中小企業の社長なら絶対知っておきたい
M&Aの基礎と実務
目次
経済や社会情勢が急速に変化する中、事業継続のためにM&A(会社売却)を選択する企業が増えています。M&Aは経営者にとって一大事であり、社会に大きな影響を与えることもあるので、決断に踏み切る前に、基礎と実務をしっかりと押さえておく必要があります。そのポイントについて、売却専門のM&Aアドバイザリーファームである株式会社ブルームキャピタルの宮崎淳平氏にお話を伺いました。
売却の究極の目的は、経営者として幸せになり、かつ社会的価値を創出すること
コロナ禍はM&A市場に少なからず影響を与えましたが、ようやくコロナ前の状況に戻ってきた感触があります。2023年からは新型コロナウイルスの影響を受けた中小企業を支援するための40兆円超規模の実質無利子、無担保のいわゆる「ゼロゼロ融資」の返済が本格的に始まり、事業継続を諦めてM&Aに踏み切る企業が増えると予測されています。ですが、事業継続について悩む中小企業経営者の選択肢は多種多様で、M&Aだけではなく事業再構築などさまざまなアプローチがあります。それぞれの事情に合わせた意思決定が重要です。
仮にM&Aをすることになったとします。まずはそのM&Aで「何を達成したいのか」を考えてみましょう。売却資金で人生を再設計する、シナジーによりさらなる発展を目指す、従業員満足度を向上させるなど、さまざまな目的が思い浮かぶと思います。しかし、これらは多くの場合、これから述べる3つの達成すべき課題が基礎となって実現します。これらを達成すれば、必然的にそのM&A取引は社会に付加価値をももたらします。
売り手にとって、幸福なM&Aを実現するための3つの課題
では、その課題とはなんでしょうか。M&Aを実行すると決めたならば、次の3つの課題を達成できるように取り組んでみましょう。
1つ目は「売却価格の最大化」です。簡単にいえば、できるだけ高値で買ってもらえるようにすることです。M&Aにおいて、売却価格は経営者が過去において仕事に費やしてきた時間の結晶であり、この過去の「人生の一塊」が経済的に評価されたものです。つまり経営者にとって、ただの「購買力としての金銭価値」を超える重要な意味を持ちます。また、高値がつくということは、売り手の事業の潜在性と高いシナジーを買い手が確信していて、本気で事業を発展させようとしている証拠ともいえます。これを実現させるためには、適切なプロセス・売却戦略を検討し、複数の企業を比較しつつ売却価値の最大化を目指していきましょう。
2つ目は「価格以外の条件の最適化」です。例えば、M&Aではよく一定期間は売り手である元経営者が従来の職位のまま事業に関わることを義務(キーマンロック条項)として課されたり、一定の事項が真実かつ正確であることを表明・保証(表明保証条項)し、この違反に起因して買い手・譲渡後の対象会社などに損害が生じた場合、これを補償する義務を負う条項(補償条項)を盛り込んだりします。
また、買収後の会社の決裁ルールやマネジメントの方法などを定めていくことも重要です。このあたりの取り決めを雑に行うと、キーとなっていた従業員が離反するなど、将来的な会社の安定に悪影響をおよぼしかねません。こうした付帯条件をきちんと整理し、合理的なものにすることを忘れないでください。
そして、3つ目は「対象会社の安定化と成長の実現」です。これは2つ目の価格以外の条件の最適化の成否にも大きく左右されますが、実は1つ目の売却価格の最大化とも密接な関係があります。
会社の価値を高く評価してくれる買い手であれば、売り手の立場から見ても、買収後の会社の成長(シナジーの創出による成長も含む)に大きな期待がもてます。また、高値で買うのですから、本気度・プレッシャーもよい意味で加わり、多少の困難があっても、なんとかそれを切り抜けようと努力するでしょう。業績が悪くなってすぐ清算という事態には陥りにくいと考えられます。
これら3つの課題を達成することを目標にM&Aに取り組めば、売り手にとって幸福な結果をもたらしてくれるはずです。
M&Aのプロセスと注意すべきポイント
M&Aに取り掛かる前に「本当に会社を売っていいのか」と再度、自身に問いかけることも重要です。M&A仲介事業者から「御社を買いたいという企業がある」という話がもちかけられ、飛びついたところ、安く買いたたかれたというケースをよく耳にします。
こういった事態を防ぐには、機密性に問題が生じない範囲で、M&Aの仲介や支援を行っている複数の事業者と相談し、それらの意見を比較しましょう。また、M&A事業者には、買主・売主双方と契約して報酬を受け取る「仲介」と、売主とのみ契約して報酬を受け取る「アドバイザー」という2種類の支援者がいます。「仲介」であるにも関わらず、あえて「アドバイザー」と呼称している業者も存在しますので注意が必要なのですが、相談をするなら、利益相反の起こりにくいアドバイザーを選ぶとよいでしょう。両者のどちらであるかが判断できない場合には、M&A事業者から提案された業務委託契約書を弁護士に見てもらえば、すぐにわかります。「仲介」の場合、契約内容に、仲介会社が買い手候補者側とも売り手と同様の契約をする旨の合意条項(双方代理の同意条項)が入ります。なお、M&A事業者以外で利害関係のない人、例えば会社売却経験のある経営者に相談できるのであればそれもよいと思います。
