日本企業で排除されがちな「面倒くさい奴」はどう生きればいいのか

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『人生を変える読書』著者、堀内勉氏に聞く(2)

※本記事は「日経ビジネス電子版」に2024年1月9日に掲載された記事の転載です。

3万5000部を突破した『読書大全』著者の堀内勉氏が『人生を変える読書 人類三千年の叡智を力に変える』を上梓した。時代を超えて読まれ続ける名著を紹介するブックガイドを志向した読書大全に対し、新刊は読書という行為の中身や意味に焦点を当てたという。「読書は人との出会いそのもの。自分の人生と照らし合わせて読めば、生きる糧になる」と語る堀内氏。『天才読書 世界一の富を築いたマスク、ベゾス、ゲイツが選ぶ100冊』を執筆した山崎良兵が読書と生き方をテーマに話を聞いた。

――前回の記事「飲み会やゴルフで『社内の忠誠心の貯金』を増やすよりも大事なこと」では、読書は著者との対話であり、他者を知ることは自分自身を知ることにつながる。また読書は、考える材料を集めて、考える枠組みを構築する手段として優れている。多様なものの見方や考え方、価値観、思考のベースになる材料をインプットすると、自らの頭で考える土台ができる、といった話をお聞きしました。

『人生を変える読書』で堀内さんが書かれていた「自分の内なる声に耳をすまそう」という言葉も印象的でした。確かに、自分が本当は何をやりたいのか、どのように生きたいのかをあまり考えず、とにかく会社や仕事を優先して生きているビジネスパーソンも少なくありません。組織人として働いていても自分自身を見失わないようにしよう、読書を通じて自分の基軸を見つけよう、といった堀内さんの言葉に勇気づけられる人が多いように感じました。

堀内 勉氏(以下、堀内氏):ご注意いただきたいのは、私は組織に身を委ねずに自分一人の力で生きた方がいいと勧めているわけではないことです。現実には、たくさん本を読んで自分なりの生き方の基軸を持てたとしても、それが本当に組織人としての幸せにつながるかどうかは分かりません。まっとうに生きて、まっとうな価値観を持ちたいと思って読書を続けても、日本の伝統的な組織の中では逆に生きづらくなる可能性さえあります。

 組織にいるとどうしても自分の発言は、周囲の人や組織のロジックに引きずられてしまいます。さまざまな人の立場や考えがあるので、こう言ったらあの人が怒るからやめておこう、こんなことを言うと出世に響くと考えるのは当たり前です。

 つまり組織という村社会で上手に生きていくには、自分などというものをはっきり持たずに、組織の論理に素直に乗っかった方が楽に生きていけるかもしれない。周囲の人にもその方が受け入れてもらいやすい。

 これも『人生を変える読書』に書きましたが、自分なりの基軸や考えを持ち、しっかりした議論をする人間ほど、旧来型の日本の組織では「面倒くさい奴」だと思われてしまう。大学や大学院で優秀な成績を修め、人格的に優れた人でも、面倒くさい奴は組織の論理からはじき出されてしまいます。

組織には「自分が自分であること」を否定する力がある

――むむむ。組織で働く人間としては本当に悩ましい問題ですね。たとえ正しい意見だとしても自分の考えを主張しすぎると、面倒くさい奴というレッテルを貼られ、会社員としては間違いなく生きづらくなる。自分の基軸や意見を大事にしながら、組織の一員として生きていくにはどうすればいいのでしょうか。

堀内氏:人間が集まって組織をつくるということは、そこでは常に「自分が自分であること」を否定する方向に力が作用します。しかし、それが世の中というものだと分かっていれば、また別の対応も可能です。自分が置かれている状況は何なのかが理解できないと、ただ流されるだけの人生になってしまいますが、自分が置かれている状況を客観的に見ることができれば、自分が自分であるためにどうすればいいかを考えることができます。

 私自身は中学・高校時代にとても自由な校風の学校で教育を受けたこともあり、銀行で働いていた頃は「こんな檻(おり)のようなところは早く辞めて、もっと自由に生きたいな」と思っていました。最初に就職した20代の頃は、しばらく我慢すれば光が見えてくると思っていましたが、10年以上働いて、そんな先には何もないことを痛感して、新たなキャリアを選びました(詳細は日経ビジネスの記事「安定した仕事と家庭を失い“絶望の淵”にいた僕を救ってくれた本」を参照)。

――堀内さんは、日本興業銀行(現みずほフィナンシャルグループ)から米系投資銀行のゴールドマンサックス証券に転じ、その後は森ビルのCFO(最高財務責任者)として活躍されました。日本の伝統的な大企業に加えて、外資、オーナー系の企業も経験されていますが、日本における企業と個人の関係をどう見ていますか。

堀内氏:日本では「JTC(ジャパニーズ・トラディショナル・カンパニー)」とも呼ばれる伝統的な大企業がエスタブリッシュ(評価が確立)された存在として、支配的な影響力を持っている印象があります。

――就職人気ランキングを見ても、日本の総合商社や銀行、保険会社、大手メーカーが何十年も上位を占めています。昭和から、平成、令和に時代が進んでも、学生の価値観は大きく変わっていない印象がありますね。

堀内氏:最近、日本の大企業で人事を担当する役員と話す機会がありましたが、多くの日本の大企業における研修は「出来レース」なんですよね。「君は将来偉くなるから特別な研修を受けさせてあげる」といった感じで幹部人材を育てている。

 昔は、日本の企業はお金がたっぷりあったので、将来会社に貢献するかどうか分からなくても、海外にたくさんの留学生を派遣していました。しかし今はむしろ留学していない人の方が会社の中に根付いて、人脈をちゃんとつくり、組織の中で信用の貯金みたいなものを積み上げているイメージがあります。

 こうした人材の方が、会社から見ると確実性が高く、むしろ留学している人は変な奴だと思われて、ほとんどが排除されるという話さえ聞きます。社費で留学させても辞める人が多いとコストパフォーマンスが悪いので、会社派遣の留学はものすごく減っているようです。

 その代わりに中堅以上のエグゼクティブ教育に多く投資するようになっています。「君は選抜されて幹部候補のメンバーに入っているので、辞めたりしないよね」と伝えて、安全パイの人に教育を受けさせる。これは予定調和の出来レースみたいなものです。

「利他」「無私」「全体のために」は綺麗事?

