イノベーションを阻害する経路依存性という病【セミナーレポート】
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次々に巻き起こるイノベーションによって競争が激化する世界市場。そうした中、抜本的な改革を起こせない日本企業は果たして生き残れるのか?多くの企業が陥る“経路依存性”という問題について、入山章栄氏と市川宏雄氏による対談で明らかにしていきます。
イノベーションを起こせない企業は市場から去る時代に
市川 今の日本企業に足りていないのはイノベーションであると、多くの人が理解していると思います。それなのに、なぜ改善されないのか。現状について、入山先生はどう認識されていますか?
入山 市川先生がおっしゃるとおり、「頭ではわかっていてもできない」という問題があると思います。たとえば、なぜアメリカで次々にイノベーションが起こるのかというと、そうでないと会社が潰れてしまうからです。GAFAを始め、世界の時価総額ランキングの上位を占める企業を見渡せばほとんどが創業20年以内なんですね。ところが日本の場合、下手をすると創業100年を超えるようなレガシー企業がトップクラスに位置している。「イノベーションを起こせなくても生き残れてしまう」のが、日本の最大の課題でしょう。過激な発言で怒られるかもしれませんが、イノベーションを起こせないレガシー企業には退場していただくべきです。優秀な人材が「出る杭は打たれる」中で苦労されているのは、実にもったいない。今、フィンランドではテック系スタートアップが盛り上がっていますが、あれは業績が悪化したノキアが大リストラを敢行し、優秀な人材がみずから起業しはじめたのが理由です。
市川 それと同じように、日本でも優秀な人材が自由にイノベーションを発揮すべきだと。
入山 そうですね。一から起業するのではなく、今ある会社を生まれ変わらせたいのなら、トップが強くなければなりません。よく僕が“知の探索”と申し上げている「遠くを見て、果敢なチャレンジにコミットする」姿勢を持ち、長期政権を担うことが大切です。日本はトップの任期が2~3年と短い場合が多く、それでは長期的なビジョンの下で保守的な社内体制を変えることができません。この他に別の手段としては、出島組織を作るのもおすすめです。会社本体から切り離して「出る杭」人材をたくさん集め、そこでチャレンジに取り組むのです。あのアマゾンも1年におよそ70の新規事業に着手し、その多くが1年半に撤退しています。失敗を恐れずにチャレンジし続けることで、「AWS」のように大成功する事業も生まれるのです。
経路依存性を克服するためには
市川 なぜ「頭ではわかっていてもできない」状況に陥ってしまうのでしょうか?
入山 イノベーションを阻む最大の要因が、経路依存性です。経営学や経済学では、パスディペンダンスとも呼ばれています。会社組織は複雑な要素がそれなりに合理的に絡み合っているのですが、そうなるとどこか1つの要素だけを変えようとした場合、これまでうまく噛み合っていた他の要素から抵抗にあってしまうのです。
市川 一度うまくいった仕組みが、逆に足枷になってしまうと。
入山 はい。僕がよく使う例は、多様な人材を受け入れてイノベーションを生み出そうというダイバーシティ経営です。導入しようにもなかなか進まない企業が多いのですが、これは新卒一括採用や終身雇用、一律的な評価制度といった、ダイバーシティとは真逆のやり方でうまく噛み合ってきた経緯があるからです。本当に多様な人物を受け入れたいのなら、多様な働き方や評価制度を実施しなければいけないのに、経路依存性に陥ってしまって改革できないのです。
市川 新卒一括採用や終身雇用などは、高度経済成長期に経験してきた成功体験ですものね。その頃のやり方に、今も縛られてしまっている。
入山 戦後はたくさんのベンチャーがイノベーションを起こしましたが、高度経済成長期になると欧米のアイデアや技術を用いて高価値な製品を作ろうというキャッチアップ型企業が主流になり、現場の強さ、オペレーショナル・エクセレンスで競い合うようになりました。そうなると、従業員間でもめないため人材は一律であるほうがよく、むしろ多様性は排除したほうが都合がいい。バブル崩壊後は一転してイノベーションが必要になったわけですけど、まだまだ多くの企業は前時代に固着した経路依存性に陥っています。これを打破する方法のひとつは、DXでしょう。小手先ではなく、本気でDXを推進しようとすれば、企業の体制を抜本的に改革しなければならないからです。また、DXが最初にぶつかる障害は人事であることが多く、人事権や評価制度を大胆に変えることができれば、経路依存性からの脱却に勢いをつけられるはずです。
中小企業は果たして生き残れるのか
市川 中小企業はどうでしょうか? やはり経路依存性の問題に苦心しているところがほとんどだと思うのですが、どれくらいの企業がうまく立ち回れると思われますか?
入山 僕が尊敬しているコンサルタントの冨山和彦さんは、「社内体制を改革してイノベーションを起こし、これからの時代を生き残れる会社は2割くらいだろう」とおっしゃられていました。正解はわかりませんが、僕も1~2割しか生き残れないのではないかと予感しています。
市川 私も同じような感覚を持っています。
入山 日本の人口は約1億人。世界から見ると恐ろしく小さいのですが、とはいえここだけでもやっていけるという中途半端なマーケットでした。日本の所得水準が下がり続ける今はそうもいかなくなりましたが、国内向けのぬるい環境でやってきた企業には、グローバルの競争力が圧倒的に足りていません。
市川 気づいたら国内だけでは立ち行かなくなり、“ゆでガエル”になってしまっています。それと、言語の問題も大きいですよね。これまでは日本語が国内市場を守る1つのバリアになっていましたが、昨今の翻訳機能は驚くレベルで、状況が大きく変わると思っています。
入山 そうですね。特に日本語に守られてきたサービス業は、今後の行く末を大変危惧しています。大学も同様のガラパゴス業界で、世界ランキングは落ちるばかり。東京にある大学は、いずれ半分くらいになるのではないかと思っています。
市川 生ぬるい環境で生きながらえてしまってはダメです。海外企業に手痛い目に遭わされ、そこで目覚めるという機会も必要ということなのでしょうか。
入山 まずは、経路依存性を取り外さなければなりません。それから遠くに認知を広げていこうとする“知の探索”と、儲けが出る分野を見定めて磨き込む“知の深化”、どちらをも推し進めていく「両利きの経営」を実現していくことが大切です。
登壇者
入山 章栄 氏
早稲田大学大学院経営管理研究科(早稲田大学ビジネススクール)教授
三菱総合研究所で、主に自動車メーカー・国内外政府機関への調査・コンサルティング業務に従事した後、米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.(博士号)を取得。専門は経営学「Strategic Management Journal」など国際的な主要経営学術誌に論文を多数発表。著書は「世界標準の経営理論」(ダイヤモンド社) 他。
市川 宏雄 氏
都市政策専門家 明治大学名誉教授
日本危機管理防災学会会長、日本テレワーク学会会長などの学術的活動に加え、文京区/中央区都市計画審議会会長、港区/渋谷区基本構想等審議会会長をはじめ、国土交通省、内閣府等の政府委員を多数歴任。東京都の政策立案に30年にわたって関わり、「国際金融都市・東京」構想に関する有識者懇談会のメンバー。