「教養」を習得すべき'たった1つ'の本質的理由
教養とは「善く生きる」ための実践知である

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目次

※本記事は「東洋経済オンライン」に2023年7月11日に掲載された記事の転載です。

現在、学校のみならずビジネス社会においても「教養」がブームになっている。その背景には何があるのか。そもそも「教養」とは何か。

ベストセラー『読書大全』の著者であり、「教養」に関する著述や講演も多い堀内勉氏が、教養について論じるシリーズの第2回目。

前回「日本で「教養主義」が失われた2つの納得する訳」では、教養は歴史的にどのように議論されてきたのか、教養にはどのような解釈があるのかを解説しました。

今回はそれを受けて、私自身が教養をどのように考えているのかについて説明したいと思います。

私が考える「教養」論

教養を「知識」と「人格」という視点で見た場合、古代ギリシア・ローマから現代アメリカに受け継がれたリベラルアーツ主義は、全人教育の側面はありますが、どちらかといえば知識獲得にウエートがかかっています。

他方、ドイツのビルドゥング的な人格主義的教養主義肯定論では――日本においてはこちらが大正教養主義以来の伝統でしたが――人格形成により大きなウエートがかかっています。

これらに対して、私が考える教養というのは、どちらでもない第三の道です。つまり、博覧強記の知識人でも、宗教家や思想家のような人格者でもない、より実践的な教養人の姿です。

私は、自己実現のための「積極的自由」という視点から教養を考えています。ここで言う積極的自由については、イギリスの哲学者アイザイア・バーリンの『自由論』が参考になります。

バーリンは、自由を積極的自由と消極的自由に分けて論じています。

積極的自由が「~への自由」と呼ばれる、自己の意志を実現できる状態にあることなのに対して、消極的自由は「~からの自由」と呼ばれるもので、他者の強制的干渉がない状態のことです。

つまり、人としてこの世に生を受け、一回限りの人生を生きるのなら、その中でできるだけ悔いのない人生を送ろう、与えられた生を完全燃焼しよう、そしてその実現のために教養を身につけようということです。

新約聖書のヨハネによる福音書8章32節に、「真理はあなたを自由にする」という言葉がありますが、宗教的な視点を除けば同じようなニュアンスです。

ちなみに、この言葉は、世界中の大学や図書館で標語として使われています。

たとえば、国立国会図書館本館のホールには、国立国会図書館法前文の一部である「真理がわれらを自由にする」という言葉が刻まれています。ハーバード大学の紋章にある有名な“VERITAS”という言葉も、「真理」を意味するラテン語です。

ここで私が言いたいのは、このように、私たちが積極的自由を獲得するための重要な手段として教養を捉えたらどうかということです。

古代ギリシャのソクラテスの時代にまで遡れば、彼が言っている「善く生きる」を実践するために必要な素養としての教養を身につけませんかということです。

ソクラテスは著作を残しませんでしたが、彼の弟子のプラトンが著した『ソクラテスの弁明』の中で、「一番大切なことは単に生きることではなく、善く生きることである……よく生きることと、美しく生きることと、正しく生きることは同じだ」と語っています。

ソクラテス「人生の目的は幸福」

ソクラテスは、人生の究極の目的は幸福だと考えていました。

この世で最も価値があるのは、自分の魂をより優れたものにするための魂(プシュケー)への気遣い(魂の世話、魂の配慮)を通じて、自らに徳が備わるような生き方をすることであり、それが幸福につながると考えたのです。

そして、当時のアテナイ市民が金銭や地位のことばかり気にかけていたのを批判し、自らの魂に徳が備わるように気遣い、できるだけ魂を優れたもの、善きものにするよう努めるべきことを訴えたのです。

ソクラテスは、魂を磨くことで人格を善くするということは、一定の知識と見識に基づいた万人に共通の普遍的な営みだと考えました。

ここから自然学(自然哲学)、論理学(論理哲学)と並ぶ哲学の三領域のひとつである倫理学(道徳哲学)が生まれ、後にソクラテスは倫理学の創始者と呼ばれるようになったのです。

ちなみに、倫理学と言えば、ハーバード大学のマイケル・サンデル教授の「ハーバード白熱教室」が有名ですが、これは「人はどう生きるべきか」「正しい行いとはどのようなものか」という、あるべき生き方を問う学問です。

ソクラテスは70歳の頃、「アテナイが信じる神々とは異なる神々を崇め、若者を堕落させた」という罪で告発されます。

友人であるクリトンから逃亡するよう勧められますが、それを拒否し、判決に従って自ら毒杯をあおりました。

ソクラテスがクリトンの提案を受け入れなかったのは、上述したように、彼が目指していたのはお金を稼ぐことでも身体を気遣うことでもなく、「善く生きる」ことであり、それが彼にとっての幸福を意味したからです。

