環境配慮型社会と不動産市場
10-2. 環境配慮型建築物の経済価値
目次
環境配慮型建築物の経済価値を、どのように測定していくのか。これは高度な学術的領域の課題ですが、そのコンセプトをできるだけ分かりやすく解説しましょう。
私たちの研究では、「オフィス市場における環境プレミアムが、どれぐらいあるのか」を解明しようとしています。前回「10-1. ESGと不動産市場」では、英ケンブリッジ大学のフランツ・フェルスト(Franz Fuerst)氏、オランダの研究者のピート・アイヒホルツ(P. Eichholtz)氏やニルス・コック(Nils Kok)氏、米カリフォルニア大学バークレー校のジョン・クイグリ(John Quigley)氏らの研究や、私たちの先行的研究を紹介してきました。
日本には、環境に配慮している不動産を識別するためのラベルである環境認証評価として、住宅・建築SDGs推進センターの「CASBEE(キャスビー)」や、日本政策投資銀行(DBJ)の「DBJ Green Building 認証」があります。このようなラベルはビル単位で付けられていて、グリーン認証の有無を識別することができます。ビル単位ではなく、オランダの「GRESB(グレスビー)」のように企業やポートフォリオ単位で評価する環境認証システムもありますが、賃料や取引価格との比較には馴染みません。私たちの研究では、ビル単位で環境性能を評価できる「CASBEE」、「CASBEE Real Estate」または「DBJ Green Building認証」と、実際のオフィスビルをマッチングして、環境認証の有無を見ながら、いくらの賃料で契約したのかを分析しています。
環境認証で重要なのは、総合的に環境性能を評価していることです。エネルギー消費、環境負荷の低減効果、利用者の効用、管理方針なども含めて評価していること、第三者機関で評価を行っていることがポイントです。
オフィスビルのデータを集めて、回帰分析を行うのに「環境認証ダミー」を使った分析を行います。環境認証を持っているオフィスビルの家賃には「1」というダミー変数を付け、環境認証を持っていないものには「0」を付けて、データ群の特徴を表した環境認証ダミーを作成します。この環境認証を持っているオフィスビルは、まだ全サンプルの4.3%しかありません。
この環境認証ラベルは、それぞれの国で作成されています。日本には、「CASBEE」「CASBEE不動産」「DBJ Green Building認証」がありますが、米国では「LEED(リード)」や「Energy Star」、イギリスの「BREEAM(ブリアム)」、フランスの「HQE」、オーストラリアの「Greenstar」などがあります。
これらのラベルごとに評価対象が異なっており、「LEED」や「BREEAM」は総合的に評価していますが、「Energy Star」は省エネ効果だけを見ています。「HQE」や「GRESB」、日本の「CASBEE」「CASBEE 不動産」、「DBJ Green Building認証」も総合的な評価になります。
環境認証ラベルの検証
環境認証ラベルが正しいかどうかを証明するのに、ラベルが有るビルと無いビルを単純比較してみましょう。1㎡あたりの賃料を比べると、認証が有るビルは8,000円弱くらい、無いビルは5,500円くらいとなりました。この数字だけを見ると、環境認証が有ると賃料が高くなるということですが、築年数を比べると、認証が有るビルは平均14年、無いビルは25年となっていて、築年数が古いビルは環境認証を取っていないことが分かります。オフィスビルの大きさを比べると、認証が有るビルの延床面積は6万3,308㎡、無いビルは1万8,491㎡ですので、規模が小さいビルは環境認証を取っていません。
そうすると、賃料の8,000円と5,500円の差は、環境認証が有るから高いのではなく、築年数が浅く、オフィスビルの規模が大きいから賃料が高くなっていると見ることもできます。
これを証明するには、計量経済的な接近法を使います。全部のデータを使った回帰式による分析で、環境認証の効果を抽出できるのですが、データには色々なバイアス(偏り)が存在しています。例えば、環境認証を取るビルは、新しくて規模が大きいから環境認証を取っているので、環境認証を持っているビルには当初からバイアスがあると考えます。
私たちの研究では、リノベーションすると環境価値が上がることも分析しようとしていますが、リノベーションは築年数が新しいビルでは行われません。古いビルだからリノベーションするので、リノベーションによる環境価値は古いビルに集中してしまうと考えられます。
これらのバイアスをコントロールするのに「傾向スコア」という方法を用います。バイアスは築年数や大きさなどの要素に起因していると考えられるので、これらの要素から傾向スコアを作成します。傾向スコアが似たもの同士のグループを作成するのに、一方は似たもの同士だけど環境認証を持っているグループ、もう一方は持っていないグループに分けて比較すると、築年数や大きさの要素をコントロールしたうえで、適切に環境認証の効果を見ることができます。
