環境配慮型社会と不動産市場
10-1. ESGと不動産市場

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目次

最近、ESGつまりEnvironment(環境)、Social(社会)、Governance(企業統治)が、地球環境問題と合わせて大きな関心事となっています。このESGが「不動産市場と極めて密接な関係がある」と指摘されています。

環境配慮型社会へ移行していく動きは、1997年に「気候変動に関する国際連合枠組条約の第3回締結国会議(COP3)」で採択された「京都議定書」から始まりました。ESGを意識した経営も、1国の1企業だけで実現できるものではありませんので、投資環境の整備と合わせて国際的な枠組みの中で一歩一歩、進められてきました。

国連では、2006年にアナン事務総長のもと「責任投資(PRI, Principle of the Responsibility Investing)」の報告がまとめられました。2015年にはSDGs(Sustainable Development Goals, 持続可能な開発目標)というコンセプトが立ち上げられ、2017年には気候変動などに対する原則として「TCFD(Task Force on Climate-related Financial Disclosures, 気候関連財務情報開示タスクフォース)」が報告をまとめました。

日本では日本銀行が、2015年に責任投資に署名し、2021年にカーボンニュートラル宣言を行うなど、流れは急速に進んできています。

責任不動産投資とは何か

環境配慮型の不動産投資の取り組みとして、責任投資の不動産版である「責任不動産投資(Responsible Property Investing)」があります。その原則を取りまとめた会議の共同議長を務めたポール・マクナマラ氏(Paul McNamara)は、以前から「Sustainable Property Investment - Intelligent Decision Making for the Profitable Future (持続可能な不動産投資、収益性の高い未来に向けた賢明な意思決定)」を強く訴えていました。

彼はファンドマネージャーでもありました。ファンドマネージャーの責任は、投資家に最大の利益を返すことです。「環境に配慮した不動産に投資したことで、投資家に利益を返せなくなるようでは、ファンドマネージャーとしては失格である」と彼は言っていました。つまり、環境への配慮がファンド全体のパフォーマンスにプラスに働かなければ、ファンドマネージャーとして環境不動産へ投資はできないということになります。

不動産投資の対象には、森林も含まれます。森林は、市場ではほとんど評価されていない資産ですが、環境に貢献していて、企業として森林を保有することはイメージアップになります。企業の株主に対する責任は、利益や配当の最大化ですが、「長期的な視点で見ると、森林への投資も許される行為ではないか」と問われ続けてきました。

責任不動産投資では、具体的な不動産投資の実践例が紹介され、ESGへの対応について記載されています。投資家の中でも機関投資家は、受益者のために長期的な視点に立って最大限の利益を追求する義務があり、活動的な株式の所有者として「株式の所有方針と株式の所有慣習の中にESGを取り入れていくこと」や「投資家としてESG課題の適切な開示を要求すること」が求められています。

不動産への環境配慮が賃料の上昇に与える効果

環境への配慮が、不動産の価値に対してどのようなチャンネルを通じて正の利益をもたらすのか。これを正しく理解することが重要です。

不動産価格は、将来発生する収益の割引現在価値として決定されますが、環境に配慮した不動産とそうでない不動産を比較したときに、環境に配慮した不動産のほうがより高い収益を得ることができます。また、環境に配慮した不動産は、将来買い手を見つけやすくなります。そのため、投資する価値は高いのです。

実際に、環境への配慮が、収益に対してどのような影響をもたらすのかについて、さまざまな研究報告が出てきています。

オランダの研究者のピート・アイヒホルツ(P. Eichholtz)氏、ニルス・コック(Nils Kok)氏、米カルフォルニア大学バークレー校のジョン・クイグリ(John Quigley)氏の3人が2009年に出した『Doing Well By Doing Good?』という有名な論文があります。その中で「環境に配慮するほうが3%程度の賃料の上昇効果がある」「空室率などをコントロールした実効賃料は6%程度の効果がある」と彼らは報告しています。

英ケンブリッジ大学のフランツ・フェルスト(Franz Fuerst)氏、パトリック・マカリスター(Patrick McAllister)氏との共同研究でも「稼働率は3%程度から8%の上昇効果がある」と報告されています。

環境への配慮は、リスクプレミアムに対してどのように働くのか。流動性リスクや金融リスクの低下の効果は計測しづらいのですが、これまでの実証研究では環境への配慮によって賃料が上がり、流動性リスクが低下することで投資のパフォーマンス、価格が高くなることが分かってきました。

