経営者にいまおすすめの本6冊 「ビジネス哲学」編
目次
大手企業が専属の哲学者を雇用したり、企業研修に哲学を取り入れたりと、ビジネスの現場で「哲学」を活用する動きが広がっています。哲学者の知見や思想を学ぶことは、創造力を養い、思考力を高めることにもつながります。そこで今回は、さまざまな切り口から「ビジネスと哲学」にフォーカスした6冊を紹介します。
①『武器になる哲学 人生を生き抜くための哲学・思想のキーコンセプト50』
山口周著 KADOKAWA 990円(税込)
哲学の思考プロセスを、ビジネス用途に合わせて解説
本書は「ビジネスの現場で実際に使える哲学書」として執筆されたものです。著者は電通、ボストン・コンサルティング・グループ(BCG)などを経て、現在は独立研究者、著作家、パブリックスピーカーとして活動する山口周氏。2018年に発刊された本書は累計10万部を突破し、23年に文庫化されました。
冒頭の第1部で山口氏は、ビジネスパーソンが哲学・思想を学ぶメリットを4つ列挙して説明します。1つ目は、過去の哲学者が提案した「思考の枠組み」が、ビジネス現場での状況分析の助けになること。2つ目は、われわれの無意識下に根付いている「暗黙の前提」を再考察するためのヒントを学べること。3つ目は、イノベーションの起点となる「課題」を設定する能力を高める「教養」が得られること。そして、4つ目は、哲学者たちが指摘した、人間の愚かさや過去の悲劇を基に得た「教訓」を知ることで、同じような悲劇が起きるのを防げる、という点です。
第2部の第1章から第4章は、哲学・思想における50のコンセプトを「何について考える際に有効か」という切り口で、「人」「組織」「社会」「思考」という4つの用途に分けて紹介。哲学者がどのように考え、最終的な結論に至ったかという思考プロセスを、ビジネスパーソンに向けた視点で解説します。
例えば、第2章の「組織」の項目では、英国の政治哲学者ジョン・スチュアート・ミルが述べた「悪魔の代弁者」を取り上げています。ミルは、健全な社会の実現のために「反論の自由」の大切さを説き、多数派に対してあえて批判や反論をする役割を担う「悪魔の代弁者」の重要性を指摘しました。ミルの主張を裏付けるように、現代では多くの組織論の研究者が、同質性の高い人が集まると知的生産の品質が低下することを明らかにしています。つまり、クオリティーの高い意思決定のためには、「悪魔の代弁者」が必要とされるのです。重要な意思決定をする局面で「悪魔の代弁者」が有効に機能した歴史的事例として、「キューバ危機」でのエピソードを紹介しています。
巻末の「ビジネスパーソンのための哲学ブックガイド」は、初心者でも読みやすい哲学書を選定して掲載。これらを読み進めることで、本書で言及した50のコンセプトをより深く理解できます。
②『本質を突き詰め、考え抜く 哲学思考』
吉田幸司著 かんき出版 1,760円(税込)
ビジネスの課題は「哲学シンキング」で解決に近づく
著者は日本で初めて「哲学コンサルティング会社」を設立した吉田幸司氏。吉田氏はクライアントの抱えるさまざまな課題を、哲学の知見と思考法を用いて解決してきました。その経験から、ビジネスの現場で課題解決やアイデア発想などの手立てとなる独自の哲学的思考メソッド「哲学シンキング」を考案。本書は、その手法や効果、企業の導入例などを紹介しています。
第1章では、欧米における哲学コンサルティングの動向や、哲学や倫理に対する日本と欧米の捉え方の違いについて触れます。続く第2章で、前述した哲学シンキングのメソッドを具体的に解説。哲学シンキングは、①問いを立てる、②問いを整理する、③議論を組み立て、視点を変える、④核心的・革新的な問いや本質を発見する、という4つのステップで行われます。この方法は個人でも、複数人のワークショップ形式でも実践可能です。
第3章は、「哲学シンキング」を実際に活用した4件のケーススタディを取り上げます。例えば、日本電設工業は、「働き方改革」における女性活躍推進という課題に対して、哲学シンキングの手法を用いたプロジェクトを実施。「働き方改革のゴールは何か?」「女性の活躍とは何か?」など、さまざまな視点の「問い」を掘り下げ、哲学的に対話するワークショップを開きました。この結果、社員間の本音のコミュニケーションが活発化し、企業が抱える「真の課題」があぶり出されました。
