不動産価格指数とその応用
4-2. 不動産価格指数の測定方法:データと方法

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目次

不動産価格指数について「不動産市場の実態から、ブレているのではないか?」という指摘をしばしば聞きます。そうした問題は「指数の測定方法やデータ資源を、何に求めるか」に起因しています。

測定方法の種類と特徴

不動産価格指数を作成するには、大きく2つの方法があります。1つは、米国の経済学者であるロバート・シラー氏とカール・ケース氏が作成した「ケース・シラー指数」に使われている「リピートセールス法」です。もう1つは、デジタルカメラやテレビなどの価格指数を作るときに適用されてきた「ヘドニック法」があります。それ以外に「ミックス・アジャストメント法」を追加してもよいかもしれません。

毎年大量に生産されている「りんご」のような商品の価格指数は、1期から10期までの価格データを集めて比較すれば作ることができます。しかし、不動産は同じものが2つとない性質を持っている商品であり、同じ取引が毎月・毎年連続して起こることはありません。

ある不動産の「物件1」が、10年の間に1期と4期と9期で取引があっても、それ以外の期のデータがありません。「物件2」の不動産は、10期の間で取引は8期の1回だけだったとします。このような頻度の取引では、同じものを比較して指数を作ることはできません。飛び飛びで発生する取引の間を、何らかの形で埋めていく必要があります。

このような商品の価格指数を作る方法として提案されてきたのが「ヘドニック法」や「リピートセールス法」です。両方とも、あたかも同じ品質のものが一定期間、連続して取引されていることを前提として指数を作ります。

もちろん、それぞれに長所と短所があります。ヘドニック法の問題点は「欠落変数バイアス(omitted variable bias)」にあります。推計上、変数の品質を固定化して価格指数を作る必要がありますが、不動産の品質そのものが分からないからです。計量経済学的に欠落変数バイアスが生じると、正しく指数を作れません。

リピートセールス法は非常に分かりやすい方法ですが、同じ不動産の取引が10年間に3回あっても、まったく同じ不動産が取引されたと仮定するのには問題があります。1期と4期に取引された場合、3年の間に建物には経年変化が起こります。さらに、この間にリノベーションが行われていれば、同じものとして比較できません。

価格が反転するタイミング

基本的なリピートセールス法、リピートセールス法の一種であるケース・シラー法、ヘドニック法など、さまざまな手法で取引の価格指数を推計してみると、その手法によって価格が反転する時期に違いがあることが分かってきました。

バブルが崩壊した1990年以降で価格が反転する時期は、ヘドニック法で見ると2002年には反転していると分かりますが、リピートセールス法では2004年まで価格が下がり続ける結果が出ました。

この問題が明らかになったことで、国際機関は「リピートセールス法を使わずに、ヘドニック法を使うべきだ」と提言しています。

データの違いによる価格指数の変化

不動産価格指数の多くは、鑑定価格や租税のための評価額のデータを使って作られています。日本でも、公示地価や路線価などの鑑定価格を見て、「地価が上がった、下がった」と言います。鑑定価格は、高度の専門性を持った鑑定士が決めていますが、人間が評価するのでどうしても誤差が出てきます。

また、価格指数を作る場合には、土地と建物を分離しなければならないという問題もあります。土地だけの指数、建物だけの指数をどう作るのかという議論も行われてきました。商業不動産価格指数では、鑑定価格を使って多くの指数が作られているので「取引価格で指数を作れないか」という議論が続いています。

私も、カナダの名門ブリティッシュコロンビア大学のアーウィン・ディワート教授と、取引価格を使って不動産価格指数を作る研究を進めてきました。国土交通省がホームページで公開している取引価格を使った場合、REIT(Real Estate Investment Trust, 不動産投資信託)の鑑定評価を使った場合、公示地価を使った場合、それぞれにどのような指数になるかを比較する研究です。

この3つの価格指数を2005年から2015年でグラフに表すと、2008年のリーマンショックのあと、取引価格を使った指数は大きく下がりましたが、REITの鑑定評価はそれほど下がっていないことが分かります。

また、土地と建物の価格指数を「ビルダーズモデル」という方法を使って分離して推計してみました。これをグラフに表すと、不動産価格が上がったり下がったりするのは、土地価格に由来して価格変動が生じていることが分かります。建物価格のほうは、ほとんど変動していません。

土地と建物を分離する方法を、取引価格・REIT・公示地価のそれぞれに適用して比較すると、取引価格を使った地価のピークは2007年でした。2007年に大きく上がったあと、すぐに価格が下がり始めます。REITのデータでは、2008年まで土地価格が上がり続けます。公示地価も、2007年に大きく上昇することが分かります。公示地価などの鑑定価格を使うと、マーケットを正しく評価できないので、国際ハンドブックでも、取引価格を使うことを強く推奨しています。

