業績とエンゲージメントが向上する働き方改革
秘訣は心理的安全マネジメント(後編)
目次
日本は深刻な人材不足に陥っていますが、同時に深刻な少子高齢化に直面しています。そのため、現在の労働力を確保しながら未来の労働力も確保し、なおかつ業績も上げなければいけません。この無理難題を最も効率的に解決するのが働き方改革であると、2,000社以上の企業の働き方改革を支援してきた実績を持つ小室淑恵氏は語ります。
※本レポートは、2023年6月27日に開催されたオンラインセミナーの一部を抜粋してお伝えするものです。前編はこちら。
登壇者
小室 淑恵 氏
株式会社ワーク・ライフバランス 代表取締役社長
ワーク・ライフバランスコンサルティングを2,000社以上に提供し、労働時間の削減や有給取得率の向上だけでなく、業績の向上、社員満足度の向上、自己研鑽の増加、企業内出生率の向上を実現。安倍内閣産業競争力会議民間議員、経済産業省産業構造審議会委員、文部科学省中央教育審議会委員、環境省「働き方改革」加速化有識者会議委員などを歴任。2児の母。
勇気を持って過去の成功体験と決別する
高度経済成長期に長時間労働を耐え、成果を上げてきた自負がある人は少なくありません。ただ、その時代にはその働き方がフィットしていたのであって、現在の人口構造では適していません。過去の成功体験に固執せず、いち早く脱却し、方針転換できた国と企業だけが勝つことができるのです。現在の人口構造にフィットした働き方の条件は、①なるべく男女ともに働くこと、②なるべく短時間で働くこと、③なるべく違う条件の人を揃えることであり、どれも高度経済成長期とは真逆の鉄則といえます。
社会のニーズが多様化の一途をたどる現代においては、業界を問わずイノベーションの創出が求められており、そのためには多様な人材と、フラットに意見交換できる場が不可欠であるといわれています。ところが日本の企業には、この双方が欠けています。
たとえば、女性管理職が極端に少ないことがあげられます。決して女性が差別されているわけではなく、女性に配慮した結果の「好意的差別」が多くの企業で起こっています。育児中の女性に時間外労働を強いるのは忍びないので、家庭的な事情を持たない男性を選ぶ、という忖度です。管理職に24時間労働OKの人材だけが集中し、均質な価値観で議論していたら、イノベーションが起きるはずもありません。
また近年注目されているのが、「短時間で働く」の延長線にある、睡眠の重要性です。人間の集中力は朝起きてから13時間しか持続しないといわれており、それを超えれば酒気帯び運転をしているようなものです。ミスや事故が発生し、チームの雰囲気の悪化、顧客からのクレーム、精神疾患の発症などを招きます。最近では、チームのパフォーマンスを上げるために、睡眠を最優先の戦略として位置づける企業も増えているほどです。
結果を出すために、結果の質ではなく関係の質にこだわる
問題は、これがどう結果に結びつくかです。管理職はどうしても、数字を追わざるをえません。しかし皮肉なことに、「業績は上がったか」「残業時間は減らせているか」と数字にこだわる組織ほど、よい結果にはなりません。マサチューセッツ工科大学のダニエル・キム教授が提唱した「組織の成功循環モデル」が、そのメカニズムを的確に説明しています(図)。
結果が出ないと、まず責任の押しつけ合いが生じ、「関係の質」が低下します。すると受け身で指示を聞くだけの人が増え、「思考の質」が低下します。考えなくなると自発性・積極性が失われ、「行動の質」が低下し、さらに「結果の質」が低下するという、バッドサイクルに陥ります。
ですから結果を求めるならば、そこから最も遠くにありそうな「関係の質」からスタートしてください。チーム内の理解を深めるところから始め、「関係の質」が向上すると、気づきが生まれて「思考の質」が向上し、自分で考え自分で行動できるようになれば「行動の質」が向上し、自然と「結果の質」がよくなります。そうすると信頼関係が高まり、さらに「関係の質」が上がるという、グッドサイクルに乗ることができるのです。
心理的安全性の確保でチームのパフォーマンスが上がる
とっかかりとなる「関係の質」を向上させるために有効な視点となるのが、「心理的安全性」です。心理的安全性とは、チームの中で自分の意見を笑われたり拒絶されたり罰せられたりしない状態のことで、そのような環境の中では生産性が高いことが実験によって明らかになっています。そして以下のように、管理職が率先してチーム内の関係の質向上に努めることで、心理的安全性の向上が期待できます。
① プライベートや弱みをうまく開示し、メンバーの多様性を生かす
一切の弱みを感じさせないリーダーに対して、部下は「自分の意見など必要ないだろう」と考えてしまいがちだからです。
② メンバーの考える力を育てるために、少し黙る
優秀なリーダーは即座に答えを出してしまいがちです。自分と同じ答えが部下の口から出てこないのは、情報量の違いですから、ヒントを提供して、部下が自力で答えに到達するのを待ちます。
③ 仕事の属人化を防ぎ、情報共有する人を評価する
その人しか知らないやり方や情報がある職場では、どんなに人材を追加しても能力を発揮しにくくなります。習得したノウハウをどんどん周囲に共有できる人を、高く評価することを徹底します。
④ 若手の離職を防ぐために、部下の成長をよく観察する
自分の仕事はどんどん権限委譲して、空いた時間で部下を観察します。小さな進歩であっても、きちんと言葉にしてフィードバックします。
⑤ 自身のワーク・ライフバランスを実践し自己研鑽に励む
管理職が仕事に追われていると、部下は自分もいずれああなるのかと、悲観的になります。人生100年時代の評価者は、家族と地域社会です。現役時代から積極的に地域コミュニティーに貢献していくことが大事です。
セミナー後半の質疑応答で、この点について質問がありました。これらの自己変革は、管理職だけではなく役員、さらには経営トップにも求められる要件ではないかということです。もちろんそのとおりですが、経営トップが注意すべきは、部下の忖度によって変革が抑制されるのを避けることかもしれません。
なぜならこれだけ社会の価値観や古い常識が大きく覆される時代にあって、経営トップには、変革の必要性を意識する瞬間が少なからずあるはずだからです。しかし役員や幹部が最初から諦めていたり、勝手におもんぱかって進言を控えたりということが起こりがちで、それによって機会を逃してしまうのはもったいないことだと思います。経営者が宗旨替えに至るのは多くの場合、同じ経営者同士と話をしているときです。経営者同士が集う場にぜひ積極的に参加し、本音を話し、自分から積極的に変わっていってほしいと思います。
働き方改革を推進する上で忘れてはいけないのは、その目的です。臆せず新たなステージに飛び移っていける強い企業になるため、イノベーションを起こしていくため、つまり勝ちにいくためです。そのために最もベーシックかつ効果的な取り組みが、働き方を変えることなのです。