環境不動産に高い賃料を支払う企業の特徴

環境に配慮することで、誰が高い家賃を払ってくれるのか。

アイヒホルツ氏らの研究では、費用を節約することで利益を確保しやすい第3次産業の企業を中心に、株主から社会的な責任を強く要請されている企業、環境に敏感な企業が高い家賃を払ってくれます。そのほかに、事業そのものがエネルギーを消費することで成り立っているような企業では、環境に配慮する不動産に立地することによって自分たちの負のイメージを払拭することができます。

ITやデータサイエンスなどの新しい領域で、高い付加価値を生産できる人材を獲得しなければならない企業では、環境に配慮したオフィスに入ることで、よりよい人材を獲得しやすくなります。マクドナルドやスターバックスのように消費者の行動に敏感な企業もあり、「環境に配慮した不動産でなければ、店舗を開店しない」と宣言しているところもあります。こうした企業が環境に配慮した不動産に積極的に入居することで、高い収益を生み出しています。

不動産市場から排出される二酸化炭素排出量は、実に日本全体の3分の1を占めています。そうした状況を踏まえて、「不動産分野から環境配慮型社会に貢献していこう」という取り組みが活発化しています。

不動産のESG性能を図る指標として、グリーンラベルという環境認証制度があります。これを積極的に普及させようとする動きが世界全体で始まっており、継続的な環境規制が整備され、環境性能の可視化や取引規制の導入により、環境に配慮した不動産が、高い価値を持ち続けられるようになってきました。

東京のオフィスストックは、日本全体の55%を占め、資本金10億円以上の大企業の50.6%が集積しています。このようなオフィス市場を通じて、環境配慮型社会に貢献していくことが求められているのです。

グリーンプレミアムをどのように計測するか

環境への配慮によるグリーンプレミアムは、実際にどれほど存在しているのか。学術的なグリーンプレミアムの実証研究は、不動産の開発事業者に対して、グリーンビルディングを供給するインセンティブを与えることになります。テナント企業にとっても、環境負荷を最小化し、生産性を高める従業員のインセンティブを付加していくことになります。

さらに政策決定者には、グリーンビルディング政策の設計に必要な情報を提供します。供給者と需要者の双方の利益に繋がるときに初めて、グリーンビルディングは市場価値を持つようになります。

もし、市場メカニズムの中で追加的な環境プレミアムが本当に存在するなら、追加的な環境投資を誘導することができます。資源配分の最適化という意味でも、環境プレミアムの計算は大切です。

「環境へ配慮することは、一定の効果がある」とする研究が、欧米では多く発表されてきました。詳しくその内容を見ると、高価格帯の建物ではプレミアムは存在しないが、低・中価格帯ではプレミアムは存在すると述べている発表もあります。高価値帯では、グリーン認証を持つことが普通になっているので差別化要因にはならないからです。グリーン認証が普及して認証物件の供給が増加してくれば、グリーンプレミアムが消滅することも考えられます。

販売価格に対するグリーンプレミアムは、キャッシュフローの改善、認証のブランド価値、リスクの低下など、さまざまな複合的な価値として出てきています。平均9%程度の価値上昇の要因として、営業利益の改善、利回りの低下、建設コストの上昇を考慮する必要があります。

住宅セクターでも、グリーン認証の効果が確認されています。「エネルギーコストの削減を考慮すると、ヘルシンキのアパート取引で、販売価格に1.3%くらいのプレミアムがある」と述べる研究報告がありますし、LEED認証と非認証の多世帯住宅を比較すると、認証物件は4%高い価格プレミアムがあることが分かっています。

「物件のセグメントや時間経過による違いによって、プレミアムが異なる」という研究があります。高価格帯の建物には販売価格のプレミアムは見られないが、低・中価格帯では見られる。長い期間で見てみると、グリーン認証の物件のほうが取引価格は高いが、2009年から2013年の世界同時金融危機後の期間だけを取り出すと、販売価格の伸びは非認証のほうが高いとされています。

フィンランドのレスキネン(N. Leskinen)氏による2020年のレビュー論文では、収益用の商業不動産の物件で、グリーンラベルは物件のキャッシュフローの価値にプラス影響を与える。賃料収入は6.3%、稼働率に対して6%、運営コストは0.4%削減させ、そしてイールドも0.46ポイント減少させる効果がある。その結果、売買価格は14.8%の効果があるという研究もあります。先ほどのフィリッツ・フェルスト氏の2017年のメタアナリシスの研究では、「プレミアムは賃料で6%、販売価格で7.6%ほどある」と報告されています。

