不動産市場分析―理論とデータ
5-2.立地行動と不動産市場

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目次

不動産の立地では、都市の中心と郊外との関係を考えます。都市の中心のことをCBD(Central Business District)と呼びます。東京であれば、丸の内をイメージすればよいでしょう。

CBDを中心に住宅の家賃を考えると、郊外に向かって徐々に下がっていくとイメージできます。CBDからのdistance(距離)に応じて家賃が低減していくと考えます。

都市の地代のベースラインは農業地代です。農業地代は農地として使うときの家賃で、作物ができるように一定の造成をすることで農業地代が決まります。そこに建物をつくるには、より一層の造成が必要になります。道路・水道・下水道など多様なインフラを整備して、ようやく建物をつくることができます。これによって建築賃貸料が決まります。その上に実際の建物がつくられ、立地地代が決定していくことになります。

ドイツでは、未整備の土地をRohbauland(ローバウランド)と言います。これがBauland(バウランド)、英語ではBuilding land(建設用地)となり、ビルが建てられる土地の価値が生まれ、都市として熟成していく過程で地代は上がっていくと考えます。国によって定義は分かれますが、こうした家賃構造は万国共通と考えてよいでしょう。

リカードの立地理論

なぜ、都心から離れると家賃が安くなるのでしょうか。

「リカードの立地理論」という考え方があります。都市の中心では、私たちは働くのが前提です。雇用は都市の中心で生まれ、家計はそこに向かって一直線で通勤します。

通勤には費用が掛かります。電車を使えば運賃を払いますし、通勤時間に応じた機会費用、時間という費用も払っています。通勤費用は、距離によって大きくなります。家計は同質で、家計あたりの労働者の数も固定していると仮定して、私たちは家計所得から、通勤費用や洋服や食事などそのほかの財と住宅に対して、お金を払っています。

住宅はすべての立地点で固定され一様の性質を持っていると仮定すると、住宅の家賃として1年に払う総額は、距離によって変化します。遠くなればなるほど通勤費用が高くなり、所得が一定であれば住宅に対して支払える家賃は少なくなります。

住宅は、最も高い地代を申し出る家計に専有され、土地は最高の家賃を生み出す用途に割り当てられると考えるのが「リカードの立地理論」です。

都市の地代はどう決まるのか?

定型化した都市で住宅市場が均衡したときに、都市の中心部から郊外に向かって減少する地代・賃貸料は、増加する通勤費用によって相殺されます。所得の中からさまざまな財や交通費を支払ったのちに残るのが、住宅の家賃になると考えます。

都市の境界には農業地代が存在し、これがベースとなる家賃、地代となります。都市の境界の住宅家賃は、農業地代に土地の大きさを掛けたものに、建築費用を年換算した建築賃貸料を加えたものになります。そのほかの財に支出できるお金は、所得全体から通勤費用と住宅賃貸料を差し引いたものになります。

このように考えると、どの立地上の住宅賃貸料でも求められる計算式を導くことは可能で、建替費用を考慮した場合の計算式も求められます。都市の地代は、住宅がその土地に立地したときに支払う通勤費用の節約をもとに余計に払える地代によって決まるので、都市の中心ほど地代が高くなっていきます。

都市では、さまざまな用途の土地利用があります。これまでは住宅での利用が前提でしたが、オフィスとして利用することも考えられます。また、所得によっても地代曲線(「地代」と「都心からの距離」の関係を表した曲線)や機会費用が変わります。1時間あたりに稼ぐことができる機会費用が高い人は、いくら地代を節約できても時間のコストのほうが高ければ、都市の中心に住もうとするでしょう。お金持ちほど都市の真ん中に住むという理由も理解できます。都市の中心ほど、地代が高い、家賃が高い、住宅の価格が高いことも、これで説明できます。

都市の中心ほど、通勤費用が節約できますが、機会費用の節約のレベルによって、住宅とオフィスではそれぞれが持っている地代曲線の傾きが違ってきます。住宅とオフィスを比較すると、都市の真ん中ではオフィスのほうが、圧倒的に優位性が高くなります。都市の中心に近づくにつれて住宅とオフィスの超過収益が逆転すると、住宅よりもオフィスとして使うほうが高い収益を得ることができます。これが都市の中心にオフィスが多い理由です。

レントギャップによる用途選択

ある一定の境界を超えると、オフィスとして家賃を取るよりも住宅の方が高くなる領域があります。そのため、都市の中心から少し離れたところに住宅とオフィスが混在する地域が生まれます。さらに、ある一定の領域を超えると、住宅しか立地しなくなるのは、皆さんもご存じでしょう。

