不動産価格指数とその応用
4-1. 不動産価格指数の目的
目次
かつて日本の不動産市場に「土地神話」という言葉があったのをご存じでしょうか。「土地の価格は上がり続ける」と強く信じられていました。この「土地神話」の出自はよく分かっていませんが、日本を代表する経済学者の1人である大河内一雄氏の著書「土地の値段」(1986年発刊)のなかで「日本の高度経済成長期(1955~73年)に、土地の値段がうなぎ上りで高騰していた頃、マスコミによって作られた造語ではないか」と述べられています。
「土地神話が、高度経済成長期に生まれた言葉である」ことは、私も信じてよいと思います。世界中のどの国を見ても、「高い経済成長の時期に、土地の価格が急激に上昇する」現象が起きており、それは史実でしょう。
日本の経済成長を示すGDP(国内総生産)と土地の資産額を比較すると、1955年から1985年までは経済成長と土地価格はほぼ並行して上昇していました。しかし、1985年から土地資産額だけが経済成長のスピードを超えて高騰し、これが日本の「不動産バブル」といわれた時期です。
1990年にバブルが崩壊すると、土地価格の下落が始まります。経済成長は大きく減速したものの、しばらくは土地資産額を下げながら、プラス成長が続いていました。しかし、1997年に山一證券が経営破綻した山一ショックが起こり、ロストディケード(失われた10年)といわれる、資産価格が下がり、経済そのものも縮小する時代に突入したのです。そして、2008年にはリーマンショックと呼ばれる世界金融危機が起こりました。
不動産価格指数の開発経緯
リーマンショック以前にも、世界的に不動産の価格が重要であるとの認識はありましたが、それを把握するための公的な統計はありませんでした。日本でも、バブル期に地価が上がったことは分かっていましたが、いつから、いくら上がったのか、正確に把握できていませんでした。
日本を含めて世界中の国がそのような状態でしたので、2006年にOECD(Organisation for Economic Co-operation and Development, 経済協力開発機構)とIMF(International Monetary Fund, 国際通貨基金)が、不動産価格指数の整備を進めようとOECDのフランス・パリ本部で「Workshop on Real Estate Price Indexes(不動産価格指数のためのワークショップ)」を開催しました。世界中から経済統計の研究者、中央銀行の関係者らが集まって、議論が始まりました。
ONS(Office for National Statistics, 英国国家統計局)出身のデイビット・フェニック氏は、ワークショップでの講演で、不動産価格指数を整備しなければならない理由を、次のように説明しました。
「不動産価格指数がなければ、マクロ経済学的に地価がインフレーションかどうかを測定できない。金融政策の重要なターゲットであるCPI(Consumer Price Index, 消費者物価指数)に占める住宅の割合はどの国でも25~30%と高く、住宅関連支出の変化が分からなければCPIを歪んだ形でしか捉えられない。資産の多くを不動産・住宅が占めているため、それに融資している金融機関がもっとも多くのリスクを抱えているのも不動産・住宅である」
中央銀行の関係者も「不動産バブルの発生と崩壊によって金融危機が繰り返されてきた」と指摘しました。不動産価格のバブルを国際的に比較する重要性が高まっているにも関わらず、その捕捉ができておらず「不動産価格指数は、適切な金融政策を行うための重要な情報資源である」と強調したのです。
リーマンショックの翌年の2009年5月に国連(United Nations)のオタワ会議が開催され、同年11月にBIS(Bank for International Settlements, 国際決済銀行)で国際会議が開かれました。この時に、BISの専門家から「私たちは、1990年のバブル崩壊によって日本が迎えた長期的な経済停滞という苦い歴史を共有している。あの歴史に学ばなければならない」と言われたことが強く印象に残っています。
バブル崩壊後、日本は不良債権問題に長く悩まされてきました。1997年の山一ショックのあと、不良債権処理は日本政府が優先すべき経済課題でした。小渕恵三内閣(1998年7月~99年1月)が設置した経済戦略会議で金融担当だった慶應義塾大学の竹中平蔵教授(当時)も「いくら不良債権があるのかが、実は分からない。どれだけ公的資金を投入しても、不良債権が減っていかない」と悩んでいました。その理由は正しい統計が無かったからです。
こうした経験は、日本だけでなく、スウェーデン、米国でも同様でしたので、2010年のG20(Group of Twenty)でIMFの提案によって、公的な意味の不動産統計を整備することが意思決定されました。
2009年11月のBISでの会議のあと、2010年3月にUNECE(United Nations Economic Commission for Europe, 国連欧州経済委員会)とILO(International Labour Organization, 国際労働機関)がスイス・ジュネーブで開催した会議で、住宅価格指数の整備の進捗状況が確認されました。2011年2月にオランダ統計局で開催された会議で準最終草案が公開され、2012年から住宅価格指数の公開が始まりました。
商業用不動産の不動産価格指数の整備が始まったのは2012年5月からです。2014年9月にはドイツのフランクフルトで欧州中央銀行を中心にハンドブックを作るプロジェクトが始まり、同年11月にワシントンのIMFで開催された会議には、アラン・グリーンスパン元FRB(連邦準備制度理事会)議長、現在は欧州中央銀行総裁のクリスティーヌ・ラガルドIMF専務理事、ノーベル賞を受賞した米国イエール大学のロバート・シラー教授、米国マサチューセッツ工科大学(MIT)のデイビッド・ゲルトナー教授、そして私も招待されて、不動産価格指数の議論を行いました。その後も活発に国際会議が開かれていますが、公的な不動産価格指数が一気に整備されてきたのは、ここ15年ぐらいのことなのです。
バブル現象とは何か?
