不動産市場分析―理論とデータ
5-1. 不動産市場分析とは?

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目次

不動産市場分析は、「不動産」と「市場分析」の2つに分けて考える必要があります。

2004年に拙著「不動産市場分析」を出版した時に、サブタイトルを「不透明な不動産市場を読み解く技術」としました。市場を分析・解明していく作業は、データに基づいて市場を透明にしていくことですが、いくらデータがあっても分析する能力が無ければ、市場を解明することはできません。

不動産は非常に特殊な性質を持った「耐久消費財」と位置づけられています。「測定が困難」といわれる対象を分析することで、不動産市場のメカニズムや不透明と言われる市場を、透明にしていくことができるのです。

不動産市場分析とは?

市場分析とは「見えない世界を見ること」です。表面的に見えている現象も深く見ていくと、今まで全く見えていなかった世界が明らかになることがあります。そのためにはScience(科学)が必要になり、ミクロ分析とマクロ分析の2つ視点が重要になります。

ミクロ分析は、各経済主体(例えば、家計・企業・政府といった1つ1つの主体)がどのようなメカニズムを通じて行動しているのかを、明らかにしていくことです。マクロ分析は、市場の変動を分析し、予測していく技術です。

それぞれにデータや分析手法が異なります。ミクロ分析では1つ1つの取引とか、1人1人の意思表示であるとか、家計や企業など細かな単位でのデータを使います。マクロ分析では、集計データを使います。都市全体や一国全体で集計されたGDP(国内総生産)とか、消費者物価指数(CPI)とか、人口などのデータを扱います。私自身は、Micro Econometrics(ミクロ計量経済学)でミクロデータを扱う研究を長く行ってきましたが、最近ではマクロ分析にも取り組み始めています。

ミクロデータの分析には、大きく2つの方法があります。「家計がどのようなものを欲しているのか」というマーケティングで、「どういう性能のものに、どのぐらいのお金を払ってもよいのか」を知ろうという場合に、「表明選好法(SP, Stated Preference Methods)」と「顕示選好法(PR, Revealed Preference Methods)」の2つがあります。

また、「クロスセクション分析」と「時系列分析」という2つの方法があります。クロスセクションとは「横断的」という意味ですが、ある時点でデータを区切った時に、AとBとどちらが大きい小さいとか、価格が高い低いとかを分析する方法です。時系列分析は、ある1つの個体を取った時に、価格の上昇と下落など、時間とともに変化していく状況を分析する方法です。

4象限モデルによる不動産市場分析

不動産市場分析の見方には「4象限モデル」があります。「Dipasquale and Wheatonモデル」とも言われますが、米マサチューセッツ工科大学(MIT)教授だったWilliam Wheaton氏が1996年に提案したモデルです。市場は需要と供給で決まりますから、供給関数として考えることができる「供給動向」と、需要関数として考える「需要動向」の2つの視点を見ていきます。

4象限モデルの第1象限は、賃貸市場です。不動産という空間を利用する市場における供給と需要を考えてみましょう。賃貸市場では、住宅、オフィス、商業施設など用途によって家賃も違いますが、それぞれの用途の需要と供給で家賃が決まります。

需要関数は、価格が低くなるほど、需要が増えます。横軸を需要量、縦軸を価格(家賃)とすると、家賃が低くなるほど、多くの量を消費していくので、需要関数は右下がりの曲線になります。

供給関数はその逆で、価格が高くなれば、たくさんの人がモノを作りたくなるので、右上がりになります。その需要と供給が交わるところで、均衡価格と均衡取引量が決まるというのが経済学の原理原則となります。

しかし、4象限モデルでは、右上がりの曲線は出てきません。不動産は、市場の状況がよいから多く供給しようと思っても、土地を仕入れ、建物を作るまでには時間が掛かります。このため、短期的には供給関数は垂直となり、右下がりの需要関数と結合する点が均衡家賃と均衡取引量になります。ここで家賃が決まると、次に第2象限に移ります。

第2象限は資産市場です。不動産には、利用する消費財としての顔と、資産としての顔があり、資産市場では資産価格が決まります。資産価格は、家賃を価格に変換する「割引率」で割ったものになります。第1象限の需要と供給で決められた家賃を、ある一定の割引率で割り戻した価格が「資産価格」になります。

資産価格は、分母の割引率が下がれば、家賃が一定でも上がりますし、割引率が上がれば、下がることになります。家賃は需要と供給で決まりますが、家賃が下がっても、それ以上に割引率が下がれば、資産価格が上がることもあります。

第3象限は、建築着工の市場です。資産としての不動産の価格が高くなれば、多くの人がつくりたいと思うでしょう。資産価格が高くなればなるほど、供給を増やそうと着工が増えますが、それに影響を与えるのは資材の価格(コスト)です。建築着工は、資産価格とコストを組み合わせた一定の金額が一致するところまで増えていきます。

新規供給が増えると、第4象限ではストック(1時点における総量)の調整が行われます。新規に作った分だけストックが大きくなる一方で、一定のコストを掛けて、資産を償却する、取り壊していくことも起こります。新規供給と除却・償却との差分を調整したものが、新しいストックとなります。

4象限モデルは、「4象限の循環の中で、不動産の価格や家賃が決まっていく」という考え方です。

ストック供給量の変化要因

第3象限の供給メカニズムは、何に影響を受けるでしょうか。企業は市場から建設資金を調達するので、金利の問題が出てきます。金融情勢が緩やかで安定して金利が低ければ、多くの人たちが建物をつくるでしょうし、金利が上がれば建設は止まります。

1つの土地に対してつくれる量も影響します。容積率などの建築規制によっても供給量は変わります。建築コストの動向やデベロッパーの戦略でも、セクターごとの供給量が変わってくるでしょう。

近年では、再開発やコンバージョン(建物の用途変更)が活発化しています。あるオフィスビルが使われなくなったときに商業施設にコンバージョンすれば、オフィスとしてのストックは減りますが、商業施設の量は増えます。新しい建物を建てなくてもコンバージョンでストック量を増やすことができます。再開発事業も、ストックの供給量を変化させます。

家計が住宅を積極的に売る時代になれば、中古住宅の供給量が増えていきます。中古住宅市場そのものが成熟し、ストックが厚くなって、流通量が膨らんでいく。その結果として供給へのシフトが起きるのです。

スピーカー

清水 千弘

一橋大学教授・麗澤大学国際総合研究機構副機構長

1967年岐阜県大垣市生まれ。東京工業大学大学院理工学研究科博士後期課程中退、東京大学大学院新領域創成科学研究科博士(環境学)。麗澤大学教授、日本大学教授、東京大学特任教授を経て現職。また、財団法人日本不動産研究所研究員、株式会社リクルート住宅総合研究所主任研究員、キャノングローバル戦略研究所主席研究員、金融庁金融研究センター特別研究官などの研究機関にも従事。専門は指数理論、ビッグデータ解析、不動産経済学。主な著書に『不動産市場分析』(単著)、『市場分析のための統計学入門』(単著)、『不動産市場の計量経済分析』(共著)、『不動産テック』(編著)、『Property Price Index』(共著)など。 マサチューセッツ工科大学不動産研究センター研究員、総務省統計委員会臨時委員を務める。米国不動産カウンセラー協会メンバー。

【コラム制作協力】有限会社エフプランニング 取締役 千葉利宏

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