また、仲介形式の事業者にM&Aを依頼する場合、売却希望金額を伝えるのは控えましょう。本来20億円で売れるのに、自分から「10億円で売りたい」と言ったら、その瞬間に10億円以上で売れなくなります。さらに「買い手側」とも仲介契約を締結する事業者は「相場価格である●億円より下がったら、その下がった分の20%を報酬として払う」といった、「安くすることで仲介会社が儲かる」ような条項を、仲介事業者=買い手間の契約に盛り込んでいるケースも実際にありました。
さらに、M&Aの最終契約の段階になったら、すべての契約書をM&Aに強い弁護士に確認してもらうことも大事です。買い手や仲介事業者に紹介された弁護士ではなく、売り手の立場にだけ立って契約条件をチェックしてくれる弁護士を自身で探して起用しましょう。大きな問題はM&Aに強い弁護士を入れることで解決できる可能性が格段に上がります。
最後に、これまでポイントをいくつか述べましたが、本当に大切なことは経営者自身がM&Aにかかる勉強をすることだと考えています。経営者であれば、目下M&Aを検討していなくとも、経営の選択肢を広げるために早いうちからM&Aについての知識武装をしておくべきでしょう。何かがきっかけで突然、M&Aの話が舞い込み、真剣に検討すべき状況になるのかは予測できません。
経営者のみなさんはこれまでも、設備投資や新商品開発などさまざまな場面で難しい決断を下すため、入念に情報を集め検討を重ねてきたはずです。しかし、M&Aは過去に下してきたすべての意思決定の集積結果である会社の処分に関わる話であり、過去のどんな意思決定よりもはるかに重要です。この最後の意思決定を誤れば、過去のすべての成功が無駄になってしまいます。
「こんなはずじゃなかった」と悔やんでも悔やみきれない結果を招かないためにも、相応の時間と労力を費やし、M&Aについての最低限の勉強をしてみてください。
では、どうやって勉強すればいいのでしょうか。参考までに、会社売却未経験者である売り手経営者に最適な勉強リソースを以下に紹介しておきます。書籍は多少専門的ですが、本気で取り組めば読みこなせる内容で、M&Aの「相場的視点」も得られます。また、私もYouTubeで売り手の立場に立った情報発信をしています。
M&Aで騙されないための最低限の知識・相場観を得られる情報源
- 書籍『会社売却とバイアウト実務のすべて』 宮崎淳平著 日本実業出版社
- 書籍『バリュエーションの教科書』 森生明著 東洋経済新聞社
- 書籍『M&A契約』 森濱田松本法律事務所 商事法務
- 書籍『カーブアウトM&Aの法務』 柴田堅太郎著 中央経済社
- YouTubeチャンネル『会社売却道場』
- YouTubeチャンネル『M&A Bank』
これらで学べば、素人である売主がM&Aを進める上で騙されないための一通りの武器が手に入ります。さらに、数億~数十億円またはそれ以上の対価増・リスク減にもつながり得ます。
経営者は、たとえ上場をしていない会社であっても、すでに社会的に価値ある資源を自身が保有しているとの認識を持つべきであり、その資源たる自社の行く末には強い関心を持っていただきたいと考えています。
お話を聞いた方
宮崎 淳平 氏(みやざき じゅんぺい)
株式会社ブルームキャピタル 代表取締役社長
2006年、早稲田大学政治経済学部経済学科卒業。大学在学中にベンチャーを立ち上げ、その後株式会社ライブドア ファイナンス事業部及びライブドア証券株式会社に入社。ライブドア・グループではM&A、上場企業資金調達支援、非上場企業資金調達支援、ファンド投資事業に従事。2006年株式会社セプテーニ・ホールディングスにて投資・M&Aチームの責任者を経て、2010年株式会社社楽にてインターネット・ITセクターの事業開発担当責任者として従事。2012年株式会社ブルームキャピタルを設立、売却側サイドに特化したM&A業務、売却専門M&Aセカンドオピニオン業務、投資業務等の事業を行う。会社売却のプロ中のプロとして、M&A関係者への講義等も精力的に実施している。著書に『会社売却とバイアウト実務のすべて』(日本実業出版社)がある。
動画で学ぶ会社売却 https://bloomcapital.jp/dojo-article/video-lecture
[編集] 一般社団法人100年企業戦略研究所
[企画・制作協力]東洋経済新報社ブランドスタジオ