募集価格と取引価格

もう1つの重要なのが、住宅価格指数を作成する場合、「実際の取引価格を使うのか、不動産ポータルサイトに表示された募集価格でもよいのか」という議論です。

私たちが最初に見る住宅価格は、売り手が「いくらで売りたい」とポータルサイトで募集する「募集価格」です。次に、買い手が現れて「いくらで買いたい」という「申込価格」、住宅ローンの審査が通ったときの「評価額」、最終的に成約した「取引価格」と、時間を追って価格は変化していきます。

英国の統計局が、段階的に変化していく価格を「P1」「P2」「P3」「P4」に分けてデータを集め、分析を行っています。最初の募集価格P1は売り主の願望などのノイズ(雑音)が入っているので、3,000万円で売りたいと募集しても、成約価格P4は2,900万円になってしまうかもしれません。そうした価格の変化を、日本のデータを使って確認しました。

最初にポータルサイトに物件が掲載されると、「5,000万円で売りたい」というP1が分かります。しかし、なかなか5,000万円では売れなかったので、募集価格を下げて4,900万円で買い手が見つかったとすると、ポータルサイトの掲載価格でP2が分かります。不動産流通業者の不動産共通データベースのREINS(Real Estate Information Network System, 不動産流通標準情報システム)を見ると、実際に流通業者が取引したP3が記録されています。さらに不動産登記簿にもとづいて、国土交通省が買い手にアンケートを行い、実際の取引価格P4が分かります。

価格の変化を時間で追っていくと、P1が見えてからP2 が見えるまでに10週間、さらにP3 が見えるまでに5.5週間、P4までは15.5週間、つまりP1からP4 まではおおよそ30週間掛かっていることが分かります。マーケットで不動産価格が見え始めてから、実際に取引価格が見えるまでに半年以上掛かるので、「P1のノイズがいくら大きくても、P1を使ったほうが早くマーケットの変化を見ることができるのではないか」という議論が行われてきました。

実際にP1とP4で、どれぐらい誤差があるのかを比較する実験を行いました。データを単純に比較すると、P4はP1と比べて価格が安くなります。P1の募集価格は一般的に高いと言われますが、実際の分布をグラフに表しても高くなっているように見えます。

ここで、不動産の品質を揃えてみました。同じような属性、大きさ、築年数、立地の物件で比較すると、価格の分布が一致することが分かりました。この実験から、ノイズがあると思われているポータルサイトの募集価格は、品質の違いから由来して価格が違うように見えているだけで、P1とP4の価格分布はそれほど違わないことが分かったのです。

進化する価格推計技術

統計学では、確率プロット「Q-Qプロット(quantile-quantile plot)」を使ってデータをグラフに表したとき、45度線に乗ってくると「正規分布に従っている」と分かります。つまり、2つのデータの変化は同じであると言えます。

さまざまに品質を補正して、募集価格と取引価格を比較する実験を繰り返すと、グラフが45度線に乗ってくることが分かってきました。つまり、募集価格を見れば、非常に早い段階で価格の変化が分かるので、P1を使ってインデックスを作ったほうが早く価格の変化を把握できることになります。

しかし、価格の変化より早く動く指標を探してみると、「市場滞留時間」がありました。さらにP1とP4の価格比が、価格が変化する前に動く「リードラグ構造」も発見されました。「価格の変化だけではなく、価格比や市場滞留時間も見ていく必要があるのではないか」という議論も行われています。

価格を推計する技術は、どんどん発展しています。価格の違いは、価格そのものが変化することもあるし、地域の違いで生じる価格の変化もありあす。モノの属性が違うことでも価格が変化します。

価格の変化を分解していくと、細かい単位で変化を読み解くことができます。シカゴ大学のダニエル・マクミラン先生と私で新しい推計方法を共同開発したので、新しい推計方法にもぜひ注目していただきたいと思います。

スピーカー

清水 千弘

一橋大学教授・麗澤大学国際総合研究機構副機構長

1967年岐阜県大垣市生まれ。東京工業大学大学院理工学研究科博士後期課程中退、東京大学大学院新領域創成科学研究科博士(環境学)。麗澤大学教授、日本大学教授、東京大学特任教授を経て現職。また、財団法人日本不動産研究所研究員、株式会社リクルート住宅総合研究所主任研究員、キャノングローバル戦略研究所主席研究員、金融庁金融研究センター特別研究官などの研究機関にも従事。専門は指数理論、ビッグデータ解析、不動産経済学。主な著書に『不動産市場分析』(単著)、『市場分析のための統計学入門』(単著)、『不動産市場の計量経済分析』(共著)、『不動産テック』(編著)、『Property Price Index』(共著)など。 マサチューセッツ工科大学不動産研究センター研究員、総務省統計委員会臨時委員を務める。米国不動産カウンセラー協会メンバー。

【コラム制作協力】有限会社エフプランニング 取締役 千葉利宏

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