ソクラテスの裁判から最期に至るまでの経緯については、プラトンによる『ソクラテスの弁明』『クリトン』『パイドン』の中で詳しくつづられています。

『ソクラテスの弁明』では、紀元前399年、アテナイの民衆裁判所の市民陪審員を前に、ソクラテスが弁論を始めるところから話は始まります。

無罪有罪決定投票と刑量確定投票を受けて、ソクラテスが聴衆に向かって最後の演説をする場面までが描かれています。

この続編『クリトン』では、裁判から約30日後、死刑執行を待つ獄中のソクラテスに対して、旧友のクリトンが逃亡を勧めに来るところから話は始まり、その説得が失敗に終わる場面までが描かれています。

そして、最後の『パイドン』では、ソクラテスの仲間のパイドンが、哲学者のエケクラテスから、ソクラテスの最期について尋ねられるところから話は始まります。

死刑執行当日、ソクラテスの弟子たちが朝一番で牢獄に出向き、そこでソクラテスが「魂の不滅」について説き、毒杯をあおる場面までが描かれています。

プラトン「4つの徳を追求すべき」

「西洋哲学の祖」と呼ばれるプラトンは、師であるソクラテスの思想を受け継いだうえで、独自の哲学体系を構築しました。

その思想は、「真・善・美」という言葉に集約されます。真理の追求、善行の実践、美的な価値の追求こそが、人間の成長や人間社会の進歩にとって重要だと考えたのです。

プラトンは、個人の幸福というのは、善に従って行動することによってもたらされると考えました。そのために、知恵、節度、勇気、正義の4つの徳を追求すべきと主張しました。

ここで言う知恵は理性を用いて真理を追求する能力であり、節度は欲望や情念を制御する能力、勇気は困難や恐怖に立ち向かう意志の力、正義は各々の役割や責任を適切に果たすことです。

プラトンの弟子で「万学の祖」と呼ばれるアリストテレスも、その著書『ニコマコス倫理学』において、徳を善の基礎として位置づけています。

人は、節制、勇気、正義、思慮深さといった徳を実践することによって善く生きることができ、それが人間にとっての真の幸福である最高善(エウダイモニア=善き守護者(ダイモン)に護られている状態)に至る道だと考えたのです。

こうした、個人としての「善い人生のあり方」という議論を発展させる形で、共同体としての「善い社会のあり方」を構想したのが、プラトンの『国家(ポリテイア)』であり、アリストテレスの『政治学』だったのです。

ここまでの個人の自由に焦点を当てた議論を読んで、私が個人の自由や幸せだけを追求する独善的な生き方を奨励しているかのように受け取る人もいるかもしれません。

そうした誤解を避けるためにここで強調しておきますが、私は個人主義に徹するべきだと言っているわけではありません。

アリストテレスは『政治学』の中で、「人間はポリス的(政治的)動物である」と言っています。

ここでは詳しく解説することはしませんが、私たち人間はそもそも共同体的・社会的な動物であり、集団を形成することでしか生きていくことができません。つまり、狭義の個人主義では、結局は個人を幸せにすることはできないのです。

このように理解すれば、「どうしたら私たちは善く生きられるのか?」の「私たち」には、「家族」「友人」「会社」だけでなく、「社会」や「世界」も含まれることがわかります。

自分の周りの社会をどの範囲で捉えるかは人によってさまざまだと思いますが、ウクライナ戦争や世界各地での紛争、難民問題をはじめとする人権問題、さらには全地球的課題である地球温暖化や国連SDGs(持続可能な開発目標)なども含めて自分事として考えられるのであれば、「私たち」の範囲は世界全体にまで広がることになります。

このように、教養というのは、私たちが「善い人生とは何か?」「善い社会とは何か?」を議論していくための重要な手掛かりになると同時に、それを実現するための実用的な手段でもあるというのが私の理解なのです。

教養とは「善く生きる」ことの実践

それをもう一段突き詰めていけば、じつは教養というのはたんなる手段ではなく、それ自体が身体知を伴った実体のある目的であり、「善く生きる」ことの実践にほかならないのだと考えています。

