令和に求められるリーダー企業の条件
~まちビジネス事業家の地方創生論〔後編〕~
目次
全国各地のまちづくり事業に関わる、まちビジネス事業家の木下斉氏が語る事業活性化の条件。後編は、社会全体が縮小していく時代の中で地域経済を発展させるためには何が必要か、地元経営者の役割や心がけについて伺いました。
伸びている企業の経営者は会社内ばかりにいない
前編で、地域活性化には「地域の産業が稼ぐ仕組みをつくる」ことが重要だという話をしました。それは一企業が頑張るだけでは限界がある。地域の経済界を牽引する経営者の存在が重要です。
最近、サウナの新聖地として注目を浴びている北海道の帯広・十勝エリアは、まさにある経営者がキーマンとなっています。2017年に森のスパリゾート 北海道ホテル(北海道帯広市)の取締役社長に就任した林克彦さんです。
北海道ホテルの前身は1899年創業の老舗(北海館)です。宿泊客は50代以上が中心で、宴会と結婚式が主な収益。しかし、結婚式は減少傾向にあり、なおかつ極寒の冬は客数が少なく赤字が続いていました。
林さんは父親から経営を引き継ぐとまず、すべての客室に自ら宿泊しました。これまで泊った国内外のホテルと比べて何が足りないのかを考え、客室ごとに改善していったといいます。だから今、宿泊する際に一覧を見ればわかるのですが、さまざまなコンセプトの客室があり、多様なニーズに対応しています。
さらに、低温高湿のフィンランド式サウナを導入。もともとサウナは嫌いだった林さんですが、知人に誘われてフィンランドのサウナを巡るツアーに参加したところ、サウナの魅力にはまり、その風土が帯広と似ていることに気づきます。夏は多くの人が避暑に訪れるものの、冬は寒すぎて客足が遠のいていたフィンランドは、サウナツーリズムに力を入れることで観光客を増やしました。
「帯広も、風土を生かしてサウナ文化を取り入れれば、冬もお客様が増えるはずだ」
そう考えた林さんはすぐさまフィンランド式サウナを導入。すると、客層が変わって冬の宿泊予約が増加、売り上げも倍増しました。
今まで多くの経営者と関わってきて私が感じるのは、伸びている企業の経営者ほど、いい意味で会社にいないということです。国内外を旅して回り、肩書も業種も関係なく企業や識者を訪ねて交友関係を広げています。そして、そこで見聞きしたことも自社の事業に生かしています。いつもトップが社内にいて、社員の叱責ばかりしている会社は、結局伸びていません。社長の仕事は、社員を率いるとともに、会社の未来に必要な情報を社外とのやりとりから見出すところにもあります。
ローカル経済が縮小する世の中で、社長が社内で「お山の大将気取り」であったり、地元の経済界というコンフォートゾーンにいたのでは感度が鈍ります。勢いのある企業が何をしているのか、お客様が何を求めているのかさえも気づけないようなら、再興のきっかけはつかめません。経営者はもっと、外に目を向けなくてはならないのです。
地域の資産を集積して市場を大きくする
外を見ることで世界が広がり、俯瞰する力が養われますが、地域を牽引する経営者は、全体を俯瞰し、さらに地域経済をデザインしています。
前述した林さんは自分のホテルだけでなく、十勝一円の仲間にも声をかけて、温浴施設、ホテル内のサウナなどを刷新しました。十勝をサウナツーリズムの地域と位置づけ、各施設のサウナを巡る「サウナパスポート」をつくり、連泊客を増やしています。こうすれば複数の宿が儲かるし、連泊すれば地場の飲食店も儲かる。そして1人当たりの観光消費額をより多く地元に落としてもらえる。つまり地域振興に直結するわけです。
地元の競合他社にノウハウを公開するなんて、通常では、考えられないかもしれません。しかし、地元にある資産を集積して付加価値のあるものをつくれば、より多くの人が集まる。そうしてマーケットが大きくなれば地域が活性化し、1社当たりの利益も上がるのです。敵は地元の競合企業ではなく、別の地域の企業群なのです。敵は常に「外にあり」です。
自社のノウハウを独占せずに地域全体で産業化した代表的な事例の一つが博多名物の明太子です。現在の明太子はふくや(福岡県福岡市)の創業者・川原俊夫さんが、戦前に住んでいた韓国・釜山で食べた漬け物にヒントを得て考案したといわれています。川原さんは明太子が大人気になっても特許取得の申請をしませんでした。本家とも元祖とも名乗らず、希望者には製造方法を教えたそうです。
