AI技術の進化で「教養」の価値は失われるのか
AI研究の第一人者が語る「学ぶことの意味」

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※本記事は「東洋経済オンライン」に2024年3月14日に掲載された記事の転載です。

現在、学校のみならずビジネス社会においても「教養」がブームとなっている。そもそも「教養」とは何か。なぜ「教養」が必要なのか。

今回、3万5000部のベストセラー『読書大全』の著者・堀内勉氏が、東大教授でAI研究の第一人者である松尾豊氏に「進化するAIと教養」をテーマに、「教養とは何か」「人はなぜ学ぶのか」についてインタビューを行った。

始まりは「哲学的な問い」への関心

堀内 先日、松尾さんがNHKの「フロンティア」に出演された際に、自身の学生時代からの哲学に対する関心が現在のAIの研究に大きく結びついているとお話しされていたことが印象に残っています。松尾さんのAI研究の原点には、そうした哲学的な思索があるという理解で正しいでしょうか。実は本日の対談も、そこに興味があってお願いしたのですが。

松尾 哲学的な問いへの関心は子どもの頃からあって、たとえば「自分とは何だろう」「死後の世界はどうなっているのだろう」、あるいは「いま考えている自分がいることは不思議なことだ」といったことに思いを巡らせているような子でした。

高校3年生の受験期に入ると、勉強から逃げたい気持ちもあり、学校の帰りに図書館で哲学書を読み漁るようになりました。とりわけヴィトゲンシュタインが好きで、そこで存在と認識の問題に関心を持つようになりました。

そのような経緯があって人工知能の研究をするようになったので、私の研究はこれらの根源的な問いに基づいていると思っています。ブームになろうがなるまいが、これほど面白いことはないと思って研究を続けてきました。

堀内 実はいま、東洋経済と一緒に教養をテーマに本を作っているのですが、AI研究の最前線で活躍され、「人間の知能」の解明に挑んでいる松尾さんに、「人間はなぜ学ぶのか」「教養とは何か」「今の学校教育についてどう考えるか」などについて、ぜひ話をうかがってみたいと思っていました。

松尾 「学ぶ」ということについては、私たちの脳はハードウェア的には2000年前~3000年前から大きく変わっておらず、それほど進化していません。しかし、その頃の人たちに比べて、現代に生きる私たちは何か高みにいる、物事が見渡せるような特権を与えられています。それはなぜかというと、小さい頃から多くのことを効率的に学んでいるからです。

「数学の因数分解など社会に出てから一度も使ったことがない」と言う人がいますが、この世界の多くの事象が因数分解として考えられるという見方、要するに、ものごとを複数の独立の要因に分けて、掛け算として表せるという見方を学んでいるわけです。それがまた社会や科学、技術の進歩につながっている。こうした見方・考え方を人生の初期段階である学生時代に学ぶことは、とても意味のあることなのです。

堀内 最近の教養ブームでは、多くの人が「教養」=「知識」だと考えているところがあるように思います。でも私はまったくそうは思わないんですよね。私は数年前に『読書大全』という本を書いたせいか、よく「堀内さんは博覧強記ですね」などと言われるのですが、そう言われると非常に複雑な気持ちになります。ウィキペディアやChatGPTのほうが私よりずっと博覧強記ですけど……と思うのです。

松尾さんのお話をうかがっていると、まず「人生をどう生きるか」が重要な課題としてあって、そのために正しい意思決定の方法を身に付け、正しく生きるために教養を学ぶ必要があるということだと思います。教養を身に付けることで、自分の人生の意思決定をより幅の広いものにしていくことができると。

人間が生きる意味について

堀内 私はもともと社会人のスタートが銀行員でしたが、当時を振り返ってみると、まったく主体的に生きていなかったと感じています。銀行というところは、幅の狭い世界で、幅の狭い意思決定をして、そうした狭い世界で40年くらいずっと会社に面倒を見てもらえて、それはそれで人生の辻褄は合っているので、そういう人生を否定する気はありません。経済的にも困ることはなく、セカンドライフは友だちと好きなゴルフをして、それはそれで楽しそうだなと思うわけです。

しかし、私自身は学ぶことで自分の視野を広げて人生を豊かにしていくということの本質的な意味を、もう少し議論したいと考えています。単純に幸せになるというのであれば、むしろ視野が狭いほうがよいのかもしれませんが。

