企業の持続可能性を支えるソーシャルファイナンスとは?
目次
なぜ日本の長寿企業には「中小」が多いのか
日本は長寿企業大国と言われる。ある統計によれば、創業100年以上の企業は日本が33,076社で第1位、主要国における比率は41.3%にのぼる。創業200年以上の企業でも、日本は1,340社と第1位で、主要国における比率は65.0%である(※1)。日本は国際的に見ても圧倒的に長寿企業が多いことが分かる。
この数字は、私たち日本人の生活実感にも即している。日本人なら誰でも一度は、江戸時代から続く旅館、料亭、酒蔵、工芸品、呉服屋などの老舗企業を利用したことがあるだろう。どんなに近代化が進み、西欧風の生活様式になっても、日本人はどこかで伝統的な日本文化に心を惹かれ、老舗だけが持つ技やサービスの深みに憧れる。
ところが、同じ長寿企業と言っても100年以上の企業となると少し話は違ってくる。今から100年前と言えば1921年、すなわち大正10年である。(※2021年執筆)これは、文明開化から明治維新を経て半世紀にわたり急速に近代化を進め、先進国入りを果たした時期にあたる。この時代に創業した企業は、我々が抱いている老舗企業のイメージとは少し異なり、製造業や建築業、あるいは小売業なども含まれる。こうした企業がいまだに長寿企業として事業を継続しているのは並大抵のことではなかったと思われる。彼らは、資本主義に固有の厳しい企業間競争、絶え間ない技術革新、消費社会の移り気な流行の変遷などの環境を生き抜いてきたのである。
初期の産業資本主義や大量消費の時代を生き残るためには、規模を追求して寡占化、独占化の道を目指すのが一般的である。しかし、日本の長寿企業の統計データを見る限り、彼らはこうした規模の拡大を追求してこなかったようだ。帝国データバンクの老舗企業実態調査(※2)によると、年商規模別で見た場合、1億円未満が最も多くて41.5%、1億円以上10億円未満が次に多くて39.0%となっている。年商10億円未満が8割以上を占めており、100億円以上は全体のわずか4.7%を占めるに過ぎない。日本の長寿企業の多くは中小企業なのである。こうした中小企業が、スケールメリットが重視される資本主義を生き抜き、さらに急激な技術革新やライフスタイルの変化に耐えて事業を継続してきたことは、日本人の伝統志向や老舗愛好だけでは説明できない。
長寿企業を支えてきた中小企業金融の存在
従来、この理由については主に企業経営の観点から分析されてきた。例えば、老舗企業研究で知られる後藤俊夫日本経済大学大学院特任教授は、企業が100年続くための6つの定石として、(1)長期的視点に立った経営、(2)持続的成長の重視、(3)優位性の構築・強化、(4)利害関係者との長期関係性、(5)安全性の備え、(6)継続の強い意志を挙げている(※3)。確かに、短期的な利益を追求して商品開発サイクルを早め、リスクを顧みずに急速な事業規模の拡大を目指す企業より、長期的視点に立って持続的成長を重視し、リスク管理をしっかりと行う企業の方が結果的に生き残る可能性が高いだろう。明確なブランドを掲げて顧客との信頼関係を大切にし、地域コミュニティに根ざした事業を展開していけば、さらに持続可能性は高まるというのも納得できる。このように後藤教授の整理は、長寿企業の成立要件として過不足がないように見える。
他方、こうした企業経営の観点からの分析は、企業単独ではコントロールできないマクロ要因を考慮していない点で限界がある。企業努力を超えたところで発生する不況や恐慌、あるいは市場の変化などは企業経営に大きな影響を与える。特に自己資本率が低く、業種も限られている中小企業の場合、マクロレベルでの変動に対する耐久性は低い。生き残るためには、こうした危機の時代に必要な資金を供給する金融システムが必要である。
日本の場合、20世紀初頭から整備された信用組合制度や各地の地方金融機関、戦後の国民金融公庫や中小企業金融公庫などの政策系金融機関が中小企業に対して潤沢な資金を供給してきた。中小企業が生き残るためには、経営状況が悪化しても中長期的な視点から資金繰りを支え、さらに新商品開発のためのR&Dや設備投資資金を提供してくれる金融機関が不可欠である。日本に長寿企業が多いのは、こうした中小企業金融の存在が大きい。
ソーシャルファイナンスと長寿企業成立の高い親和性
興味深いのは、現在、国際的に関心が高まっているソーシャルファイナンスが、こうした長寿企業の成立要件と極めて親和性が高い点である。ソーシャルファイナンスとは、社会的価値を生み出す金融を指す。ESG投資からサステナブル投資、社会的責任投資、インパクト投資、グリーンボンド、ソーシャルボンドなど、様々な手法が開発されている。一般的に、ソーシャルファイナンスは投資先企業の持続可能性や利害関係者への配慮を重視する。企業の環境・社会・ガバナンスへの配慮に着目するESG投資はその最たる例である。ESG投資は、投資先企業と顧客・コミュニティとの関係に配慮し、中長期的な観点からの持続可能な経営に着目する点で、長寿企業と親和性が高い。