環境認証の普及に向けた課題とは

環境認証には、残された研究課題が多くあります。

環境認証の各要素がどれほどのプレミアムを持っているかや、環境認証の普及を妨げている障害についての分析かできていません。大規模ビル・マンションから、中小規模ビル・マンションまで、ヘテロジェネリティ(不均一性)が大きい不動産物件に対して、環境認証はどう対応するのか。建て替えやリノベーションによって既存物件の環境価値を向上させる「グリーン・レトロフィット」による効果はどうか。グリーン認証の普及にともないマーケットはどのように変化していくのか。これらの課題を明らかにしていく必要があります。

「環境認証のどの部分がプレミアムを与えているのかは、賃料プレミアムの半分は運営経費の削減、もう半分は従業員の生産性の向上の効果である」という研究があります。「認証の有無はテナントの賃貸意欲を高めるものの、認証スコアが高いことが賃貸意欲を高めるとはいえない」という研究もあります。「テナントは、建物のグリーン性能のうち、室内の空気環境の改善、自然光の利用、リサイクルの可能性を高く評価し、認証そのものを評価しなかった」という報告もあります。

米ペンシルベニア州立大学の吉田二郎氏、ザイマックス不動産総合研究所の大西順一郎氏、および私の2017年の研究では、環境認証が要求するさまざまな建物性能はエネルギーと水の使用量を節約するのに有効でした。電気と水の使用量の影響をコントロールすると、環境認証はオフィス賃料に対して直接影響を与えません。しかし、テナントは、環境認証のブランドではなく、エネルギーと水のコスト削減に対して賃料のプレミアムを払っていることが分かってきました。

物件の不均一性への対応は、非常に難しい問題です。立地要因から建物の要因まで、幅広い変数によって不動産の価値や家賃が差別化されている中で、特定の効果だけを取り出して識別するのは困難をともないます。

グリーン・レトロフィットの効果を検証する

環境認証の取得は、日本ではまだ強制されていません。所有者の裁量によるので、その選択は物件の特性によって変わってきます。グリーンラベルの有無の効果検証は様々な形で変数をコントロールした上で行なっていく必要があります。

この問題については、大西氏、現在ウィスコンシン大学マディソン校で教授を務めているヨーヘンデン(Yongheng Deng)氏、および私の3名による2021年の研究で、環境認証の取得確率が高い層では2.6%ほどですが、取得確率が低い層では5.6%ぐらいで高いプレミアムを持つことを明らかにしました。ただ、ストックの多い古い小規模ビルを、分析の対象から外したという課題も残っており、今後発展させていく必要があると考えています。

オフィスビルを中小規模と大規模に分けて築年数ごとの棟数をグラフにした「オフィスビルピラミッド」を見ると、中小規模のビルは築30年を超えたものが多いことが分かります。これらのビルの環境性能を改善することが、日本のオフィスビル、特に東京のオフィスビルの環境性能を高めていくという意味で、大きな課題となっています。

米国のオフィス市場は、既存物件の建て替えによるグリーンプレミアムが6.5%ぐらいあるという研究があります。「米国では住宅市場でもグリーンプレミアムは報告されているが、日本の住宅市場では所得水準によってプレミアムは異なっている」との研究報告もあります。

グリーンプレミアムは年数が経過しても変わらないという前提が置かれますが、実際には環境技術の進歩は非常に目覚ましいものがあります。リノベーションの工事を実施した場合でも、年数が経過するとこの効果が必ず低下していきます。このような要素を考慮して推計していく必要があります。

スピーカー

清水 千弘

一橋大学教授・麗澤大学国際総合研究機構副機構長

1967年岐阜県大垣市生まれ。東京工業大学大学院理工学研究科博士後期課程中退、東京大学大学院新領域創成科学研究科博士(環境学)。麗澤大学教授、日本大学教授、東京大学特任教授を経て現職。また、財団法人日本不動産研究所研究員、株式会社リクルート住宅総合研究所主任研究員、キャノングローバル戦略研究所主席研究員、金融庁金融研究センター特別研究官などの研究機関にも従事。専門は指数理論、ビッグデータ解析、不動産経済学。主な著書に『不動産市場分析』(単著)、『市場分析のための統計学入門』(単著)、『不動産市場の計量経済分析』(共著)、『不動産テック』(編著)、『Property Price Index』(共著)など。 マサチューセッツ工科大学不動産研究センター研究員、総務省統計委員会臨時委員を務める。米国不動産カウンセラー協会メンバー。

【コラム制作協力】有限会社エフプランニング 取締役 千葉利宏

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