不動産価格指数とその応用
4-4. 不動産デリバティブ

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目次

不動産の価格指数が整備されると、不動産市場でも保険のような商品がつくれるようになります。これまで英国を中心に、不動産デリバティブ(派生商品)の開発が進められてきました。

不動産投資では、以前「ポートフォリオ基礎」で解説したように、不動産をどのように買って保有するかが重要です。不動産を買うことで保有することになるリスクを、どのようにヘッジ(担保)するか。その方法として、デリバティブでヘッジするという考え方があります。

英国から始まったデリバティブ研究

英国では、不動産デリバティブの研究に1990年代初めから取り組んできました。1991年のロンドン商品取引所(London FOX, London Futures & Options Exchange)を最初に、94年・98年・99年と、不動産価格指数を使ったデリバティブが生まれています。

デリバティブを使うことで、不動産のリスクを手放したい人はリスクを手放せるし、そのリスクを取ってリターンを得たい人はリターンを得ることができます。従来は不動産を保有しなければリターンを得られませんでしたが、保有せずにリターンを得られるようになるのです。同様に、不動産のリスクが大きいと感じたときは、不動産を売却する以外にリスクを手放すことができませんでしたが、デリバティブを使って不動産を保有したままリスクを減らすことができるようになります。

デリバティブの仕組みでは、取引の場を設定するイッシュイングバンク(Issuing Bank, 発行銀行)を中心に、不動産リスクの売り手は、不動産のリスクを売る代わりに、ライボー(LIBOR, ロンドン銀行間取引金利)からマージン(手数料)を引いたものを得ます。

不動産から得られる家賃収入は、イッシュイングバンクを通じてリスクを買った人が得ることになります。売り手は、価格が上がる時のリターンも手放すことになりますが、安定した金利を毎月もらいながら、価格が下がった時のリスクを手放すことができます。

知名度の高いビルなどを扱う不動産は、所有者も簡単に手放さないので、買いたいと思ってもなかなか手に入れることはできません。所有者にとって「どうしても売れない」不動産のリスクを売ることなく手放し、買い手は不動産を持つことなくリターンを得ます。売り手と買い手の両方がいれば、不動産そのものを取引せずに売買できますし、デリバティブなら小口化して魅力的な投資商品にできますが、なかなか普及しませんでした。

不動産デリバティブが普及しなかった理由

その理由は、不動産業界にデリバティブの知識がないこと、デリバティブの人たちには不動産の知識がないことでした。そのため、市場はなかなか大きくなりませんでした。さらに「投資資金の一方的な流れ」が生じやすいという問題もあります。価格が上がると予想すると誰もが上がると思い、下がるときは誰もが下がると思うので、売り手と買い手が成立しなくなってしまいます。

2008年のリーマンショック前に、ポール・マクナマラ氏が講演で指摘したように「知識が足りない」「不動産価格指数がない」「マーケット観が組成されていない」「税制など様々な制度的な問題がある」など、市場が育つ環境が整っていませんでした。

これまでメディアで報道されたデリバティブ取引には、バークレイズ銀行が取引したピックス(PICs)があります。ほかには、プルデンシャルUK、カナダ・TDバンク、ドイツ銀行、オランダ・ABNアムロ銀行などで、取引されてきました。

特にプルデンシャルとブリティッシュ・ランドの事例が有名です。不動産を大量に保有しているオーナー会社のブリティッシュ・ランドが買い手、プルデンシャルは売り手という関係でした。

ブリティッシュ・ランドが、売り手であるプルデンシャル・プロパティ・インベストメント・マネージャーズからリスクを、IPDの不動産価格指数の価格で買い取ります。その代わりに、ブリティッシュ・ランドは、ライボーにプレミアム分を上乗せした金利を支払います。取引の場をつくっているのが、ユーロ・ハイポ(Euro Hypo)とドイツ銀行でした。

このようなデリバティブ取引が公開実験として行われてきたのですが、リーマンショックによって少なくなってしまいました。

デリバティブのメリットとデメリット

不動産デリバティブには、どのような阻害要因があるのでしょうか。「投資の関心が薄れているのか」「投資家がデリバティブを手放さず流動性を生まないのか」「取引が成立するためのカウンターパートナーをみつけるのが難しいのか」「税制や法律制度が将来変更になるリスクがあるのか」「不動産価格はなかなか動かないので、保険としてのデリバティブの有効性が薄れてしまうのか」さまざまな要因によって市場が育ちませんでした。

