【書評】『経営者のための正しい多角化論』〜米、欧、アジアの成長源は多角化経営、日本も事業の多角化で成長を〜

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各界の読書家が「いま読むべき1冊」を紹介する書評コーナー『Hon Zuki !』。ノンフィクションを中心に「必読」の書を紹介します。

※本記事は「JBpress」に2025年8月1日に掲載された記事の転載です。

「コングロマリット」といえば、これに続く単語は「ディスカウント」と相場は決まっている。これは株式市場の常識である──と思いきや、逆に「プレミアム」になり得るというのが本書の核心である。

「コングロマリットディスカウント」とは、複合企業の価値が株式市場で割安に評価されることを指す。コングロマリット、つまり事業を多角化している企業の株式は、個々の事業を別々に評価した場合の合計(サム・オブ・ザ・パーツ)よりも低い価格で取引されるという意味である。

 割安に評価されてしまう要因は、事業構造が複雑になると企業の全体像を把握しにくくなること、事業間シナジーへの投資家の不信感、経営者による非効率な資本配分の恐れ(エージェンシー問題)、そして投資家が分かりやすくシンプルな企業を好む傾向などにある。

ディスカウントの例として日本で直ぐに思いつくのが、総合商社である。前紀末から始まる世界的IT革命は、商品やサービスの売り手と買い手の直接のやり取りを可能にすることで、商社が中抜きされるという「商社不要論」の再燃につながり、総合商社の株式は激しく売られた。その結果、世紀の変わり目前後に、ほとんどの総合商社の株価は歴史的安値を更新することになった。

ところが、投資会社バークシャー・ハサウェイの創業者ウォーレン・バフェットが総合商社の株式に積極投資したことで、この流れが一変する。

バフェットの投資の背景として、①総合商社の資産価値や収益力に比べて株価が割安で、高配当による安定したキャッシュフローが得られる、②世界各地に資源や食料などの権益があり、インフレに強い収益構造を持っている、③多角的事業ポートフォリオを、優れたリスク管理能力で効率的に運営している、④長期志向の企業文化や国際的に分散したビジネスモデルで、通貨分散の効果も得られることから、長期的な投資先として理想的であることが挙げられる。

コングロマリットこそGAFAMの原動力

過去30年、戦後の財閥解体から始まる「選択と集中」という誤解された経営戦略の下で、日本企業のスケールが弱小化していった一方で、ヨーロッパやアメリカでは巨大企業グループの隆盛とコングロマリット化が加速している。

アメリカの今世紀の経済を牽引してきたのは、GAFAM、すなわち、Google、Apple、Facebook(現Meta)、Amazon、Microsoftといった巨大テック企業である。GAFAMは、テクノロジー業界で圧倒的な影響力を持ち、時価総額は5社合計で10兆ドル超と、これだけで日本の上場企業全体の時価総額を大きく上回っている。

また、GAFAMは過去30年間で約750社の企業買収・合併(M&A)を行っている。そこには、リンクトイン(マイクロソフト、買収額262億ドル)、ワッツアップ(フェイスブック、220億ドル)、ユーチューブ(グーグル、17億ドル)などの著名企業が多く含まれており、これがGAFAM全体の時価総額を大きく押し上げている。

つまり、多角化やM&Aによってコングロマリットを形成するという経営手法こそが、GAFAMを世界的企業グループに成長させてきたと言えるのである。

サラリーマン経営者が率いる100年企業の多い欧州

これに対して、ヨーロッパの時価総額大手企業のほとんどは、いわゆる「100年企業」である。これら長寿企業グループは、国内だけでなく外国企業との統合により時価総額を拡大させ、自国経済の牽引役となっている。

その際、本業や専業にこだわらず、新しい事業を付加させている点に特徴がある。しかも、その経営を担っている経営者の多くが、いわゆる「サラリーマン経営者」である。

日本で大企業の変化速度が鈍いのは、オーナー企業ではないせいだと言われるが、ヨーロッパの例を見れば、それが都市伝説や単なる言い訳に過ぎないことが分かる。ヨーロッパでは、多くの長寿企業がサラリーマン社長に率いられ、大幅な改革と企業価値の成長を成し遂げている。

日本がお手本にすべきコングロマリット企業

日本の手本になるコングロマリットは、新興テック企業中心のアメリカではなく、ヨーロッパなのである。

日本では、長らく経営の多角化をリスクとみなす、効率至上主義の企業風土が続いてきた。また「コングロマリットディスカウント」の議論は、企業の株式を一定割合取得し、経営に積極的に関与することで企業価値を高めることを狙うアクティビスト投資家には、使い勝手の良い口実でもあった。

コングロマリットを解体して、各企業や各事業を個々に還元することは、アクティビストや買収を目論む海外企業にとっては、外部から分析しやすい専業企業が続々と生み出され、投資や買収の対象が増える都合の良い状態だからだ。

日本を代表するコングロマリットであるセブン&アイ・ホールディングスは、アクティビストからの非コンビニ事業分離を求める圧力で、総合スーパーのイトーヨーカ堂や赤ちゃん本舗など専門店の売却を決定し、脱コングロマリットを推進してきた。しかし、コングロマリットディスカウントが解消して、株式市場での評価が上がったかと言えば、そうではない。

