不動産価格指数とその応用
4-3. 不動産価格指数の新展開

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目次

不動産価格指数を作成する方法には、「リピートセールス法」や「ヘドニック法」があります。国際的には「ヘドニック法」の利用が推奨され、これまでに30カ国以上でヘドニック法を使った不動産価格指数が誕生しています。米国では、一部の民間機関で「リピートセールス法」の指数も利用されていますが、政府統計機関では「ヘドニック法」が採用されています。

プレゼント・バリュー・メソッドとは?

不動産価格指数の新しい推計方法として「プレゼント・バリュー・メソッド(Present Value Method)」が提案されています。

不動産価格は、「将来収益の割引現在価値」と考えることができます。この現在価値(プレゼント・バリュー)の性質に注目して不動産価格指数を作るというアイデアです。

不動産の現在価値は、不動産の「収益」を、現在価値に割り戻すために「割引率」で割る、という方程式で求めます。不動産の価格が収益(家賃収入)で決まるのであれば、収益を価格で割ることで「割引率」を求めることができます。

ヘドニック法の方程式では、不動産の「価格」と「収益」の価格比から割引率を算出します。この方程式を使うと、「収益の推計パラメータ」から「価格の推計パラメータ」を引いた値は「割引率」の推計パラメータに等しくなります。

REIT(Real Estate Investment Trust, 不動産投資信託)では、家賃・価格・鑑定時の割引率が公表されているので、これらのデータを使って、割引率の推計パラメータを直接計算することもできます。この2つの方法で計算した推計パラメータを比較すると、その値が一致するという非常に面白い性質を持っていることが分かります。

この性質を利用して2001年から10年間の指数を計算すると、不動産の価格は2004年ぐらいから大きく上昇し、リーマンショックが発生した2008年の第3四半期をピークに下がり始めることが分かります。このときの家賃と割引率の関係を見ると、価格が上がっていた時期は家賃も上がり続けていましたが、割引率は2004年以降、下がり続けていました。価格は家賃を割引率で割った値ですから、分子である家賃が大きくなり、分母の割引率が小さくなった結果、価格が家賃を上回って大きく上昇したことが分かります。

リーマンショックの後、価格が下がる局面では、家賃が下がり始めましたが、割引率は上がったために、価格が大きく下落しました。

金融市場における割引率の動き

この推計が正しいかどうかを検証するために、割引率に注目してみました。不動産価格は、家賃と割引率によって決まりますが、REIT市場の鑑定価格は取引価格に比べて、ゆっくりとしか動きません。取引価格はもっと下がっているのに、鑑定価格はそれほど下がらないのです。その原因として、「家賃や割引率のRigidity(硬直性)のために鑑定価格が正しく動いていないのではないか」という仮説を立てました。

ここで、マクロ経済学の教科書に出てくる「Tobin's Q(トービンのQ)」という指標を考えてみましょう。REITを1つの会社と捉えると、会社のアセット(資産)はREIT法人のSPC(Special Purpose Company, 特定目的会社)が持っている不動産しかありません。トービンのQは、資産である不動産の合計が、会社のエクイティ(ストック, 株式)とデット(負債)の合計と一致するという考え方です。

REIT法人の株価は、東京証券取引所(東証)に上場しているので毎日見ることができますし、負債も公開されています。不動産の価格の合計は、株式と負債の合計で決定されるので、株価と負債の変化をみることで、不動産の価格を推計できることになります。

実際に上場しているREIT法人のトービンのQを計算すると、資産の合計と株式と負債の合計は一致しません。上下にブレながら変化しています。しかし、トービンのQを使うことで、金融市場で算定されている割引率が計算できます。

リーマンショック以前の鑑定価格の割引率は、不動産の価格が上がる局面では下がり続けていました。価格が下がるときは上がり始めましたが、ゆっくりとしか動きませんでした。しかし、金融市場における割引率は、鑑定価格の割引率に比べて急激に下がり、不動産価格が下がる局面では、鑑定価格の割引率より早いタイミングで急上昇したことが分かります。

価格変化をいち早く見出す方法

投資価値を評価する方法である「ゴードン・グロース・モデル」を使うと、割引率は安全資産の利回りにリスクプレミアムを加え、収益(家賃)の成長率を引いた値となります。安全資産の利回りはJGB(Japanese Government Bond, 政策投資銀行)の10年物債券のイールドカーブ(債券の利回りと償還期間の相関性を示したグラフ)から得られますし、家賃の変化率が分かれば、リスクプレミアムが計算できます。