松尾 その通りだと思います。幸せだけを求めるなら、部屋に閉じこもってゲームをしてコンビニの弁当を食べてという生活が実はいちばん幸せなのかもしれません。しかし、人間が人間である理由は何かというと、やはり「知りたい」「理解したい」という欲求にあるはずです。

私にとって「生きることの意味」は、「知る」というか「世界のあり方を理解する」ことです。何かを学ぶ、何かを身に付けるようになると、それによって見える世界が変わってくる。そして、また新しいことと出会い、新しいことができるようになって、また見える世界が広がっていく。こういうことがとても奥深いと思っていまして、それを突き詰めていくのが人生ではないかと感じるのです。

堀内 松尾さんが子どもの頃に持っていた哲学的な問いは、現在の研究においてもモチベーションやドライビングフォースになっているのでしょうか。

松尾 その通りです。私の研究は「知能を解明したい」「自分とは何かを知りたい」というところからスタートしています。自分が生きている間にその答えは出ないと思っていましたが、近年、ここまで人工知能の技術が進んでくると、もしかしたら答えが見つかるかもしれないという希望が出てきて、現在の研究を続ける大きな力となっています。

堀内 ということは、人工知能を突き詰めていくと、人間とは何かという答えにたどり着けるということでしょうか。仮説で結構ですので、人間の本質について、松尾さんは今どのように考えているのか教えていただけますか。

松尾 人間の本質を追求するというよりは、人間の知能を相対化したいと考えています。たとえば、中世では一番上に神がいて、人間、動物という序列がありましたが、それは間違いで、現在では、人間とは霊長類であり、アウストラロピテクスから進化してきたホモ・サピエンス・サピエンスで、大脳皮質がとても発達した種であると考えられている。つまり、動物の中に人間というものが位置づけられるようになりました。

ところが、知能に関しては、いまだに人間だけは特別で、動物とも別物、コンピュータとも違うと考える人が多いわけです。しかし、これは間違いで、あり得べき知能の全体像の中で「人間型知能」と位置づけられるはずですし、「人間型知能」の強いところもあれば弱いところもある。それを工学的に別のかたちで実現した知能もあれば、動物のように言語能力がなくやや劣ってみえる知能もある、というように全体が位置づけられるわけです。

その中で人類の知能とはこういう特徴があって、欠点もあるというのが相対化して見えるようになる。そして、こういうことに気を付ける必要があるとか、こういう道具を使えばよい、ということがわかるようになるとよいと思っています。

「われわれは何者で、どこへ行くのか」

堀内 ゴーギャンの有名な絵画で、「我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか」という根源的な問いをタイトルにしているものがあります。この言葉をもう少し科学的に整理すると、人間の外側に対する問い「宇宙の根源はどうなっているのか」と、人間の内側に対する問い「人間の脳や精神はどうなっているのか」という2つの問いに集約されると思っています。これが人類の抱いている最も難しく根源的な問いの2つであり、人間の脳の解明というのは、宇宙について解明するのと同じくらい難しいという気がしています。

松尾 世の中の難しい問題が宇宙と脳の解明に集約されるというのはその通りだと思っています。現代社会で残っている謎はその2つしかないと言ってもよいかもしれません。ですから、研究をするのなら、その2つのどちらかを行うべきだと。自分も人工知能の研究をしていなければ、宇宙の研究をしていたのではないかと思っています。

ただ、後付けになりますが、宇宙よりも人工知能の研究のほうが適した道だったかもしれないと思っています。先ほどお話ししたように、「人間型知能」には強いところ、弱いところがあり、明らかに制約があります。

松尾 「人間型知能」では見えないものの見方や定式化の方法などが絶対にあるはずで、ひとことで言うと、人間はそれほど頭が良くないのです。限られた変数しか扱えないのですね。世界はいろいろなものの相互作用によって成り立っていて、それを解明するには多くの変数を扱うモデルが必要になりますが、われわれの頭では、それを見つけられていないものがたくさんあります。

そういったことが、これまでに得られたディープラーニングの研究の知見で説明できる部分というのはかなり多いです。また、われわれの言語能力というのはいったい何なのかとか、いろいろなものを知ることで見え方が変わってくるという話とも関係するのですが、そういうことがなぜ起こるのかなどもいずれ説明できるはずです。あとは理性や自由意志のようなある種の錯覚がなぜ起こるのかも説明できるようになると思います。

さらには、進化の過程で、どういうタイミングで何が起こったから人間的な知能を持つに至ったかということもある程度説明できますし、そういう意味では「われわれは何者で、どこへ行くのか」ということを説明できることになると思います。