ESG投資よりさらに踏み込んだソーシャルファイナンスとして、例えば「価値を大切にする金融グローバル連合(GABV:The Global Alliance for Banking on Values)」のソーシャルバンクや倫理的金融がある。GABVは、金融を通じて社会的価値の創出を目指す金融機関のグローバルネットワークである。2009年に設立されたまだ若いネットワークだが、現在、全世界40ヶ国67金融機関が加盟している。GABVは、COP26の際、気候変動の予防に向けた金融機関のより迅速で一致団結した行動を求める声明を発表したり、EUが今年公表したサステナブル投資のソーシャルタクソノミー提案に対していち早くパブリックコメントを出したりと、近年、国際的な発信力を強めている。
このGABVが提唱する「価値を大切にする金融原則」が、まさに後藤教授の整理による老舗企業の6つの定石と親和性が高いのである。GABV原則は以下の6つである(※4)。
- トリプルボトムライン・アプローチ
ビジネスモデルの中核がトリプルボトムライン・アプローチである - リアルエコノミー
コミュニティと実体経済双方のニーズに合致した新たなビジネスモデルである - 顧客本位
顧客との長期的関係構築を重視し、顧客の経済活動とこれに伴うリスクをしっかりと理解している - 長期的レジリエンシー
長期的視点に立ち、外部環境の急激な変化に耐えてオペレーションを維持することができる - 透明性
透明かつ多様な利害関係者を包摂するガバナンスを有している - カルチャー
上記5原則のすべてが金融機関のカルチャーとなっている
GABV原則は顧客との長期的関係の重視、顧客リスクへの理解、コミュニティや実体経済への配慮を謳うことで、結果的に投融資先の企業の持続可能性の向上に貢献する。言い換えれば、GABVのようなソーシャルファイナンスが拡大していけば、自ずと長寿企業の出現率は高まることが期待できるのである。
GABV原則は、高度な金融工学を駆使した商品を開発し、スーパーコンピュータによる瞬時の金融取引を展開する現在のグローバル金融から見れば、時代錯誤な主張に見えるかもしれない。しかし、こうした最新の金融手法がリーマンショックを引き起こして実体経済に深刻な打撃を与えた歴史を振り返れば、GABV原則の重要性は明らかだろう。GABV原則は金融の持続可能性を高め、本来金融が果たすべき社会的役割を再認識させてくれる。これにより安定した金融システムと社会性を重視したソーシャルファイナンスが発展すれば、企業の中長期的な視点に基づく経営戦略と、健全な投資を通じたレジリエンスの向上が可能となる。
日本でも2018年に、GABVの日本ネットワークとして「価値を大切にする金融実践者の会(JPBV:The Japanese Practitioners for Banking on Values)」が設立されている。今後、JBPVの活動が日本国内で広がっていけば、長寿企業の発展の追い風となることが期待される。それはまた、魅力的で活力のある地域作りにもつながっていくのである。
※1 周年事業ラボHPより引用。https://consult.nikkeibp.co.jp/shunenjigyo-labo/survey_data/I1-03/ (2021年12月9日アクセス)
※2 帝国データバンク(2019)「『老舗企業』の実態調査(2019年)」参照。https://www.tdb.co.jp/report/watching/press/p190101.html (2021年12月9日アクセス)
※3 一般社団法人100年経営研究機構第3回研究会「長寿企業の成功要因と6つの経営戦略」より引用。https://100-keiei.org/report/第3回研究回「長寿企業の成功要因と6つ/ (2021年12月9日アクセス)
※4 価値を大切にする金融実践者の会HPより作成。https://jpbv.jp参照(2021年12月10日アクセス)。
著者
小林 立明氏
多摩大学社会的投資研究所 主任研究員
東京大学教養学部卒業、ペンシルバニア大学非営利指導者育成修士課程修了。国際交流基金、日本財団、日本NPOセンター特別研究員、学習院大学准教授等を経て、2020年4月より現職。2012年から2013年までジョンズ・ホプキンス大学市民社会研究所国際フィランソロピー・フェローとして「フィランソロピーのフロンティア」研究を行う。専門は、非営利組織・フィランソロピー論、ソーシャル・ファイナス、社会的インパクト評価、ソーシャル・イノベーション等。著書に『英国チャリティ:その変容と日本への示唆』(共著、弘文堂)、翻訳書に『フィランソロピーのニューフロンティア:社会的インパクト投資の新たな手法と課題』(ミネルヴァ書房)等がある。