――堀内さん自身は米ハーバード大学のロースクール(法科大学院)に留学されて、外資に転じました。その意味では安全パイではなかったのかもしれませんね。

堀内氏:『哲学と宗教全史』や『全世界史』の著者として知られる出口治明さんが「人間を変えるのは人と本と旅」だと言っています。留学も旅のようなもので、人間の人生観に大きな影響を与えます。私も日本にいたときは東京大学卒の大手銀行員で、ある種のレールに乗っている存在でしたが、留学したら英語がたどたどしい一人のアジア人に過ぎません。そこで私は自分自身が何者なのかをものすごく考えるようになりました。

 こうした経験が一段高いところから世界を見ようという「メタ認知」の重要性を認識するきっかけになりました。対立軸だけで見るのではなく、一段高い視座から俯瞰(ふかん)して、目の前の事象がどう見えるのかを考える。このようにして思考の幅を広げることは、人間の幅を広げることでもあるし、読書にもつながると感じています。

――読書は自分が認識できる世界の幅を広げ、思考の幅を広げ、より自由に発想できるきっかけを与えてくれる。教養=リベラルアーツは、奴隷制が当たり前だった古代ギリシャ・ローマ時代に、自由民が身に付けるべき学芸(知識)とされていました。現代でも組織に隷属するのではなく、個人として自由に思考して生きるための武器になりそうです。堀内さんの新刊には、そんなメッセージも込められているように感じました。

堀内氏:お伝えしたいのは、自分勝手に生きろと言っているのではなく、善い人生とは何か、善い社会のあり方とは何かをしっかり考えてほしいということです。日本の社会では、「利他」「無私」「全体のために」といった綺麗事のような言葉をよく耳にします。

 それよりも、自分と社会の良い関係とは何かを、一人前の大人としてきちんと自分の頭で考えられるようになることが大事です。何も考えずに「社会のために尽くします」みたいな人はむしろ迷惑なのかもしれません。なぜならその裏には、「その代わりに私の面倒をみてね」といった考え方が見え隠れしているからです。「会社のために尽くします」も同じで、「代わりに私の人生の面倒をみてくださいよ」となる。

――自立した個としてではなく、組織に依存して生きる。「一人はみんなのために、みんなは一人のために」という言葉が人気になったように、日本では個と全体の線引きがあいまいで、混然一体となりがちです。

堀内氏:どちらかがどちらかに一方的に依存しない、一人前の大人同士のような関係を、個人と会社の関係においても築くべきだと思います。「パーパス(存在意義)」を掲げる会社が増えていますが、個人のパーパスはどこにあるのか? 会社がどうやったらよくなるのかといったパーパスの議論もいいのですが、個人としてのあなたはどこにいるのか。「自分のことはさておき、会社の議論をしましょう」というのは、地に足がついていない気がします。

 自分と組織との関係のその先に、自分と社会との関係、自分と日本との関係、自分と世界との関係、自分と地球との関係といったものが無限に広がっている。自分と会社との関係だけですべてが閉じているわけではありません。そこに気づかないと、会社が間違った方向に進むと、一緒になって過ちを犯してしまう。組織の中にいても、何が正しいのかを自分の頭で考えて判断できる存在になることが大事です。読書などを通じて、善い生き方とは何かについて考えてほしいと心から思います。

著者

堀内 勉

一般社団法人100年企業戦略研究所 所長/多摩大学社会的投資研究所教授・所長

多摩大学社会的投資研究所教授・所長。東京大学法学部卒業、ハーバード大学法律大学院修士課程修了、Institute for Strategic Leadership(ISL)修了、東京大学 Executive Management Program(EMP)修了。日本興業銀行、ゴールドマンサックス証券、森ビル・インベストメントマネジメント社長を経て、2015年まで森ビル取締役専務執行役員CFO。田村学園理事・評議員、麻布学園評議員、社会変革推進財団評議員、立命館大学稲盛経営哲学研究センター「人の資本主義」研究プロジェクト・ステアリングコミッティー委員、日本CFO協会主任研究委員 他。 2020年7月、株式会社ボルテックス100年企業戦略研究所所長に就任。 ライフワークは資本主義とソーシャルファイナンスの研究。趣味は料理、ワイン、アート鑑賞、工芸品収集と読書。読書のジャンルは経済から哲学・思想、歴史、科学、芸術、料理まで多岐にわたり、東洋経済などで複数の書評を連載している。著書に、『コーポレートファイナンス実践講座』(中央経済社)、『ファイナンスの哲学』(ダイヤモンド社)、『資本主義はどこに向かうのか』(日本評論社)、『読書大全 世界のビジネスリーダーが読んでいる経済・哲学・歴史・科学200冊』(日経BP)
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※本記事は「日経ビジネス電子版」に2024年1月9日に掲載された記事の転載です。元記事はこちら

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