実際に、環境認証に基づいて傾向スコアを計算して3つのグループに分割しました。第1グループは環境性能が低いビル、第2グループは環境性能が中ぐらいのビル、第3グループは環境性能が高いビルで、3つのグループが同じく12,375サンプルずつになるように分割しています。
環境性能の低いもの、中程度のものの築年数が28年ぐらい、環境性能が高いものは築年数が18年ぐらいとなりました。環境性能が低いもの大きさは9,154㎡、中程度のものは1万128㎡で、ほぼ同じぐらい。しかし、環境性能が高いものは4万㎡ぐらいと、とても大きくなります。傾向スコアからは、このようなことが分かりました。
傾向スコアによってバイアスをコントロールしたうえで環境プレミアムを計算すると、環境性能が低いものにはプレミアムはありませんでした。値として0.040(4%)という結果が出ましたが、確率から結論を導く検定を行うと、この0.040が意味を持つ確率は非常に低い。つまり、0.04は「有意」ではない、つまり意味がないと判断します。
一方で、環境性能が中ぐらいのグループは、15.5%ぐらいの環境価値があると出ました。環境性能が高いグループでは3.2%という結果で、いずれも「有意」でした。
環境性能のラベルを持つビル全体の平均では環境価値は1.8%ぐらい、傾向スコアが同じものを合わせた場合には3.3%ぐらいという結果になり、環境価値は中程度のビルで高い効果が出ていることが分かります。
リノベーションと環境認証
ここまで、リノベーションが必要な築古の物件では、環境価値が出なかったとお伝えしました。では、築古の物件にリノベーションの効果を入れたらどうなるのか。傾向スコアでリノベーションの確率が低いグループ、確率が中程度のグループ、リノベーションの確率が高いグループに分けてみました。
築年数で見ると、リノベーションの確率が低いグループは14年で、新しいビルが多い。確率が中程度のグループは24年、そして確率が高いグループは35年となり、誰もが想像するように古くなればなるほどリノベーションが発生する確率が高くなります。
リノベーションの確率が低いグループ、中程度のグループでは、環境認証の価値は出てきません。「有意」ではないという結果になりました。しかし、リノベーションの確率が高い築古の物件だけを取り出すと、環境認証の確率は4.1%ぐらいとなります。
築古の物件では、そのままでは環境価値がないものの、リノベーションによって環境性能を高めたうえで環境認証を取ると、4.1%ぐらいの環境プレミアムが付くことが分かります。
私たちの最近の研究では、マーケット全体で平均して見た時のグリーンプレミアムは、東京のオフィスビルで1.8%ぐらいであることが分かってきました。築古の物件でも環境性能が向上するように正しくリノベーションする、いわゆる「環境レトロフィット」によってグリーンプレミアムは4.1%ぐらい付加できるという結果になりました。
しかし、このプレミアムは永続的に続きません。リノベーションしてから9年間ぐらいは10.4%ぐらいのプレミアムがありますが、それ以降はプレミアムが消滅してしまい、平均して4.1%となってしまいます。リノベーション単体では、20年程度の賃料上昇効果があると言われますが、グリーンプレミアムの効果は非常に短く、10年以降は消えてなくなってしまうことが分かってきました。
グリーンプレミアムが比較的に早く消えてしまうのは、環境技術の進歩や環境基準の厳格化が速いスピードで進んでいることが原因と考えられます。
社会全体で脱炭素化を進めていくためには、一時だけの集中投資で終わるのではなく、定期的に継続投資を進めていくほうが、より多くのプレミアムを得ることができます。また、不動産取引によってビルのオーナーが代わっても、追加的な投資計画やデータが寸断されない仕組みを作っていく必要があります。私たちの研究からも、10年以上の長期的な追加投資計画の立案と実行を引き継いでいくことが重要であると分かります。
これからの未来を見据えると、環境の効果は非常に重要です。環境問題をどのように捉え、不動産市場と環境との共生に向き合って、いかに持続可能性の高い世界を作り上げていくのか。不動産投資の世界からも見つめていくことが重要となります。
スピーカー
清水 千弘
一橋大学教授・麗澤大学国際総合研究機構副機構長
1967年岐阜県大垣市生まれ。東京工業大学大学院理工学研究科博士後期課程中退、東京大学大学院新領域創成科学研究科博士(環境学)。麗澤大学教授、日本大学教授、東京大学特任教授を経て現職。また、財団法人日本不動産研究所研究員、株式会社リクルート住宅総合研究所主任研究員、キャノングローバル戦略研究所主席研究員、金融庁金融研究センター特別研究官などの研究機関にも従事。専門は指数理論、ビッグデータ解析、不動産経済学。主な著書に『不動産市場分析』(単著)、『市場分析のための統計学入門』(単著)、『不動産市場の計量経済分析』(共著)、『不動産テック』(編著)、『Property Price Index』(共著)など。 マサチューセッツ工科大学不動産研究センター研究員、総務省統計委員会臨時委員を務める。米国不動産カウンセラー協会メンバー。
【コラム制作協力】有限会社エフプランニング 取締役 千葉利宏