下げを求められなくなりました。

とはいえ、どれほど万全を期しても思わぬことが起こります。想定外のトラブルが起こったのは、フォローアップの終盤にさしかかる晩夏のことでした。いよいよサイトの運営を引き継ぐという最終段階にいたって、今でも具体的な原因は明かされていないものの、ECモールの登録申請の許可がおりなかったのです。買い手様としても「それでは買収した意味がない」ということになり、譲渡契約の白紙撤回と全額返金を求められてしまいました。

しかしながら、すでにフォローアップが終了してノウハウの移転も済んでいたため、白紙撤回は不可能でした。私は、買い手様にサイトが開設できるまでフォローしつづけることを提案しつつ、周囲の知恵も借りて、解決の道を探りました。買い手様の情報にかかわってくるので詳しくはお伝えできないのですが、なんとか無事にサイトの開設が許可されました。こうして事業を譲渡することができたのですが、この間は心身ともに疲弊して、新規事業どころではありませんでした。

納得できなければ、立ち止まって考え直す

かつて失敗に終わった事業売却へのチャレンジは、最終段階で思わぬトラブルに見舞われたものの、2021年秋、どうにか完了しました。そして、並行して進んでいた新規事業は同年9月に設立したcomiproという会社に結実しています。今では社外も含めると20名ほどのスタッフがいます。今後も、この思い入れの深い事業の拡大を目指しています。

しかし、事業譲渡での痛い経験は、私にとって貴重な糧となるはずです。世の中には、何かを手放すことでしか得られないものもある、と実感できたからです。私が得たものは、ハードルの高い新規事業にチャレンジする勇気でした。

そして、もう一つ、今回の案件を通じて学んだのは、何ごとも突き進むだけが正しいわけではない、ということです。何かひっかかるものを一つでも感じたら、立ち止まって考え直してみる勇気が必要でしょう。

また、専門家や経験者に相談して、進むべき道や方向性を示していただく。そうすることで長い目で見ればその方がよい結果につながることが多いような気がします。

M&Aは、事業承継の手法としても期待されています。選択肢が増えるという意味で、経営者にとっては望ましい環境が整いつつあるのではないでしょうか。

お話を聞いた方

櫻井 知里 氏さくらい ちさと

株式会社comipro代表取締役社長

フリーアナウンサーとしてTV、イベントなどで活躍するかたわら、別事業として不動産投資やEC事業も手がけ、2019年に法人化。2021年4月、EC事業を事業譲渡。2021年9月、comiproを設立。同社は、AIによる感情分析システム「comiproAI」を活用したコンサルティング事業やライブ配信事業などを行う。

[編集] 一般社団法人100年企業戦略研究所
[企画・制作協力]東洋経済新報社ブランドスタジオ

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