1990年に日本で不動産バブルが崩壊したとき、どのような問題が起き、日本銀行や大蔵省(現在の財務省)がどのような失敗をしたのか。当時は、政策変更に対して、適切な判断ができなかったと言われています。正しい不動産価格指数が無かったので「地価が実際にどれくらい上がっているのかを理解できなかった」と、当時の日銀総裁がのちに振り返っています。
バブル崩壊後も、いくら下がっているかが分からないので、どこまで不良債権が増えていくのかを予測できませんでした。2010年のG20の席上で、IMFは「当時の日本では政策当局と市場の間に、インフォメーションギャップ(情報格差)があった」と指摘したのです。
当時、竹中平蔵氏から私に依頼があって、実際の不動産取引価格のビックデータを集めて、1974年からの不動産価格の変化を、「ヘドニック法(不動産価格は、その構成要素によって説明されるという考え方)」を用いて推計する研究を行いました。不良債権額は路線価をもとに見積もられますが、その路線価は公示地価をベースにしているので、当時の地価がどういう状況だったのかを知る必要があったのです。
1980年から1993年の間、実際の取引価格は公示地価より極めて高い水準で上昇しており、1985年時点で公示地価は取引価格の60%ぐらいしかありませんでした。バブル崩壊で地価が下がり始めましたが、実際の取引価格よりも、公示地価のほうが20%から30%近く高い水準にあったことが分かりました。
公示地価が高止まりすれば、不良債権額は過小に評価され、十分な処理ができません。損失が残ったまま、ズルズルと公的資金を入れ続けなければならかったのです。
「不動産価格が収益を超えて大きく上昇する現象が、バブルである」というのが世界的な共通認識と言えるでしょう。それ以上に、負債が所得と純資産との比較の中で相対的に上昇し、レバレッジ(てこの原理)が高まる社会ではリスクが高まります。資本の流入が持続し、生産性の上昇が資産価値や負債の増加に比べて遅れるという状況が起こることでバブルが発生したのが、1980年代の日本のバブルでした。それが崩壊したことで、長い景気後退を迎えたのです。
鑑定価格の問題点
日本の不動産価格指数の整備状況を見ると、公示地価のほかに日本不動産研究所の市街地価格指数があります。不動産証券化協会(ARES, The Association for Real Estate Securitization)には「ARES不動産投資インデックス」、米国MSCI(Morgan Stanley Capital International)に買収されたイギリスIPD(Investment Property Databank)の「MSCI-IPDジャパン・マンスリー・プロパティ・インデックス」もありますが、ほとんどのインデックスが鑑定価格をベースに指数が作られています。
鑑定価格は、不動産鑑定士という専門家が決定した価格であり、マーケットが決めた価格ではないので、先ほどの研究結果のように、実際の取引価格より公示地価が高くなったり低くなったりする傾向が出てしまいます。
鑑定価格の問題点として、人間の判断が過去の延長線上でしかスムーズに働かないので、マーケットの価格と乖離してしまうことがあります。ほかには、本当はもっと急激に価格が上がっているのに、それに遅れてしか上がらない「タイムラグ問題」があります。
「クライアントプレッシャー問題」は、クライアントが金融機関の場合、不良債権が顕在化しないように鑑定評価額を高めに書くようにプレッシャーを掛けることがあります。世界中でそうした問題が起こって、鑑定評価の指数そのものにバイアスが大きく出てしまっているので、政策指標として不動産価格指数の整備が必要になったのです。
UBSアセットマネジメントのエコノミストであったデイビット・ビューク氏は、リーマンショックの後に、次のように述べています。
「不動産投資リスクとして、注意しなければならないのは流動性リスクと言われるが、実は不動産鑑定評価リスクがあることを注意深く見なければならない。特に投資するときは、一つひとつの不動産を選別する必要がある」
私も参加して国際機関で作成した不動産インデックスのハンドブックにおいて、鑑定価格のインデックスを否定し、「実際に市場で取引される取引価格を使ってインデックスを作るべき」と提言しています。
ただし、エリアによって取引量が多いところと、少ないところがどうしても出てしまいます。日本の地方都市などでは取引量がものすごく少ないので、取引価格をもとにした指数を作成できるのかという課題もあります。
スピーカー
清水 千弘
一橋大学教授・麗澤大学国際総合研究機構副機構長
1967年岐阜県大垣市生まれ。東京工業大学大学院理工学研究科博士後期課程中退、東京大学大学院新領域創成科学研究科博士(環境学)。麗澤大学教授、日本大学教授、東京大学特任教授を経て現職。また、財団法人日本不動産研究所研究員、株式会社リクルート住宅総合研究所主任研究員、キャノングローバル戦略研究所主席研究員、金融庁金融研究センター特別研究官などの研究機関にも従事。専門は指数理論、ビッグデータ解析、不動産経済学。主な著書に『不動産市場分析』(単著)、『市場分析のための統計学入門』(単著)、『不動産市場の計量経済分析』(共著)、『不動産テック』(編著)、『Property Price Index』(共著)など。 マサチューセッツ工科大学不動産研究センター研究員、総務省統計委員会臨時委員を務める。米国不動産カウンセラー協会メンバー。
【コラム制作協力】有限会社エフプランニング 取締役 千葉利宏