地元の“当たり前”に価値を見出す
〜日本一の星空を主軸にした長野県阿智村のブランド戦略〜

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目次

長野県の南信州地域に位置する人口約6,000人(令和5年度時点)の阿智村は「日本一の星空の村」として知られ、毎年多くの観光客が訪れています。かつては地元住民が「この街には何もない」と感じていた阿智村。そうした中で、星空をいかにしてブランド化し、地域活性を実現させたのか――。その立役者である、ジェイ・マウンテンズ・セントラル株式会社代表取締役、株式会社阿智昼神観光局、代表取締役社長の白澤裕次氏にお話を伺いました。

長野県阿智村の街に眠る観光資源を掘り起こす

2012年からスタートした長野県阿智村の「天空の楽園 日本一の星空 ナイトツアー」。現在は、季節限定のツアーも含めた「天空の楽園 日本一の星空ツアー」として注目されています。2023年3月末時点で、のべ100万人以上の来場者が訪れるほどの人気ぶりです。今年度も13万人以上の来場者を予定しています。

ツアーの仕掛け人である白澤裕次氏は、その始まりについてこう話します。

「阿智村は昼神温泉を中心に、バブル期には多くの団体客が訪れる観光地でした。しかしバブル崩壊後、人口減少とともに徐々に地元の経済が悪化し、ここに住む者として危機感を覚えたのです」

白澤氏は阿智村出身で、31歳のときにUターンし、地元のスキー場に勤めた後、経営も担うようになります。全国の地方自治体が衰退していく中で、阿智村も例外ではありませんでした。スキー場の来場者は年々減り、業績は下がっていく一方。そうした環境下で会社を継続させるためには、何が必要かを考えるようになったといいます。

「今の営業形態のままでやっていても長続きしないと思いました。ただ、スキー場で何かコンテンツをつくるとして、来訪者を10万人から11万人にすることはそれほど難しくありませんが、10万人を20万人に増やすのは難しい。たくさんの人を呼び込める地域コンテンツがなければ、根本の問題解決には至らないと思ったのです」

そこで、白澤氏は観光の要である昼神温泉郷にたくさんの人に宿泊してもらうことが街や地域全体の活性化につながり、全体的に疲弊傾向にある観光産業の底上げができると考え、そのための戦略を練り始めます。

「地域の人々に集まってもらい、阿智村の観光資源を棚卸ししました。そこで挙がった候補を集約して、全国的なWEBアンケートで『どの観光資源にいちばん魅力を感じるか』を問うたのです。温泉やゴルフ場などいろいろ候補はありましたが、ことごとく反応が悪く、唯一よい反応があったのが星空でした」

2006年に環境省の『星が最も輝いて見える場所』第1位に認定されたものの、当時は村民にさえもよく知られていませんでした。

ところが、「日本一の星空があるのなら阿智村を訪れてみたい」と答えた人が、たった数人でもいたことで、星空プロジェクトは動き出します。

「その頃、星空観察会のようなものが密やかに開催されていましたが、地域ブランドにはなり得ないと実感しました。星空観察ツーリズムはそれほどポピュラーな(世間一般に広く受け入れられている)コンテンツではありません。星空に興味のない人たちにも来てもらうために、エンターテインメント性を追求することにしたのです」

どんな天候でも「夜を楽しむ」ナイトツアー

満天の星は毎日見えるものではありません。曇りや雨などの天候にも左右されますし、月明かりで星が見えづらい日もあります。そこで、「星空を見るツアー」ではなく、夜そのものをエンターテインメント化する「ナイトツアー」というネーミングでスタートさせました。

「当初は温泉郷からナイトツアーの会場まで特別なツアーバスを仕立てていました(現在は昼神温泉郷発着の定期バス)。その車内で宇宙にちなんだ映像を流したり、山頂に登るゴンドラをスペースシャトルのような仕様にしたりし、宇宙服を着たツアーガイドをつけるなど、エントランスから世界観に引き込まれるような演出を施しました」

年間約200日のナイトツアー営業日のうち、満天の星が見える日は5分の1程度。悪天候でも継続して来てもらえるような工夫が必要でした。開始当初は手探り状態ながら、「こうしたら喜んでもらえるかもしれない」という素直な遊び心から生まれたさまざまな仕掛けが、訪れる人の満足度アップにつながっています。

「当初は年間来場者数5,000名を目標にスタートしました。地域や行政に対して、この事業がちゃんと阿智村に経済循環を生むということを示せる最低数です。結果的に、初年度2012年に約6,500名もの方に来てもらうことができました」

来場者数は年々増え続け、3年後の2015年には早くも6万人を突破。翌2016年には年間来場者数が10万人を超えました。2023年には累計100万人を記録しました。

