“AI×実学”で教育の在り方を根底から変える
ドワンゴ創業者・川上量生氏「ZEN大学」の挑戦

目次
「理念より行動」「説明より実績」を掲げ、日本の教育に風穴を開けようとしているのが、ドワンゴ創業者であり、インターネットの通信制高校N高等学校などを手がけた川上量生氏です。日本財団と共同で新たに創設した「ZEN大学」は、日本発、AI時代に必要な“実学”を本格的に学べるオンライン大学として注目を集めています。AIとネットを自在に使いこなす実践的人材を育て、デジタル対応を急ぐ企業の即戦力として送り出す――。教育を変え、社会を動かそうとする川上氏に、「ZEN大学」に込めた想いと経営哲学を伺いました。
大学と社会のズレを正し、実学軽視の構造を改革
今の日本の大学で教えていることは、社会のニーズから乖離しています。「大学は研究者を養成する機関」だと位置づけられていますが、実際に研究者になる学生はほんの一握り。ほとんどの人は就職し、会社員として働きます。つまり、「研究者を育てる場」と言いながら、大学の実態は「サラリーマン養成所」になっているのです。
であるならば、大学ではもっと実学を学べる場所であるべきではないでしょうか。ところが、日本では専門学校のように、社会に出てすぐに役立つ実学を教える職業教育が、なぜか大学より一段下の位置に置かれています。実はこれは世界的に見ても珍しい構造で、海外では職業教育と大学教育はもっとフラットな関係です。日本の大学の抱える最大の矛盾はこの点にあると思っています。
その矛盾を変えるべく立ち上げたのが、日本発の本格的なオンライン大学であるZEN大学です。
2016年に開校したN高等学校(現在は、S高等学校・R高等学校を含むグループ全体で約3万人)を運営する中で、全国の生徒たちから「オンライン大学をつくってほしい」という声は多く寄せられていました。それでも、当初私は大学をつくるつもりはありませんでした。世の中にとって善いことをしない限り、ビジネスは長期的に続きません。オンライン大学はビジネスとしては儲かるかもしれない。ただ、本当に社会のためになるのかが最初はわからなかった。
しかし、大学教育の現状について関係者から詳しく話を聞くうちに、N高に続く完全オンライン型大学をつくる意味がいくつも重なっていき、その必要性を強く感じるようになりました。私たちが持つオンライン教育のノウハウを生かすことで、実学軽視の構造を変えるだけでなく、日本の大学教育におけるさまざまな課題を解決できるのではないか。それも、本気で取り組むからには、専門学校ではなく“大学”という形で示す必要がある――そう考えて、ZEN大学の立ち上げに挑戦したのです。
“AIとネット”を武器に生きる力を育て、即戦力人材を送り出す
ZEN大学は、“AIとネット”を軸にした新しい大学です。今やAIの力を借りれば、これまで人間が一生かけて学んできた知識が瞬時に手に入る時代へと激変しました。研究者を目指す場合を除いて、学問を細分化し1つの専門を極める従来のスタイルを続けるのは非効率です。そもそも、もう何十年も前から「これからはゼネラリストが必要だ」と叫ばれていながら、状況はむしろ悪化しています。
私が考えるAI時代に求められる人材とは、「浅く幅広い知識を備えた人」、そして「AIを駆使して深い知識を手に入れられる人」。その人材を育てるため、ZEN大学「知能情報社会学部」では今、「数理」「情報」「文化・思想」「社会・ネットワーク」「経済・マーケット」「デジタル産業」の6つの分野、計279科目を用意し、“幅広く”学べる仕組みをつくっています。
企業の現場ではDXやAI導入が急速に進み、日々の業務でもデータ分析、SNS活用、動画マーケティングなどへの対応が必須となっています。一方で、現場のベテラン社員はこれらの分野を苦手とする場合が多く、特に中小企業では「デジタルを十分に使いこなせる社員がいない」という課題を抱えているケースも多いのではないでしょうか。
ZEN大学の学生は、まさにその需要に応えます。すでにN高で学んだ生徒たちがAIやネットに強いことは証明されていて、多くの企業にN高出身者を採用するメリットを感じていただいています。
279科目に及ぶカリキュラムの大半はオンデマンドですが、「人工知能活用実践」という進化スピードの速いAIの授業などはライブで行い、常に最新のAIスキルに触れられる体制を整え、徹底的に学びます。さらに、ZEN大学ではいわゆる外国語の授業は設けておらず、代わりにAI翻訳を用いて海外文献を読み解く力を育てています。AI時代には外国語そのものを学ぶよりも、AIを活用して外国語を扱うスキルを上げる方が大事で、このスキルは海外とのやり取りや海外情報の収集などで即戦力となるはずです。
