創業107年の羽車が紡ぐ紙と人のブランディング”封筒は想いを運ぶ器”
~活版12色刷りが映す、小さな挑戦の連鎖~

目次
紙に触れたときの、手触りが忘れられない。職人の高い技術を要するその製品を手がけているのは、大阪府堺市に本社を構える老舗の封筒メーカー、株式会社羽車(はぐるま)です(売上高22億円〈2024年〉、従業員約160名)。電子化が進み、紙の需要が縮小する中で、同社はあえてアナログ印刷の極みである「活版印刷」に活路を見いだし、再成長を遂げてきました。クライアント企業のブランド体験の一部を担う紙製品、ベテラン職人と若手が融合する現場、社員の“拠り所”としての企業像。杉浦正樹社長の語る言葉には、100年企業が進化し続けるための本質が詰まっています。
通信手段から、想いを運ぶ器へ
羽車は大阪府堺市を拠点に、世界的に注目を集める封筒メーカーです。創業は1918(大正7)年。初代・杉浦敬二郎氏が25歳の若さで立ち上げた「杉浦封筒工業所」が、その原点です。現社長の杉浦正樹氏は3世代目にあたります。
昭和初期には封筒の輸出を手がけ、東南アジアや南アフリカにも顧客を持つなど、グローバルな展開を見せていました。社名の「羽車」は、飛行機の“羽”と鉄道の“車輪”を組み合わせた言葉で、「世界中に手紙を届ける」という願いが込められています。
時代は移り、インターネットの登場とともに郵便需要が激減し、封筒業界は大きな転換点を迎えます。しかしその逆風の中で、杉浦社長は「アナログへの回帰こそが羽車の強みになる」と考え、新たな戦略に乗り出しました。
オフセット全盛時代に、あえて活版印刷へ

2000年代に入り、高速で大量印刷に適したオフセット印刷やデジタル印刷が主流になる中で、杉浦社長が打ち出した方向性は、手作業や職人の技術が必要な「活版印刷」を再評価することでした。活版印刷は、凸版を使って圧力をかけて紙にインクを転写するため、独特の凹みや陰影が生まれ、手触りの違いを生み出します。
「デジタル通信は五感で感じることができません。でも紙なら、手触りやにおい、質感で伝わるものがある。私たちが作りたいのは、そうした“感情に触れる”紙です」と杉浦社長は語ります。
欧米の紙専門店を訪ね歩く中、ニューヨークのショップで見た“凸凹のある活版カード”に衝撃を受けた杉浦社長は、帰国後、廃業予定の印刷会社から活版機を引き取り、定年退職した技術者を再雇用して自社での活版印刷に挑戦します。
現在、羽車の工場には大小14台以上の活版印刷機が並びます。この規模の稼働は世界的にも珍しく、工場見学は国内外から訪問が相次ぐほどの人気となっています。
デザイン封筒という新しい市場
かつては官公庁向けや業務用DMなどの通知封筒が8割を占めていた同社ですが、現在ではその比率は3割にまで下がり、ブランド向けのデザイン封筒やオリジナル紙製品が売り上げの柱に成長しています。
「開封された瞬間に“いいね”と思ってもらえる、そんな封筒やパッケージを作りたい」と杉浦社長は語ります。
顧客には、海外ブランドを扱う化粧品会社、高級アパレル、ジュエリーや食品のメーカーなどが並びます。製品タグやパッケージ、案内状封筒などに羽車の紙製品が使われており、用途は通信手段から“ブランドの世界観を伝える器”へとシフトしています。
こうした姿勢が、「こだわりを共有できるパートナー」としての評価につながり、国内外から新たな引き合いがきています。
12色重ね刷りで示した技術力──大阪・関西万博での挑戦

羽車の“アナログ技術”が象徴的に示されたのが、2025年の大阪・関西万博の大阪ヘルスケアパビリオン「リボーンチャレンジ」ブースへの出展です。展示されたのは、干支や縁起物をモチーフにした活版印刷のカード72種類。12版12色を重ねるという非常に難度の高い作品です。
活版印刷では1プレス1色が基本。色ごとに版を変え、微細なズレが生じないよう調整するのは職人の高度な技術が必要です。それでも挑戦したのは、「手仕事の積み重ねが美しさをつくる」ことを伝えたかったからでした。
出展期間中には、同社の社員とその家族、100人以上がブースを訪れました。「お母さんの会社、これだよ」と子どもに語る姿を目にし、杉浦社長は「会社は、働く人とその家族にとっての“拠り所”でなくてはならない」と感じたと言います。
職人と若手の“混成チーム”が育む文化
羽車のもう1つの強みは、人材の多様性と組織文化にあります。職人が技能を誇示するのではなく、若手やパートスタッフとも知識やノウハウを共有し、「師匠を超える弟子を育てる」ことを目指しているのです。
「うちは“匠”の会社ではありません。むしろ、“職人みたいな人”が現場にあふれている状態が理想です」と杉浦社長は語ります。
実際、社内では若手が自らデザイナーとの打ち合わせに参加し、紙を選び、提案を行います。こうした姿勢が「羽車は相談しやすい」という顧客評価にも直結しており、展示会やSNS経由での引き合いも増え続けています。
サステナビリティへの取り組み──B Corp取得を目指す理由
羽車はこれまでにも、環境省のガイドラインに基づく「エコアクション21」への登録や、紙資源の持続可能性を示す「FSC森林認証」などをいち早く取得し、環境対応への意識の高さで知られてきました。
そして現在、同社が力を入れているのが「B Corp(ビーコープ)」の認証取得です。
B Corpは、米国の非営利団体B Lab(ビーラボ)が運営する国際的な認証制度で、「利益の最大化」だけでなく「社会・環境への配慮」を組織運営の中心に据える企業を認証対象としています。経済的な成功と同時に、社会的・倫理的な責任を果たす“よい企業”であることが求められるため、認証には厳格な審査プロセスが課されます。
杉浦社長はこう語ります。
「ファミリービジネスの経営は自由が利く分、独り善がりにもなりやすい。だからこそ、外部の物差しを取り入れ、自分たちの立ち位置を客観的に確認したいのです」
現在、審査は9割方が完了しており、残るはインタビューと一部書類の提出のみ。認証は単なる達成目標ではなく、「自分たちを見直し続けるための“鏡”として活用したい」と言います。
ヒットよりロングセラー 羽車が描く次の100年
羽車の経営スタンスは、時代の流行に一喜一憂するのではなく、「なだらかな山をいくつも積み重ねるように、事業を安定的に育てていく」というものです。
「急激な成長には急激な後退がつきものです。だからこそ、じっくりと長く愛される商品やサービスを育てていくほうが、私たちらしいと感じています」
創業から107年。活版印刷の再評価、高付加価値封筒への移行、サステナブル経営への挑戦──そのすべては、“封筒”をただの道具から「想いを運ぶ器」へと進化させるための試みでした。
羽車の印刷機は、今日も静かに、しかし力強く、紙に想いを刻んでいます。

お話を聞いた方
杉浦 正樹 氏(すぎうら まさき)
株式会社羽車 代表取締役
1963年大阪府生まれ。祖父が創業した封筒・カード・パッケージなどを扱う大阪府堺市の紙製品メーカー羽車を、2006年に父から引き継ぐ。
[編集]一般社団法人100年企業戦略研究所
[企画・制作協力]東洋経済新報社ブランドスタジオ