「春夏秋冬で見える星は変わりますし、星の数も日によって違います。来場者のインタビューでは『また違う季節に来てみたい』『今度は家族を連れて来たい』という声も聞かれました。われわれのブランドは『安心感』だという根本の考えをもとに提供している阿智の星空を見てもらい、お客様が感じられる最終的な満足感。これにより一度訪れた方がリピーターになってくださり、来場者アップの大きな要因になったのではないかと考えています」

プロモーションでは多くのパートナー企業との戦略的なタイアップが、手段の一つとして功を奏しました。SNSによる発信も来場者が増える大きな要因ですが、単独での発信では限界があります。多くのメディアとのタイアップ事業によって、よい展開が生まれました。

「例えば天体望遠鏡メーカー様や、自動車メーカー様など、多くの企業様とマーケティングパートナーとして連携をし、共同プロモーションでSNSの発信も飛躍的に増え、相乗効果でナイトツアーの認知度が倍増していったのです」

昼神温泉郷の宿泊客は、以前は80%近くがシニア層でしたが、ナイトツアーを開始して数年後には20〜40代が50%を占めるようになりました。将来の旅行需要や持続的な温泉観光などを考え、新しいマーケットを開拓できたと白澤氏は語ります。

地元住民の「地域への誇り」を持つことが地域創生の第一歩

昼神温泉郷は出湯50年と、まだ歴史が浅い温泉郷です。高度経済成長、バブル経済などの外的な要因などで飛躍的に発展した温泉郷で、歴史が浅いゆえに地域や地元住民を意識することなく、集客や経営で精一杯の状況でした。そのような中で、地元の人は温泉郷や観光施設に対して、愛着心をもちづらい状況にあったといいます。

しかし街の活性化には住民の理解と協力が不可欠です。白澤氏はどのように地域の意識を変えていったのでしょうか。

「まずは私自身がメディアや取材など、外部に向けて発信する機会をたくさんつくりました。また、地元の中学校や高校にも出向き、子供たちに美しい星空のための環境づくりや、観光の未来についての講義をしました。星空を軸にした観光が村にとってどれほど大きな意味があるかということを地道に伝え続けたのです。地方創生大臣賞などの賞レースにも積極的に参加し、阿智村の星空は少しずつ外部から認められるようになりました。そうしているうちに村民が徐々に地元に対して誇りを持ってくれるようになり、観光事業にも前向きに考えてくれるようになったのです」

2019年には2,640人が10分間の天体観測を行い「同時に天体観測を行った最多人数」のギネス世界記録を達成。村民の地元への想いはさらに醸成されていきました。

そんな阿智昼神のブランド戦略は、現在、次のステージに移行しつつあります。

「長野県の南信州エリア全体の観光業を盛り上げていくためには、昼神温泉を地域の経済循環の拠点としなくてはいけないという新たな課題が浮かび上がってきました。南信州エリアの観光は、いま、阿智村が70%を占めていますが、実は出湯50年というまだまだ新しい温泉なので、街そのものは温泉郷としての情緒がありません。時代は変わり、旅館が目的ではないお客様が圧倒的に増える中で、「街歩き」という需要を満たす環境づくりを検討しています」

約10年後には隣町の飯田市にリニア中央新幹線の駅ができ、世界中から多くの観光客が訪れるでしょう。その時、世界から選ばれる観光地になるために、道路や河川、駐車場なども含めて大規模な改修をし、「ウォーカブル(居心地がよく歩きたくなる)」な街づくりを目指したプロジェクトが始まっています。

「星空プロジェクトを経て、このプランについて住民の皆さんに発表できたことは、これまでの十数年間の集大成とも言えます。観光というものが、地域に大きく貢献できることが皆さんにも伝わったからこそだと思います。インフラの整備にとどまらず、新しい産業や事業を起こし、人が住み続けたいと思えるような街にしていきたいと思います」

埋もれていた地域の価値を掘り起こし、観光を基軸に新たな街づくりをスタートさせた阿智村。10年後、20年後の未来を見据えたブランド戦略は、これからも続いていきます。

(お話を聞いた方)

白澤 裕次 氏(しらさわ ゆうじ)

株式会社阿智昼神観光局 代表取締役社長
ジェイ・マウンテンズ・セントラル株式会社 代表取締役

1996年に故郷である長野県阿智村の第三セクター「阿智総合開発」(現ジェイ・マウンテンズ・セントラル)に入社後、2010年に代表取締役に就任。阿智村の星空を地域・観光活性化に活かし、誘客促進することを目的に設立された「スタービレッジ阿智誘客促進協議会」の副会長として、また、2016年には阿智昼神観光局の代表取締役に就任し、日本一の星空を軸とした地域づくりを中心となって手掛け、阿智村の観光や地域発展の一翼を担う。

[編集] 一般社団法人100年企業戦略研究所
[企画・制作協力]東洋経済新報社ブランドスタジオ

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