もう1つ、オンライン大学で学ぶ学生は、ネットでのやり取りに慣れ親しんでいる人がほとんどです。その強みを生かして、カリキュラムを通じてデジタルコミュニケーション能力をより高め、最先端のデジタルスキルを獲得してもらう。それによって、SNSマーケティング、動画制作、Web広告など、ウェブコミュニケーションの仕事で大いにそのスキルを発揮してもらえると思います。
念のため補足しておくと、私たちは対人コミュニケーション力を軽視しているわけではありません。ZEN大学では日本財団の協力の下、自治体・企業等と連携したおよそ100のフィールドワークやインターンシップ、留学プログラムなど、さまざまな体験の場を用意しています。さらに、N高の例にはなりますが、「面接」「印象」「話し方」などの対面スキルを磨くカリキュラムも多数用意し、オンラインとリアルの両面から実社会で必要とされるスキルを学べる仕組みを整えています。
つまずいた若者を自立へと促し、不登校という社会課題を解決
不登校は、日本社会が抱える大きな社会課題の1つです。今の学校教育の在り方に閉塞感を感じ、学校に通いにくくなっている子はたくさんいます。N高には不登校経験のある生徒も入学してきますが、私たちは不登校の経験がある・ないという枠組みでは捉えていません。問うのはただ1つ、“やる気があるかどうか”です。一度はつまずいても、あきらめずにチャンスを求める若者を手助けしたい。意外に思われるかもしれませんが、彼らの多くはモチベーションがとても高く、誇りを持っています。不登校だった子も含めて、すべての若者に「人生が大きく変わるような体験をしてもらいたい」と思って、練りに練ったプログラムを用意しています。
行き場を失い不登校状態が続いてしまうと、部屋から出られず、一生公的扶助を受けなければ食べていけない道をたどる可能性が出てきます。これは大きな社会課題であると同時に、社会的にも大きな損失です。彼らは本来、高い潜在能力を持っている。社会で存分に活躍してもらうべき人材なのです。実際、私が設立したドワンゴの社員にも学校に行かずにオンラインゲームばかりをやっていた人間が多くいますが、ネット上で人と交流したりプログラミングが得意だったことがきっかけでドワンゴに入り、“人生を変えた”という人も少なくないのですから。
ZEN大学やN高で私たちが重視しているKPIは、“何人を自立に導けたか”です。「教育の現場で生徒を数値化するな」という厳しい意見もありますが、私は数値として結果を出すことが重要だと考えています。心を鬼にしてでも、社会に出て自立できる若者、職に就いて多少なりとも納税できる若者を、1人でも多く、合理的に増やす。そのために何ができるかを徹底的に考えています。N高やZEN大学が存在する理由の1つに、社会課題を解決するという使命があることもぜひ知っていただきたいと思っています。
教育というフィールドで“善をなすこと”にこだわり続ける
経営者として常に意識しているのは、「理念より行動」「説明より実績」です。多くの企業は立派な「経営理念」を掲げますが、私は「経営理念」が好きではありません。資本主義社会ではどうしても利益追求になりますから、本当に経営理念の通りにやっていたら会社はすぐに潰れます。
ところが、教育事業は社会に貢献でき、かつ利益も付いてくる数少ない“特別な産業”です。社会的意義が認められれば、資本主義の理屈を超えた価値観で多くの人が応援してくれます。善をなすことが成功につながる、幸せなビジネスモデルだと言い切れます。
理念は掲げずとも、理想があるなら行動し、実現していく。長期的視点で物事を考えるというより、今、必要なことを具体化してそれを実現していくことに注力しています。今やるべきことは、N高やZEN大学の生徒・学生数を増やし、社会に与える影響を拡大していくことだと考えています。
われわれはただ、よい教育のために徹底的に“善いこと”を実行し続けます。それも“説明”ではなく“実績”で示す。それが私の信念であり、ZEN大学の根底にある哲学です。

お話を聞いた方
川上 量生 氏(かわかみ のぶお)
株式会社ドワンゴ 顧問
株式会社KADOKAWA 取締役
学校法人角川ドワンゴ学園 理事
学校法人日本財団ドワンゴ学園 評議員
1968年生。大阪府出身。京都大学工学部卒業。1997年株式会社ドワンゴ設立。通信ゲーム、着メロ、動画サービス、教育などの各種事業を立ち上げる。株式会社ドワンゴ顧問、株式会社KADOKAWA取締役、学校法人角川ドワンゴ学園理事、スタジオジブリプロデューサー見習い。著書に『教育ZEN問答N高をつくった僕らが大学を始める理由』(中央公論新社)『コンテンツの秘密ぼくがジブリで考えたこと』(NHK出版)など多数。
[編集]一般社団法人100年企業戦略研究所
[企画・制作協力]東洋経済新報社ブランドスタジオ










