熟達者の共通点を探る~いかに学び壁を超えるのか
『熟達論』にしるされたヒント

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目次

400メートルハードルの日本記録保持者であり、世界陸上の銅メダルを獲得するなど、トップアスリートとして知られ、「走る哲学者」の異名を持つ為末大氏。近著『熟達論:人はいつまでも学び、成長できる』を基に行ったオンラインセミナーで行なった質疑応答のエッセンスをお届けします。
※オンラインセミナーは2023年10月11日開催

登壇者

為末 大 氏

Deportare Partners 代表

1978年広島県生まれ。スプリント種目の世界大会で日本人として初のメダル獲得者。男子400メートルハードルの日本記録保持者(2023年11月現在)。現在は執筆活動、身体に関わるプロジェクトを行うほか、アスリートとしての学びをまとめた近著『熟達論:人はいつまでも学び、成長できる』を通じて、人間の熟達について探求する。その他、主な著作は『Winning Alone』『諦める力』など。

モチベーションが下がったとき熟達者はいかに対処するのか

人が成長するためには、技術の向上とともに、自分自身を上手に扱っていく、自分で自分の心をコントロールすることも重要になります。

あるとき、ビジネス界の人に、自分の心の状態を説明してもらうことがありました。その説明を聞いて、「ああ、私たちアスリートのほうが、自分の心についてさまざまなことを細かく意識しているな」と感じたことがあります。

今日の自分のやる気の状態は10点満点で何点か、やる気の波は上がっているか下がっているか、何をやるとやる気が回復するのか、といったことを常日頃から強く意識しています。

それは、やる気―その競技へのモチベーション―が切れてしまったら選手を続けることができなくなるから。したがって、いかにモチベーションを維持するか、下がってきたらどう回復するか、独自の方法を考えて実践する必要があるのです。

たとえば、モチベーションの高め方にも2つあります。1つは、目標を決めて、それに挑戦し、達成する方法。この目標達成モデルを繰り返していければ、間違いなくモチベーションは高まります。

もう1つは、それをやっていると楽しいからやるという方法。熟達論の「遊」に当たる、遊びモデルでもモチベーションは高まります。私はそのときどきの自分の状況に合わせて、この2つのモデルを使い分けてきました。

目標達成モデルは、達成できるとモチベーションが高まりますが、毎回達成できるわけではありません。目標が高くなり、現状から遠くなると、「どれだけがんばっても無理かもしれない」と思ってしまい、逆にモチベーションを下げてしまうこともあります。

実際、競技レベルが上がっていけば、挑戦しても達成できないことが増えます。達成できない目標に挑戦していると、人間ですから燃え尽きてきます。そんなときには、自分がやっていること自体に面白さを感じるように、遊びモデルに切り替えます。具体的には、「これをやったらどうなるんだろう」という実験をする。自分で自分の常識や日常を揺さぶってみる。そうすると初心にかえって楽しくなってきます。

自分を飽きさせないために、トレーニングメニューを少しずつ変えることも大事にしていました。毎日1つ新しいことをやってみる。すると、新たな刺激が得られます。

モチベーションが上下することは誰にでもあり、それ自体はたいしたことではありません。ただ、自分のモチベーションの状況を自分で把握し、それに対処する方法をいくつか考えておかないと、選手を長く続けることはできないでしょう。

モチベーションを高めようと、自分を必要以上に鼓舞してがんばるタイプ、自分を追い込むタイプは、あるときプツンと切れてしまいます。それで引退する選手をたくさん見てきました。やはり、自分の心を自分で感じて、自分の心を無視しすぎないほうがいいと思います。

アスリートのスランプ・ピンチの抜け出し方とは?

競技を長く続けていれば、スランプになることもありますが、「ジタバタしてもしょうがないときは、ジタバタしない」と考えるようにしていました。なぜだ、なぜだ、と突き詰めて悩めば悩むほど苦しくなります。

スランプのときに一番苦しむのは、完ぺき主義で目標を下げられないタイプの選手。「計画通りにやらなければ」と考えているのに、実際には計画からどんどん逸れていき、それに焦って無理して苦しんでボロボロになっていきます。

逆に、スランプに強いのは、「速く走れなくなっちゃったな。じゃあ、それを前提に始めてみるか」と、目標を下げて現状から始められるタイプです。

前に決めた目標を絶対に達成しようとするタイプと、目標を下げて現状からスタートしようとするタイプ。前者のタイプで、本当にやり抜いて目標を達成する人もいますので一概には言えませんが、スランプになったとき、危機に陥ったとき、現状から再スタートできる選手のほうが粘り強かった印象があります。

何をやっても上手くいかないピンチのときでも、あきらめず、「こんな自分ではだめだ。もっといい自分になりたい」といった思いが内側にあれば、何かのきっかけでまた動き出せます。

自分のコアにある自己肯定感が試されるのがピンチのときで、結局は、自分が立ち上がって走り出さなければピンチから抜け出すことはできません。

ピンチのときに、終わったことに執着せず、ひょっとしたらいけるかもしれないと前に進むことを考える。それで小さな成功を積み重ねるサイクルが回り始める人は、ピンチから立ち直っていきます。

全部の問題を解決しようとせず、「とりあえずこの部分だけ解決してみよう」と問題を小分けにする賢さがある選手がいます。小分けにすれば、そこに労力を投下すれば問題を解決できる。それを機に変わっていけるんだと思う。

心の強さに頼るのではなく、賢く自分を勇気づける方法を使うことでピンチに対処できます。希望の見出し方にも技術があるのではないでしょうか。

コーチの役割とは?~為末氏に聞くこれからのコーチングのあり方

最後に、コーチについてかんたんに触れておきましょう。まず、スポーツのコーチングもアップデートする必要があると考えています。今は、インターネットにあらゆる情報があり、選手自身が技術を向上させる情報を自分で集めることができます。

そんな時代に、コーチは何をする存在なのか。私は、「質問する」「応援する」「伴走する」の3つだと考えています。

「質問する」は、問いを投げかけて本人に考えさせる。答えを教えるのではなく、あくまで質問するだけです。「応援する」は、モチベーターです。だから選手を元気にできないコーチはダメコーチです。

私は自走型だったので、あまりコーチを必要としなかったのですが、自走モードに入る前の選手に対して、手厚く「伴走する」こともコーチの役割でしょう。

コーチがやるべきことは、選手に考えさせる、やる気を出させる、元気を出させる、つまずいたりしたときに寄り添って伴走する。人間にしかできないことを、コーチにはやってもらいたいと思っています。

『熟達論―人はいつまでも学び、成長できる』
為末大/著(新潮社)定価:1,980円(税込)

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