実際、東京における不動産の収益構造がどのようになっていて、用途の選択はどのように行われているのでしょうか。これを調べるには「レントギャップ」という指標を使います。ある建物をオフィスで使った場合の適正な家賃と、住宅に転用した場合の適正家賃を比較し、住宅家賃をオフィス家賃で割って「レントギャップ」を算出します。これが1よりも小さい立地はオフィスの領域ですが、1を上回る立地は住宅の領域になります。これを比率で比較するほかに、差分で見ることもできます。差分で比較すると、オフィスのほうが住宅よりいくら家賃を高く取れるのかが分かります。

東京23区の中にあるオフィスビル全部のオフィス家賃を予測し、そのうえで住宅家賃の予測を重ねれば、立地によって生じるレントギャップ、つまり収益格差や機会損失が分かります。今はオフィスだけど、住宅にすればもっと家賃が取れる差分が「機会損失」です。

東京23区内には、1990年代に6万棟ぐらいのオフィスビルがありました。2004年になると、ビルの機会損失(オフィスから住宅への用途転換)が生じてきました。こうした状況は、一気に生まれたのではなく、徐々に広がってきました。都市における地代曲線を理解していれば、レントギャップが生じた場合、市場メカニズムが働いて用途転換が起こります。

オフィスと住宅の家賃の比率を1986年から20年間、時間の経過とともに見ていくと、どのエリアがオフィス市場として強いのかを抽出できます。逆に、オフィス家賃が住宅の家賃を下回ったことがある回数も調べました。都心の中で、1回も住宅に負けなかったエリアは限定的で、千代田区・中央区・港区の一部・品川区の一部・新宿区でした。豊島区でも池袋駅界隈しかオフィスとしての家賃の優位性がないことが分かります。

将来のオフィス市場をどう予測するか?

将来、東京23区のオフィスがどうなっていくでしょうか。

オフィスのストック状態を、バブル以前(~1985年)、バブル期・バブル崩壊期(1986~97年)、バブル崩壊以降(1998年~)の3期に分けて見てみましょう。バブル崩壊以降は、千代田区・中央区・港区・渋谷区・新宿区に集中してオフィスビルがつくられてきました。バブル以前とバブル期・バブル崩壊期は、その枠をはみ出して数多くのビルがつくられていました。その中には、空きビル状態のオフィスが多く含まれているでしょう。

3期を比較すると、オフィス市場が拡大したのは、1997年以前だったことも分かります。当時はオフィスのほうが利潤が高かったかもしれませんが、今は住宅に戻したほうが高い利潤が取れることころが増えていると考えられます。

このような市場構造を踏まえたうえで、大都市が将来どのようになっていくかをデザインしていかなければなりません。人口減少・少子高齢化が進んだときに、どのように都市をシュリンク(縮小)していくのか。いくつかのストーリーが考えられます。

現在の均衡した状態からプロポーショナルに(比例して)小さくしていくのがよいのか。都心の中心にもっと強く集中させながらシュリンクしたほうがよいのか。どちらのストーリーに優位性があるのかは、現在多くの研究が行われています。都市における集積の利益に関する研究です。

不動産価格の決定方法は?

住宅市場において不動産価格がどのように決定されているのかを考える必要があります。5-1.の冒頭で、市場分析の方法として「顕示選好法」と「表明選好法」を紹介しました。顕示選好法とは、モノを買ったという行為や、いくらでモノを買ったかなど、実際の選好を顕示することです。表明選好は、「これはよいと思いますか?」という質問に、「よいと思います」と答えたり、「いくらで買いますか?」という質問に「3,500円」と答えたりして、選好を表明することです。

「建物の築年数が増えると、どれぐらい価格が下がるのか」「どのような設備を付加したら、人は余計なお金を払ってくれるのか」といった問いは、不動産マーケティングでは非常に重要な問題です。これを理解するのは、不動産の特性や市場評価を理解していく必要があります。

スピーカー

清水 千弘

一橋大学教授・麗澤大学国際総合研究機構副機構長

1967年岐阜県大垣市生まれ。東京工業大学大学院理工学研究科博士後期課程中退、東京大学大学院新領域創成科学研究科博士(環境学)。麗澤大学教授、日本大学教授、東京大学特任教授を経て現職。また、財団法人日本不動産研究所研究員、株式会社リクルート住宅総合研究所主任研究員、キャノングローバル戦略研究所主席研究員、金融庁金融研究センター特別研究官などの研究機関にも従事。専門は指数理論、ビッグデータ解析、不動産経済学。主な著書に『不動産市場分析』(単著)、『市場分析のための統計学入門』(単著)、『不動産市場の計量経済分析』(共著)、『不動産テック』(編著)、『Property Price Index』(共著)など。 マサチューセッツ工科大学不動産研究センター研究員、総務省統計委員会臨時委員を務める。米国不動産カウンセラー協会メンバー。

【コラム制作協力】有限会社エフプランニング 取締役 千葉利宏

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