国内成功事例の富士フイルムとソニー

一方、日本でも数少ないコングロマリットの成功例はある。 写真フィルム市場が消滅していく中で、富士フイルムが医療分野と化粧品・バイオサイエンスに技術を転用し、見事な再生を遂げた多角化によるシナジーの事例や、ソニーが音響やゲームから金融や映画に至る複数の領域で収益源を築いた事例である。このことは、「選択と集中」神話が信じられている日本においても、事業間の相乗効果と持続性の確保が可能であることを立証している。

本書を読むと、多角化戦略は単に「事業を増やす」という単純な話ではなく、その成果は、戦略の立て方や経営体制の整備によることが分かってくる。

成功する多角化には、次のようないくつかのポイントがある。

①総合商社のように、しっかりとした事業構造とビジネスポートフォリオ間の相乗効果(シナジー)がある多角化であること
②既存の強みや経営資源(ケイパビリティ)を生かせる「関連多角化」が成功の鍵であり、まったく関係のない分野への「非関連多角化」はリスクが高いということ
③単なる事業拡大ではなく、報酬制度やガバナンス、事業ポートフォリオの設計といった制度面までをも含めて一体的に考える

コングロマリットを正しく経営できるか

過去四半世紀という時間軸で見ると、苛烈なM&Aによって世界中で上場企業数が半減している。世界レベルでは、上場企業数が継続的かつ緩慢に増えている日本とはまったく異なるダイナミズムが躍動しているのである。

著者は、日本企業が多角化を戦略から排除した背景には、財閥解体という日本特有の歴史的背景があり、今こそ日本企業が見逃してきたコングロマリット型の潜在力を再評価すべきだという。

そして、ユニコーンという見果てぬ「青い鳥」を探すのではなく、大企業や伝統的企業が自らの課題を真正面から見据え、改革をする以外に方法はないのだと。

その上で、①起業家精神に基づく多角化の有効性、②真に正しい経営陣の登用、③失われたアニマルスピリットの回復という3つの行動を提案している。ただやみくもに事業を増やすのではなく、制度、構造、人材の質を統合的に構えることが、正しい多角化論の核心だという。

つまり、コングロマリットディスカウントというのは、コングロマリットという形式的な企業形態の問題ではなく、コングロマリットを正しく経営できるかどうかというマネジメントの質の問題ではないかというのが、著者の投げかける本質的な問いなのである。

海外も巻き込む「新しい財閥」の形成

著者は、コングロマリットによる企業価値の向上、すなわち健全な「コングロマリットプレミアム」の追求にこそ日本経済再生の秘訣があるとして、次のように語っている。

「日本では、コングロマリットディスカウントという不名誉で不正確な議論が一般化することで、企業経営者は多角化に二の足を踏んでいる。コーポレート・ガバナンス強化の中でビジネスのダイナミズムに不慣れな多くの社外役員が粗製され、企業経営者のアニマルスピリットを奪っている。 大海原にどっしりと根を張るサンゴ礁は、多くの小魚や小動物にとって安全な住処である。同様に、コングロマリットが存在することで、中小企業や個人事業主は様々な経済活動を安心して行うことができる。 サンゴ礁が消失した海では小魚や小動物は生存が困難だ。アメリカには新興コングロマリットがいる。欧州には100年企業を核とした伝統的コングロマリットがいる。アジアには戦後に急速に育成されたコングロマリットがいる。 世界経済はコングロマリットと踊り続けているのだ。」

これからのコングロマリットの形成は、「戦前の財閥」の復活を意味するものではない。戦後に同質化したままで膨張した、銀行を中心とした既存の企業グループを指すものでもない。事業を軸とした、海外をも巻き込む「新しい財閥」の形成なのである。

本書は、コペルニクス的な発想の転回によって、事業の多角化を「企業価値を高めるための精緻な経営デザイン」として理解する手がかりを与えてくれる良書である。

堀内 勉

一般社団法人100年企業戦略研究所 所長/多摩大学大学院経営情報学研究科教授、多摩大学サステナビリティ経営研究所所長

多摩大学大学院経営情報学研究科教授、多摩大学サステナビリティ経営研究所所長。東京大学法学部卒業、ハーバード大学法律大学院修士課程修了、Institute for Strategic Leadership(ISL)修了、東京大学 Executive Management Program(EMP)修了。日本興業銀行、ゴールドマンサックス証券、森ビル・インベストメントマネジメント社長、森ビル取締役専務執行役員CFO、アクアイグニス取締役会長などを歴任。 現在、アジアソサエティ・ジャパンセンター理事・アート委員会共同委員長、川村文化芸術振興財団理事、田村学園理事・評議員、麻布学園評議員、社会変革推進財団評議員、READYFOR財団評議員、立命館大学稲盛経営哲学研究センター「人の資本主義」研究プロジェクト・ステアリングコミッティー委員、上智大学「知のエグゼクティブサロン」プログラムコーディネーター、日本CFO協会主任研究委員 他。 主たる研究テーマはソーシャルファイナンス、企業のサステナビリティ、資本主義。趣味は料理、ワイン、アート鑑賞、工芸品収集と読書。読書のジャンルは経済から哲学・思想、歴史、科学、芸術、料理まで多岐にわたり、プロの書評家でもある。著書に、『コーポレートファイナンス実践講座』(中央経済社)、『ファイナンスの哲学』(ダイヤモンド社)、『資本主義はどこに向かうのか』(日本評論社)、『読書大全 世界のビジネスリーダーが読んでいる経済・哲学・歴史・科学200冊』(日経BP)
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