しかし、不動産デリバティブは、資産クラスまたはセクターへの投資となるので、ファンドマネージャーにとってポートフォリオを迅速に変更できるメリットがあります。リスク分散や保有資産の有効活用を行うのに、既存物件を確保したままで構成を変えることができますし、戦術的な資産配分や市場の選択ができるメリットもあります。

ストック・セレクション(銘柄選択)という観点では、売りの人は重要な資産を売ることがなく、代わりにデリバティブを売ることができるので、ベンチマークとなるウェイト超える部分をデリバティブで売却できます。買いの人は、得意分野からさらなる利益を得るために、セクターを買い増すことができるメリットがあります。

世界的な不動産投資会社であるラサール不動産投資顧問のリサーチヘッドを務めたロビン・グッドチャイルド氏は、デリバティブ利用のメリットとして「スピード・コスト・ウエイト配分の正確性」「資産クラス・セクター・セグメントを変更できる柔軟性」「取引関係者が少ないというシンプルさ」をあげています。こうした人たちの努力で、デリバティブ市場が育ってきましたが、市場規模が大きくなる前に、リーマンショックが来ました。

リーマンショックによって、デリバティブのデメリットも明らかになりました。「運用実績がベンチマークとなる指標を下回るアンダー・パフォーマンスによって、コストばかりが目立ってしまったこと」「アクティブ運用するときに、資産に合わせたベンチマークに対して、いわゆるα(アクティブ・リスクを取って追加的に付加するリターン)を失くしてしまうこと」「マーケットが小さいために流動性の規模が十分ではなく、デリバティブを利用しづらいこと」「仕組みが複雑で、小規模な投資家が入りづらいこと」が指摘されました。

不動産デリバティブ市場はいつ覚醒するか

不動産デリバティブ市場は、今後どのようになるのでしょうか。デリバティブを活用することで、海外不動産投資は積極化しやすくなります。資産配分のバランスが取りながら、ポートフォリオを構築しやすくなります。セクター・セグメントのレベルで、戦術的な変更でショート(売り)とロング(買い)の組み合わせの変更が非常に簡単にできるようになります。

さらに、デリバティブは小規模な投資にも活用できます。小規模投資家にとって、大型ショッピングモールや大規模オフィスビルを一棟買うことはできませんが、小口化することで投資家の裾野を増やすことができます。大規模な投資家にとっても、デリバティブを使うことで倉庫や配送施設などポートフォリオのターゲットを広げやすくなります。

不動産デリバティブ市場は、現状どうなっているのでしょうか。これまでデリバティブ市場の創設に尽力してきた方々に聞くと、「今はスリーピング状態だ」と言います。

デリバティブにとって不可欠な不動産価格指数もさまざまな方法が開発され、インフラの制約がなくなってきています。2020年に発生したCOVID-19(新型コロナウイルス感染症)の影響で、不動産投資市場は不透明性を増してきており、今後どうなるかは分かりません。投資家による市場の見立ても変わってきています。現在はスリーピング状態の不動産デリバティブがいつ覚醒するのか。注意深く見ていく必要があるでしょう。

スピーカー

清水 千弘

一橋大学教授・麗澤大学国際総合研究機構副機構長

1967年岐阜県大垣市生まれ。東京工業大学大学院理工学研究科博士後期課程中退、東京大学大学院新領域創成科学研究科博士(環境学)。麗澤大学教授、日本大学教授、東京大学特任教授を経て現職。また、財団法人日本不動産研究所研究員、株式会社リクルート住宅総合研究所主任研究員、キャノングローバル戦略研究所主席研究員、金融庁金融研究センター特別研究官などの研究機関にも従事。専門は指数理論、ビッグデータ解析、不動産経済学。主な著書に『不動産市場分析』(単著)、『市場分析のための統計学入門』(単著)、『不動産市場の計量経済分析』(共著)、『不動産テック』(編著)、『Property Price Index』(共著)など。 マサチューセッツ工科大学不動産研究センター研究員、総務省統計委員会臨時委員を務める。米国不動産カウンセラー協会メンバー。

【コラム制作協力】有限会社エフプランニング 取締役 千葉利宏

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