知能を高めるために身体性は必要か

堀内 知能と身体の関係についてはどのようにお考えでしょうか。肉体があるからこそ知能がある、肉体を持っていることによって人間は学び、知識、知能を高めていくという、ある種のフィードバック・ループみたいなものがあるという考え方もあると思うのですが。身体があるということは、松尾さんの人工知能研究の中ではどのように捉えられているのでしょうか。

松尾 私は2017年頃から「身体性が必要派」から「必要ない派」に変わり、現在は知能において身体性は必要ないという立場です。というのは、「人間型知能」においては、自己保存や自己再生が暗黙に仮定されていることが多く、身体は必然になります。しかし、知能とは世界をモデル化し、予測の能力を上げることであると仮定すると、AlphaGoが囲碁の世界のみを想定しているように、目的に応じた世界の捉え方があり、目的によっては必ずしも身体性を必要としないと思っています。

結局、生命にとっての知能は、いくら世界をモデル化しても、最終的に身体をどう動かすかということが重要で、身体は必然になります。また、身体性があったほうが環境との相互作用によって学習が早くなる場合がほとんどなので、身体性があるのは得なのです。そして、われわれ自身がそうであるがゆえに、その見方から逃れにくいわけです。ところが、目的はさまざまにあり得ますし、また、インターネット上のようにデータがたくさんできれば、身体性がなくても学習はでき、世界のモデル化はできます。そういう意味では対象とする知能を「人間型知能」としない場合は、身体性はあったほうがよいかもしれないけれど必須ではないということになります。

堀内 なるほど、知能をどう捉えるかという見方次第なのですね。

松尾 私もずっと「人間型知能」を前提に考えてきたので身体性が必要と考えてきたのですが、現在では、必ずしも身体性が必要とは思わなくなりました。でも、いろいろな考え方があっていいと思いますし、人工知能の分野では伝統的な、面白い論点だと思います。

(構成・文:中島はるな)

お話を聞いた方

松尾 豊 氏

東京大学教授

1975年香川県生まれ。1997年に東京大学工学部電子情報工学科卒業。東京大学大学院工学系研究科電子情報工学専攻博士課程修了。独立行政法人産業技術総合研究所研究員、スタンフォード大学CSLI客員研究員を経て、2019年から東京大学大学院工学系研究科人工物工学研究センター教授。2017年、日本ディープラーニング協会理事長。2019年、ソフトバンクグループ株式会社取締役(社外)。2021年、新しい資本主義実現会議有識者構成員。2023年、AI戦略会議座長。人工知能研究の第一人者であり、ビジネス界においても注目されている。著書に『人工知能は人間を超えるか︱ディープラーニングの先にあるもの』(KADOKAWA)など。

堀内 勉

一般社団法人100年企業戦略研究所 所長/多摩大学大学院経営情報学研究科教授、多摩大学サステナビリティ経営研究所所長

多摩大学大学院経営情報学研究科教授、多摩大学サステナビリティ経営研究所所長。東京大学法学部卒業、ハーバード大学法律大学院修士課程修了、Institute for Strategic Leadership(ISL)修了、東京大学 Executive Management Program(EMP)修了。日本興業銀行、ゴールドマンサックス証券、森ビル・インベストメントマネジメント社長、森ビル取締役専務執行役員CFO、アクアイグニス取締役会長などを歴任。 現在、アジアソサエティ・ジャパンセンター理事・アート委員会共同委員長、川村文化芸術振興財団理事、田村学園理事・評議員、麻布学園評議員、社会変革推進財団評議員、READYFOR財団評議員、立命館大学稲盛経営哲学研究センター「人の資本主義」研究プロジェクト・ステアリングコミッティー委員、上智大学「知のエグゼクティブサロン」プログラムコーディネーター、日本CFO協会主任研究委員 他。 主たる研究テーマはソーシャルファイナンス、企業のサステナビリティ、資本主義。趣味は料理、ワイン、アート鑑賞、工芸品収集と読書。読書のジャンルは経済から哲学・思想、歴史、科学、芸術、料理まで多岐にわたり、プロの書評家でもある。著書に、『コーポレートファイナンス実践講座』(中央経済社)、『ファイナンスの哲学』(ダイヤモンド社)、『資本主義はどこに向かうのか』(日本評論社)、『読書大全 世界のビジネスリーダーが読んでいる経済・哲学・歴史・科学200冊』(日経BP)
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※本記事は「東洋経済オンライン」に2024年3月14日に掲載された記事の転載です。元記事はこちら

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