リスクプレミアムの変化をグラフに表すと、リーマンショックの少し前から金融市場では上がり始めていました。鑑定価格ベースのリスクプレミアムはリーマンショックが発生して初めて上がり始めますが、金融市場ではリーマンショック前からリスクプレミアムは上がり始めていました。

家賃も、REIT法人で公表されているのは、契約家賃です。契約期間中は市場家賃が変化しても、契約時に取り決めた同額を払い続ける家賃です。

一方、市場家賃は、状況に応じて変化します。テナントが入れ替わるとき、市場がよければ高い家賃で契約するし、悪ければ低い家賃でしか契約されません。グラフで表すと、市場家賃はリーマンショックの前まで非常に速いスピードで上がり始めていましたが、契約家賃はゆっくりとしか上がりません。リーマンショックが起こると市場家賃は一気に崩れましたが、契約家賃の下がり方はゆっくりでした。

こうした性質の変数を「カルボ・パラメータ(Calvo Parameter)」といいます。価格には粘着性があります。価格の改定にはコストが掛かるため、物価も市場動向に合わせて変化しているわけではありません。実際に契約家賃のカルボ・パラメータの値を計算すると、価格が改定されない確率のほうが圧倒的に高いことが分かります。

市場家賃と金融市場の割引率から算出した指数A、鑑定家賃と金融市場の割引率の指数B、そして鑑定価格の指数Cをグラフにして比較すると、AとBはリーマンショックが来る前にピークを迎え、価格が下がり始めていました。しかし、Cはリーマンショックが起きてから時間差を持って下がっていたことが分かります。

新しいプレゼント・バリュー・メソッドを使えば、価格の変化をいち早く見出すことができるのです。

国際比較が可能な不動産価格指数

米国でも、MIT(マサチューセッツ工科大学)のデイビット・ゲルトナー教授が、株価ベースの指数の公開を始めました。それ以前からNCREIF(National Council of Real Estate Investment Fiduciaries, 米国不動産投資受託者協会)のREITデータを使い、リピートセールス法で従来の鑑定価格ベースでつくられた商業不動産価格の指数、NCREIFが公表している取引価格ベースの指数、ムーディーズがRCA(世界的な不動産調査会社であるReal Capital Analytics)のデータを使ってリピートセールス法でつくった指数がありました。この3つの指数とゲルトナー教授の株価ベースの指数をグラフにして比較すると、株価ベースの指数がほかと比べていち早く動いていることが分かります。

私の研究室でも、株価ベースのデータを使って不動産価格指数を開発し、三井住友トラスト基礎研究所とProp Tech plusから公開しています。

RCAでは、取引価格のデータを世界中から集めており、このデータを使ってMITが「プライス・ダイナミックス・プラットフォーム」を運営しています。ここでは、世界15カ国で350の不動産価格指数が公開されています。

これらの指数は、同じようなデータ源・同じ手法で計算されているので、「東京だけでなく、上海・香港・シドニーなどの指数を、純粋に比較できる」という強みを持っています。このデータベースはMITから公開されていますし、RCAからも有料配信されています。

スピーカー

清水 千弘

一橋大学教授・麗澤大学国際総合研究機構副機構長

1967年岐阜県大垣市生まれ。東京工業大学大学院理工学研究科博士後期課程中退、東京大学大学院新領域創成科学研究科博士(環境学)。麗澤大学教授、日本大学教授、東京大学特任教授を経て現職。また、財団法人日本不動産研究所研究員、株式会社リクルート住宅総合研究所主任研究員、キャノングローバル戦略研究所主席研究員、金融庁金融研究センター特別研究官などの研究機関にも従事。専門は指数理論、ビッグデータ解析、不動産経済学。主な著書に『不動産市場分析』(単著)、『市場分析のための統計学入門』(単著)、『不動産市場の計量経済分析』(共著)、『不動産テック』(編著)、『Property Price Index』(共著)など。 マサチューセッツ工科大学不動産研究センター研究員、総務省統計委員会臨時委員を務める。米国不動産カウンセラー協会メンバー。

【コラム制作協力】有限会社エフプランニング 取締役 千葉利宏

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