映画監督の黒澤明の代表作に、ベルリン国際映画祭で銀熊賞とベルリン市政府特別賞も受賞している『生きる』(1952年)という名作があります。

ある市役所の平凡な市民課長が、胃癌で余命わずかであることを知らされ、自らの生きる意味を市民公園の整備に見い出す姿が描かれています。

本作は、役人が不治の病にかかり、死の恐怖と孤独にさいなまれながらやがて諦観に至るまでを描いた、文豪トルストイの小説『イワン・イリッチの死』が元になっています。

この『生きる』のリメイク作品が、ノーベル文学賞作家のカズオ・イシグロが脚本を手掛けた『生きる LIVING』(2022年)です。

舞台はイギリスに移され、1953年のロンドンを舞台に、役人のウィリアムズが癌で余命半年を宣告され、自分自身の人生を見つめ直す姿を描いています。

この映画で語られているのは、平凡な日常の中にあって、たとえそれがどんなに小さなことであったとしても、私たちは意義あることを成し遂げられるということです。

「平凡な日常の中でも意義あることを成し遂げられる」ことが、映画の題材になるのだろうかと思うかもしれません。

そこで、次のエピソードを紹介したいと思います。

文芸評論家の加藤典洋の著書に、『どんなことが起こってもこれだけは本当だ、ということ。幕末・戦後・現在』というタイトルの本があります。

その中で加藤は、宮崎駿と養老孟司の対談本『虫眼とアニ眼』に出てくる、映画『千と千尋の神隠し』についての次のようなエピソードを取り上げています。

「宮崎駿さんは、養老孟司さんとの対談で、なぜ『千と千尋の神隠し』(2001年、以下、『千と千尋』)を作ったか、と尋ねられ、こう答えています(『虫眼とアニ眼』2002年〔新潮文庫〕)。

 あるとき、たまたま10歳くらいの子どもたちを見ていた。そしたら、自分は彼らに対し、いま何が語れるだろうか、という考えが浮かんだ。最後には正義が勝つ、なんて物語を語ろうという気にはさらさらなれなかった。そうではなく、「とにかくどんなことが起こっても、これだけはぼくは本当だと思う、ということ」、それを語ってみたい、と思った。そして、この最初のモチーフを手放さないでいたら、『千と千尋』ができた、というのです」

宮崎駿が伝えたかった「真実」

宮崎が「どんなことが起こっても、これだけは本当だと思うこと」とは何だったのでしょうか。宮崎自身はここでそれを語っていませんが、加藤は次のように解釈しています。

「世界には不正がある。しかしいつどんな場合でもそれを覆し、是正できるとは限らない。とはいえ、だからといって何もできないわけではないし、何をしても無駄だということでもない(……)。できないことがある。しかし、その限られた条件のなかでも、人は成長できる。また、「正しい」ことを、つくり出すことができる」

 これが、『千と千尋の神隠し』を通して宮崎が伝えたかったモチーフの中身だというのです。

この問題の議論をさらに深めていくために、次回は、ナチスドイツ時代のユダヤ人強制収容所を生き抜いた精神科医ヴィクトール・フランクルの世界的ベストセラー『夜と霧』を題材として取り上げてみたいと思います。

著者

堀内 勉

一般社団法人100年企業戦略研究所 所長

多摩大学大学院経営情報学研究科教授、多摩大学社会的投資研究所所長。 東京大学法学部卒業、ハーバード大学法律大学院修士課程修了、Institute for Strategic Leadership(ISL)修了、東京大学 Executive Management Program(EMP)修了。日本興業銀行、ゴールドマンサックス証券、森ビル・インベストメントマネジメント社長、森ビル取締役専務執行役員CFO、アクアイグニス取締役会長などを歴任。 現在、アジアソサエティ・ジャパンセンター理事・アート委員会共同委員長、川村文化芸術振興財団理事、田村学園理事・評議員、麻布学園評議員、社会変革推進財団評議員、READYFOR財団評議員、立命館大学稲盛経営哲学研究センター「人の資本主義」研究プロジェクト・ステアリングコミッティー委員、上智大学「知のエグゼクティブサロン」プログラムコーディネーター、日本CFO協会主任研究委員 他。 主たる研究テーマはソーシャルファイナンス、企業のサステナビリティ、資本主義。趣味は料理、ワイン、アート鑑賞、工芸品収集と読書。読書のジャンルは経済から哲学・思想、歴史、科学、芸術、料理まで多岐にわたり、プロの書評家でもある。著書に、『コーポレートファイナンス実践講座』(中央経済社)、『ファイナンスの哲学』(ダイヤモンド社)、『資本主義はどこに向かうのか』(日本評論社)、『読書大全 世界のビジネスリーダーが読んでいる経済・哲学・歴史・科学200冊』(日経BP)
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※本記事は「東洋経済オンライン」に2023年7月11日に掲載された記事の転載です。元記事はこちら

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