第4章は、英国出身の哲学者A.N.ホワイトヘッドを中心に「プロセス哲学」を研究してきた著者が、その専門的な哲学の知見をどのようにビジネスや実社会で活用しているかを解説。最後に哲学の意義は、「それは何であるか」という本質を問い、「別もありうるのではないか」とさらに問い掛けることで、結果的に「選択肢が広がる」ことにあると述べます。そして、哲学が持つ「may(might)/かもしれない」の価値は、多様性を包み込み、個人や組織のポテンシャルを最大限に発揮するものである、と本書を締め括ります。
③『なぜ名経営者は石田梅岩に学ぶのか?』
森田健司著 ディスカヴァー・トゥエンティワン 1,100円(税込)
日本人のビジネス哲学に通じる、江戸時代の「石門心学」
本書は江戸時代に「石門心学」を創始した思想家・石田梅岩(ばいがん)の思想を読み解き、現代に生きる私たちが、そこから学びを得るための1冊です。
著者の森田健司氏は、日本の近代化や第2次世界大戦後の復興が驚異的なスピードで遂げられた背景には、日本人の美徳とされる「勤勉さ」や「正直さ」にあると分析。それらは江戸時代に広がった「石門心学」という思想によってつくられたと考えます。江戸時代、日本はすでに高い技術力を持ち、相当の経済的・文化的発展を遂げ、優れた経済システムが出来上がっていたとさまざまな文書に記録されています。また、庶民の多くが幼少期から教育を受けており、幕末期の識字率は世界一であったと言われています。
本書は全7章で構成され、第1章では近代化の基盤が完成した幕末の時代背景に触れた後、石門心学の概要を紹介します。梅岩は「人はどう生きるのが正しいのか」「人間の本性とは何か」を考え抜き、それを基に商業や経済、経営のあるべき姿を語りました。石門心学と呼ばれた梅岩の思想体系は、誰でも無料で学べる心学講舎を弟子が全国に設立したことで、各地に広がりました。石門心学は、日常のあらゆる行為の意味を考え、深く理解させることで、人々に心の豊かさをもたらそうとしました。
第2章で「経済学の父」と呼ばれるスコットランドの経済学者・哲学者アダム・スミスの思想と石門心学との共通点を探った後、第3章から第5章にかけて、「正直」「倹約」「形」など梅岩の思想を支えるキーワードを解説していきます。例えば、梅岩の考える「倹約」とは、単に出費を抑えることではなく、物事や人間の本質を理解したうえで、物の効用を尽くすこと、すなわち“本性を正しく発揮させる”ことでした。これは無駄な装飾を省き、素材本来の美しさを熟練の技巧で引き出すという、「日本人の美意識に通じるものである」と著者は分析します。
続く第6章、第7章は梅岩の思想が持つ現代性について論じていきます。第6章では自己実現や非正規雇用の増加など現代的なトピックスを題材に取り上げて、石門心学が決して過去の遺物でないことを証明。第7章では「マネジメントの父」と称される経営思想家ピーター・ドラッカーの思想と石門心学を比較します。
④『哲学と宗教全史』
出口治明著 ダイヤモンド社 2,640円(税込)
ライフネット生命の創業者、立命館アジア太平洋大学学長特命補佐である著者が、古代ギリシャから現代までの哲学と宗教の全史を体系的に解説する。発行部数16万部を突破したビジネス哲学のベストセラー。
⑤『超要約 哲学書100冊から世界が見える!』
白取春彦著 三笠書房 2,860円(税込)
アウレリウスの『自省録』やピーター・シンガーの『私たちはどう生きるべきか』など、歴史的名著100冊を要約し、特徴的なフレーズと共に紹介。これからビジネス哲学や思想を学ぼうという人へ向けた概説書的な1冊。
⑥『道をひらく』
松下幸之助著 PHP研究所 1,210円(税込)
自身の経験と深い洞察を基に語られる人生訓、仕事や経営の心得、ビジネス哲学など、年代や職種を問わず、あらゆる人の心に響く短編随想集。1968年の発刊以来、時代を超えて読み継がれている。
[編集] 一般社団法人100年企業戦略研究所
[企画・制作協力]東洋経済新報社ブランドスタジオ