そこには「明太子は珍味ではなく総菜だ」という川原さんの思いがあったのだといいます。総菜として、あらゆる場所で、あらゆる人に食べてもらうことで、市場を拡大する。その中で美味しい明太子をつくり続ければ、自社もおのずと大きくなるという考えだったのです。
だからこそ明太子は博多の名物となり、今やコンビニおにぎりの定番の具にまでなりました。こうした視野の広い経営者がいる地域は上手に産業をつくり上げています。
少し未来を読むリーダーシップが試される
大分の温泉地・由布院も、地域全体で活性化している好例です。由布院は、高度経済成長期に、他の温泉地と同じように大型観光施設などの開発計画が何度も持ち上がったといいます。でも、当時の旅館の若主人たちは猛反対したそうです。
団体旅行ブームは間もなく終わり、これからは個人旅行の時代が来るだろうと考えていた彼らは、「由布院に求められるのは定型の大型旅館ではなく、山間の自然を生かした懐かしさのある小規模宿のはずだ」と地域づくりに努めました。その結果、国内外から多くの宿泊客が訪れる日本屈指の温泉郷になったのです。
私が高校時代の話ですが、その仕掛け人のおじさんたちが早稲田商店会の視察に訪れた際に、「なぜそう考えることができたのか」と尋ねたことがあります。そうしたら、やはり外の景色を見ることに起因していました。国内のみならず海外を巡ってさまざまな旅行形態を見る中で、欧米では個人旅行が主流であることを知り、いずれ日本もそうなると考えたそうです。一方で、当時はまさかここまでヒットするとは思わず、現在は、有名になった由布院に便乗参入するお土産屋や、由布院戦略を理解しない宿泊施設などの増加に頭を悩ませています。少し先の未来を読むことが重要である一方で、読み続けることはとても難しくもあります。
そして、少し先を読むことに「反対」はつきものです。岡山県倉敷市の起業家、大原孫三郎氏は「3割が賛成しているうちに物事を進めよ」と言っています。5割が賛成しているものはもはや手遅れだとも言います。地域に必要なリーダーシップとはそういうものでしょう。
にもかかわらず、地域においてはリーダーシップを取る人がいないまま、「みんなでやろう」というスタンスの会議が多数開催されています。全員が賛成するものに、近い未来において、地域・企業に優位性をつくり出すような価値はありません。これまでの常識や思い込みを捨てて、リーダーは、自分で未来を見通すために見聞を広め、考え抜く時間が必要です。
人口減少が問題だと言われていますが、日本においては人口が増加している東京都すら、経済成長率が都道府県別の真ん中より低い順位だったりします。人口が増加すればすべてがよくなるというのも誤った考え方です。
たとえば、フランスには、1人当たりの所得がパリよりも高い、エペルネという人口2万5,000人にも満たない都市が存在します。また、フェラーリの本社があるイタリアのマラネロは人口1万7,000人の郊外都市です。
このように、人口は少ないけれども魅力的な街が欧州には存在します。世界でいち早く産業革命を経て凋落していった欧州に今も残る小規模都市の在り方に、アジアで最も早く産業革命を経て、今まさに成熟している日本が学ぶことは多いのです。人口規模ではなく、どのような価値を「地域」でつくるかが問われています。「安くたくさん」ではなく、「少なくても高い価値」を生み出すことに、成熟期に入った日本は向き合わなくてはなりません。
人口減少は衰退である一方、多産少死から少産少死への転換という一面もあり、社会が成熟化する過程で起こる先進国共通の現象です。必ずしも産業規模を大きくする必要はなく、少量でも世界から必要とされる付加価値が高いものを提供する。そうすれば少ない人口でも豊かな地域経済を維持できるのではないでしょうか。
お話を聞いた方
木下 斉 氏(きのした ひとし)
まちビジネス事業家
一般社団法人 エリア・イノベーション・アライアンス 代表理事
1982年東京都生まれ。高校生時代からまちづくり事業に取り組み、2000年に全国商店街共同出資会社の社長就任。同年「IT革命」で新語流行語大賞を受賞。早稲田大学政治経済学部政治学科卒業、一橋大学大学院商学研究科修士課程修了。2009年一般社団法人エリア・イノベーション・アライアンスを設立。全国各地の地域再生会社への出資、役員を務める。『まちづくり幻想』(SBクリエイティブ)、『稼ぐまちが地方を変える』(NHK出版)、『凡人のための地域再生入門』(ダイヤモンド社)など著書多数。
[編集] 一般社団法人100年企業戦略研究所
[企画・制作協力]東洋経済新報社ブランドスタジオ